いい音、いい人(3)(幻想水滸伝5・ラハル)
「貴方はどういうつもりですか?」堅い声でラハルが言った。遺跡の城の壁の文様を書き写していたツヴァイクは、振り向きもせず手も休めずに言った。「何がだね?」「ラニアの、俺の姉の事です」「ああ、愛している」あっさりと言われて、ラハルは拍子抜けした。「質問はそれだけかね?私は忙しいのだ」「姉を幸せに出来るのですか?」ツヴァイクは初めてラハルの方を見た。「ふむ」中指で眼鏡を押し上げ、やや考えるような表情をした。そしてつぶやくように言った。「戦いが終わったら、北の遺跡に彼女を連れて行きたいのだ。そこの女神の像は彼女の良く似ている。その奥に神々の声が聞こえるという場所がある。私にはわからんが、彼女になら聞こえるかもしれん」ツヴァイクは笑顔でラハルを見た。「それを”いい音”だと言ってもらえたら、私はうれしい」綺麗な笑顔だった。ラハルはこの男なら大丈夫だと思った。ツヴァイクとラニアの事は城内にすぐに知れ渡った。変人同士気が合ったのだろうという事に落ち着いた。ラハルはリューグには少し気の毒だとは思ったが、ますます美しくなったラニアの様子を見るとこれで良かったと思った。ラニアがこんなに美人だともっと早く気がつけばよかったと悔しがる男も多かった。ラニアの笛は音色に柔らかさと深みが増し、竜馬達はその音に酔いしれた。戦いは終わった。サウロニクスの門前町の工房にラニアは戻った。ツヴァイクはラニアの元から国中を遺跡の調査に出かけた。長期間留守にする事もあったが、必ず戻って来た。この男には珍しい事であった。ラハルも休日には姉の元を訪れていた。団長という重責もラニアとフレイルがいれば耐えていける気がした。リューグは太陽宮で警備の任についていた。ミアキスと共に。ツヴァイクのラニアへの溺愛ぶりは町でも評判だった。ツヴァイクとの生活で美しさが増したラニアに魅せられる男達がいても不思議ではない。ある日、客の一人がラニアにけしからぬ振る舞いをしようとした事があった。ラニアの悲鳴を聞いて、奥から棒を引っつかんで鬼のような形相のツヴァイクが凄まじい勢いで現れ、逃げ惑う男を町中追い回した。それ以来、ラニアに邪まな思いを持とうと思う者はいなくなった。シンダル以外には何事にも冷淡で無関心な男が、ラニアにだけは尋常でない執着を見せているのが不思議ではあり、人々の好奇心をかきたてた。ラハルにしてみればラニアがおかしな噂を立てられるのは好ましい事ではない。(あの男も少し周囲に気を使ってくれると良いのだが・・)そうは思っても彼の性格では無理な事は解っていた。そしてツヴァイクの執着も理解出来ないわけではなかったのだ。ラハルもラニアを愛していた。ツヴァイクはそれには彼なりの納得があるようだった。「弟が姉を愛して何故悪い。君がラニアの弟である事実は、永遠に変わらないからな」シンダル文明では姉と弟の結婚は普通であったという。神話においても姉の女神と弟の神が結ばれる話がいくつもあるとツヴァイクは言った。ラニアは後手に縛り上げられ、床に座り込んでいた。ラニアの工房の奥のツヴァイクの部屋である。ツヴァイクは遠い遺跡に出かけ、しばらくは戻らない。積み上げた資料をかき回しているのはローレライだった。「あの男も無用心だな」キリィは無表情の下に楽しげな顔を隠して言った。仲が悪いはずの二人も利害が一致すればそんな事はどうでも良いらしい。二人はツヴァイクの留守に彼の隠し持っているシンダルの資料を盗み見に来たのだ。押し入った二人はラニアを襲い、逃げられないように縛り上げた。「あの男はその女を女神に似ていると言ってた」「確かに女神ニエンナの像に似ているな。彼女の涙は他の者に癒しと希望を与えるという」キリィはラニアの顎に手をかけた。そして顔を覗き込んだ。「その涙、私にも分けてもらおうか」「うむ、私はまだ探し物に手間取りそうだ。好きにしててくれ」キリィはラニアを抱き上げると隣の寝室へ連れ込んだ。探求者達には彼等それぞれのルールがあるらしかった。それはどこか一般の人々の思惑とはかけ離れていた。ツヴァイクもそうだった。キリィは更に謎めいていた。どこから来たのかもわからない。普通の人であるのかすら定かでない。しかし男である事には間違いはなかった。掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます@With 人気Webランキングこちらにも参加しております。