「ティファニーで朝食を」村上春樹訳
6月のFM TOKYO「村上RADIO」は「歌う映画スターたち~」がテーマで、映画「ティファニーで朝食を」の中でオードリー・ヘップバーンが窓辺でギターを弾きながら歌う「ムーン・リバー(サントラ盤には収録されていないそうです)」も流れ、村上春樹氏がトルーマン・カポーティの原作を翻訳している事を思い出し昨日やっと読み終えました。 「ティファニーで朝食を」は映画が先で、その後に翻訳を読み映画では主人公ホリーと作家志望の僕がハッピーエンドで終わるのが、原作の翻訳では「そう言えばホリーに似た女性をアフリカで見かけたという人がいる・・」で終わっている事はある意味衝撃でした。 村上春樹氏の翻訳でこの部分がどのように描かれるのか興味深々でしたが、冒頭にホリーを知る人物が「ホリーの顔にそっくりの彫像を持つ人物とアフリカで出会い、その彫像を譲って欲しいと老人にお願いするが絶対に譲らないと拒絶される」とあります。物語の締めくくりも「ホリーにも(ティファニーのような)落ち着き場所が見つかっていれば良いのだがと僕は思う。そこがアフリカの掘っ建て小屋であれ何であれ」と結び、麻薬密売組織に加担した罪のため追われる警察(或いは自由を剥奪される現世の世界)から自由を求めてアフリカに渡った事をほのめかしています。 そして村上氏の翻訳で物語の時代設定が1940年代の第二次世界大戦中である事に気が付き、普通にバーが営業され、映画界も活況を呈し、家では派手なパーテイーが行われているという日本とアメリカの戦時中の状況の違いにも驚かされました。因みに映画の方の時代設定は1960年代に置き換えられているそうで、やっぱり平和なニューヨークで黒いドレスをまといティファニーの店内を外から眺めながら朝食をとるホリーの姿がすぐ浮かん出来ます。 余談ですが、猫好きな村上氏らしくホリーが空港へ向かうタクシーを止めて捨てた飼い猫は無事「僕」によって後日発見され、猫に相応しい居場所を見つけていた事にはほっと安堵でした。ハッピー・エンド版の映画をもう一度見てみたい気分になっています。