【人生に乾杯!】 2007年 人生最後に大暴れ
1950年代に運命的に出会い、身分の差を乗り越え結ばれたエミルとヘディ。そんなふたりも、今や81歳と70歳の老夫婦。年金だけでは暮らしていけず、借金とりに追われる毎日だ。そこへ、ついに管財人がやってきて、ふたりの思い出の品を、借金のカタに取りたててしまうところから事件ははじまる。この一件を機に、それまで読書だけが唯一の趣味だった温厚なエミルが、ついにプッチン!! 年代物の愛車チャイカに乗り込み、ひとり郵便局強盗をはたらく―――。愛し合う老夫婦の、命がけの逃避行は、理不尽な社会に対しての抵抗。人生の黄昏時くらい、なんの心痛もなく暮らしたいという、ささやかな願いさえ叶わない世の中に対しての反撥。しかも、彼らには国への不信感を募らせる過去がいっぱいある。夫婦の人生は、地味に苦難の連続だったのだ。若いふたりが出会った‘50年代、祖国ハンガリーはソ連の占領下にあり、ツライ時代を経験してきた。結婚してからは、幼い息子が軍用車に轢かれ命を落とし、その喪失感は当然、一生涯癒えることはない。 ボニーとクライドよろしく、犯罪を重ねながら逃げる道行きは、スリリング半分、ほのぼの全開。本を読み過ぎなエミルの、絵にかいたような行動は、滑稽であり、過去の名作に対するオマージュだらけでおもしろい。しかも、年寄りゆえ緩い。そして心は強い。夫婦の物語と同時に進行する、もうひとつのドラマもステキ。ふたりを追う刑事、アギとアンドルは元恋人同士の関係。じつは彼の子どもを身ごもっているアギは、アンドルの浮気を疑い、別れを告げたばかり・・・。ふたりは、エミル夫妻の逃避行に振り回されながらも、次第に、自分たちにとって本当に大切なものが何なのかを見つけていく。「さいごに、海がみたかったわ・・・」ついに逃げ場を絶たれ、アギを人質にしてキャンプ場に立てこもったふたりは、逃避行の終わりを覚悟して、そうヘディは呟く。定石どおり、海のシーンで幕を下ろしてしまうのかーーと残念な予感さえ抱いたが、杞憂。ヨーロッパ映画の粋な演出は、期待を裏切らないのだった。海へは行かず、救いのないデッドエンドでもなく、やられた!! と笑うしかない、後味最高のエンディングが用意されている。この作品は、犯罪ドラマと同時に、二組のカップルのラブストーリーでもある。否、そちらに重きを置いているといっていい。若いアギとアンドルが、元サヤにもどっていく展開のほのぼのもさることながら、冒頭と末尾に描かれる、エミルとヘディの出会いのシーンが何よりも秀逸だ。共産党の要人の運転手だったエミルと、摘発された伯爵の令嬢のヘディ。出会って一瞬のうちに恋に落ちるシーンの瑞々しさが心を捉えて離さない。時は流れ、いまは年老いて、思い出のイヤリングさえ借金のカタに取られてしまう、厳しい暮らしを強いられている今。拳銃片手に銀行を襲ったとしても、善良なふたりの起こした事件は世間の人々から共感を呼び、逃亡を一緒になって応援しちゃうわたしがいた。† † †監督/ ガーボル・ロホニ出演/ エミル・ケレシュ エミル テリ・フェルディ (カラー/107分/KONYEC)