(終)紅き涙は朝に消ゆ(15) 宴と祈りと紅き瞳と その3
「殲滅に五分とかからぬとは」「一騎当千とはこの事だな」「さすが三峰様の御子」「風の家もこれで安泰」現地の”盾”達の驚愕と賞賛を背に、鵲達三人はホテルへの道を歩いていた。鳥船が言った。「鵲様、さっそく評判になってますよ」鵲は傍らを行く鳥船をちらりと見た。その流し目の色香に、鳥船ですら胸がときめかずにはいられなかった。この美貌、剣術の冴え、風の家の嫡子、羨望の的となって当然である身でありながら、鵲は謙虚であった。「私が思い切り戦えるのは、お前達が共にいるからだ。この賞賛の半分はお前達の物だ」鳥船は一歩下がって歩く高望を振り返り、にやりとした。「だそうだ」「身に余る光栄」愛想でもねぎらいでもなく、鵲が本当に思う事しか口に出さぬのを二人は知っていた。それゆえに一層うれしく思う二人であった。「おかえりなさいませ」「寝ていても良かったのだぞ」「そうは参りません」出迎えた桜子に、鵲は言った。「お前の寝顔を見てみたかったのに」桜子は頬を染めた。「これからは、いつでも見られるぞ、鵲」桜子には聞こえぬ声が言った。「さて、ワシは何か美味い物でも探しに行くか」(異界の者でも、気を使ってくれるのだな)鵲は思い、微笑した。竹生の居間で、美しき”人でない”兄弟が琥珀色の酒を酌み交わしていた。室内には珍しく灯りがあった。手にした極上のカットグラスが、光を照り返し虹色に輝く様を楽しむ為である。「鵲の奴、さっそく花嫁を放り出してお役目に参加したそうですよ」三峰は父親らしく、一応ため息などついて見せた。ゆったりと安楽椅子で寛いだ竹生は、空のグラスを宙に差し出した。見えない手が二人の間の卓上にあった瓶を掴み、琥珀色の美酒が竹生の杯を満たした。天井から野太い声が響いた。「”盾”達は、鵲様の勇姿に感嘆するばかりであったと、干瀬が伝えて来ました」竹生は微笑した。「やはり付いていったのか。好奇心の強い奴だな」野太い声が応じた。「あれは、鵲様と桜子様の御子の守護もする心積もりであるからに」三峰も杯を差し出した。杯はたちまち美酒で満たされた。「我が孫か、気の早い話だな」「我らにとっては、一瞬にも満たぬ時なれば」竹生は杯を干した。そして弟を見た。「我らもまた、見守ろうぞ。我らが血の行く末を」今度は三峰の手が瓶を掴んだ。「まずは、我が息子の行く末の幸いを祈り、もう一杯」三峰は天を仰いで言葉を続けた。「斤量(きんりょう)、今宵はお前も共に飲もうぞ」「承知」空だった肘掛椅子のひとつに、灰色の髪の童子の姿が現れた。「たまには、人の姿も良きものなれば」柚木は机に向かって宿題を片付けていた。真彦は傍らに寝転んで本を読んでいた。真彦が不意に言った。「僕らも、結婚するのかな」柚木はノートから目を離さずに言った。「お前はしないとな。跡継ぎとかいるんだろうし」真彦は口を尖らせた。「何だか、面倒な気がする」「鵲さんが帰って来たら、聞いてみたら?」「それも面倒だな」「お前、贅沢だよ」「だって、当主様だもの」二人は目を合わせると笑った。若い笑い声が、やがて来る明るい朝の予感を漂わせ、屋敷の夜は更けていった。(終)