金糸雀は二度鳴く(31)「襲来と絆と」後編
前編はこちらです「止めを刺して上げましょう」鞍人は横たわる朱雀を見下ろした。「たった一人で良くやりましたね。誉めて差し上げますよ」鞍人は剣を振り上げた。「やめて!」舞矢は叫んだ。剣を持った鞍人の手の甲に、小柄が突き刺さった。「一人ではありませんぞ」鞍人は小柄の飛んで来た方角を睨みつけた。きちんと背広を着込んだ初老の男が、居間の入り口に立っていた。「朱雀様をお守りせねば、あの世で善衛様に申し訳が立ちません」「進士・・」朱雀がつぶやいた。「こういう時、ご主人様をお守りするのも”執事”の役目ですぞ」進士は槍を手にしていた。「異人よ、私がお相手致す。かかって参られい!」朱雀は別の意味で目眩がしたが、薄く微笑んで言った。「キミが、職務に忠実な男で助かったよ」「恐れ入ります」進士は折り目正しく頭を下げた。鞍人は小柄を抜き、捨て去った。「老いぼれ一人増えた所で、何も変りませんよ」鞍人が片手を振った。数体の悪鬼がベランダから飛び込んで来た。進士は身構えた。銃声が響き、悪鬼は悲鳴を上げ、床に転がった。「社長、ご無事ですか」背広の男達が、銃を手に雪崩れ込んで来た。警備部の者達だった。鞍人は後ろへ飛び、ベランダの前まで下がり、叫んだ。「何ですか、お前達は!」屈強な体格の課長の門田が言った。「磐境(いわさか)から事情は聞きました。細かい事はともかく、社長の命を守るのは私達の仕事です」数人の男達が舞矢を取り囲んだ。「我が社の社員の身の安全の確保も、俺達の仕事です」「特に美人社員だと張り合いがあるな」一人の若い社員が舞矢に片目をつぶってみせた。舞矢が警備部を訪ねた時、応対に出た社員だった。「キミ達・・すまない」「社長、ボーナス頼みますよ」銃を構えながら陽気に誰かが言った。進士は朱雀に駆け寄り、社員の一人と共にソファまで運んだ。ベランダが騒がしくなった。悪鬼の悲鳴が次々に響いた。「こちらは、おまかせを」磐境が数名の盾と共にベランダで戦っていた。「磐境・・お前」朱雀は驚いた。「たとえ村に帰っても、貴方を見捨てて帰ったとあっては、家族にも友人にも顔向けが出来ません。私はここに残ります」「我等も同じ気持ちです」悪鬼と斬り合いながら、他の盾達も叫んだ。鞍人は悔しげに言った。「思ったより人望がおありの様ですね」「キミよりは、部下に恵まれているようだ」朱雀が言った。ソファで舞矢の膝に頭を乗せていた。「口だけはまだお元気ですね」鞍人がそう言った途端、その身体が見えない大きな手で捕まれた様に空中に持ち上がり、窓に叩きつけられた。「お久しゅうございます」低く野太い声が天井から響いた。朱雀は天井を見上げた。「斤量(きんりょう)か」「寒露様のご命令に寄り参上致しました。外の世界は広いので存分に暴れて来いと」「そうか、我が家の家具は壊さん様に頼むぞ」「承知致しました」見えない手は、再び鞍人を掴み揚げると、壁に叩きつけた。「すまんが、壁や窓にも気をつけてくれたまえ」朱雀が付け加えた。「これは失礼」野太い声がすまなさそうに言った。再度掴み揚げられた鞍人の身体は、ベランダの外へ放り投げられ、屋根の上に落ちた。鞍人は宙に飛び上がった。空中で静止したまま、鞍人は言った。「諦めませんよ」そして灰色の空の彼方に消えた。生き残った悪鬼も消えた。武器を収め、皆が居間に揃った。進士は朱雀の傷の手当をしていた。舞矢は膝の上の朱雀の顔を覗き込んでいた。舞矢は愛しい男の名を呼んだ。「朱雀」朱雀は目を開け、舞矢に微笑みかけた。「そう呼んでいいのは、二人きりの時だけだ・・」そう言うと、朱雀は意識を失った。(31)完・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『金糸雀は二度鳴く』主な登場人物の説明はこちらです。『火消し』シリーズの世界の解説はこちらです。掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます