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[イギリス史、ニューイングランド史] カテゴリの記事

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• オースティンの世界から見る「武士の娘」　ウィルソン夫妻が結婚前後、私ども両人にお示しくださったご親切

  「『高慢と偏見』にコリンズ牧師がエリザベスにイギリスのジェントリの交際の風習について語っているところがあるんだ。」　１８　コリンズ氏が、いやにすまして落ち着いているくせに、感情にはしるなどと言っているのが、エリザベスにはたまらなくおかしかったので、せっかく彼が与えた話のきれめに、なんとかして彼にそれ以上話させないような手段を講ずることを忘れているうちに、彼はまた話しつづけたー「僕が結婚する理由は、第一に（略）第三には-これはもっと早くお話しすべきことだったかもしれませんが-　僕がパトロンと呼ばせていただいている例の高貴な令夫人が、特に僕に忠告し、結婚をおすすめになったからです。その方は、この問題について（お願いもしないのに！）２度もご自分の意見を聞かせてくださいました。それは、つい土曜日の晩、僕がハンスフィールドをたつ前のことでしたがカドリルを遊んでいた時に、キャサリン令夫人はブールとブールとの間におられて、ジェンキンソン夫人がダ・バーク嬢さまの足台をなおしてあげていると、こうおっしゃったのです。『コリンズさん、あなたは結婚しなきゃいけません。あなたのような牧師は、結婚しなきゃいけません。適当な人を選んでください。わたしのために立派な人をえらんでください。そしてご自分のためにも、あまり教育の高くない、すこしの収入でも上手にやっていけるような、働きのある役にたつような人にしてほしいものですね。これが私の忠告です。なるべく早くそういう女の方を見つけて、ハンスフィールドへお連れあそばせ。そしたら、わたしもその方を訪ねてあげるから』」　こういう次第でコリンズ氏は婚活にネザーフィールドにベネット家の五人姉妹をめあてにやってきたのである。　ところがエリザベスに断られ、エリザベスの親友シャーロットと結婚する。　ジェントリの世界では、キャサリン夫人のせりふにあるように、より高位のジャントリが下位のジェントリの新婦の面倒を見る（社交の場に引き出す）という役目があるということなのであろうか。ちょうどこれと同じようなことが、稲垣鉞子がアメリカのシンシナティで日本商品を商う杉本松之助の（作中では松雄）もとに嫁入るときに、大統領を輩出した一族に連なるウィルソン家の夫人が面倒みようと言いだされたのである。「私の見たアメリカは、ウィルソン家ご一統を通して私の眼に触れたアメリカです」（『武家の娘』が見たアメリカ）夫となる松之助は14歳で京都の実家を出て、アメリカでひとあげしようと、日本商品を扱っていた。エツ子の兄が、アメリカの協同事業で一儲けしようとやってきて、だまされていることを知って、困窮したとき、助けたのが松之助だったのが縁となってエツ子は嫁入りすることになった。まことにこの縁は不思議としかいいようがない。アメリカに永住する覚悟であるということを知って、「アメリカの家庭を見、その実生活を学ぶようにと望んだ」松雄の願に答えたのがウィルソン家の人々だった。夫人はアメリカに到着した新婦のために、停車場まで美しい二頭立ての馬車を差し向けられた。松雄はそこで初めてエツ子に会い、何よりも和服姿で到着した新婦の姿に驚き落胆した。「どうして日本の着物を着て来たのですか」これが第一声であった。　馬車は広い芝生にそうて曲がり、灰色の大きな建物の広い玄関の前にとまりました。　扉を背にして、見るから気高い感じの夫人と、背の高い白髪の紳士が立っておられました。　夫人は手をさしのべて、真心こめた出迎えのことばを述べてくださいましたが、余りのありがたさに、言葉も出ない私でした。　かたわらの白髪の紳士のやさしいお顔を仰いで、その慈愛に満ちた笑いのかげに、また亡き父を見出して、私の心には平和がしのびよるのでした。　このご夫妻が私どもの結婚前後、私ども両人にお示しくださったご親切は、霊智が人の眼をきよめると伝えられている天国の輝く門に立つまでは、お二人にさえおわかりになれないものであったことでございましょう。　このウィルソン夫妻こそが、アメリカの社交界へ導きいれたのであり、その姪フローレンスが日本人が英語で著作し、世界的ベストセラーとなる事実上の共著者であったのである。『武士の娘』が見たアメリカで、さらに詳細にこの時の模様を回想している。 さて世の中には、不思議な因縁もありますもので、私はこのウイルソン家に結婚前から親身も及ばぬご親切を受けることになったのでございます。と申しますのは私の良人（夫）は夙（つと）にアメリカに永住する覚悟を懐いておりましたから、その国を真に理解し、その国民と心からのおつきあいをしたいと念願し、私にも家庭の人となる前にぜひアメリカの家庭を見、その実生活を学ぶようにと望んだわけで、この願いを耳にされたウィルソン家の方々が、早速その道を備えてくだされたのでございました。 　夫人のお心づくしとて停車場まで差し向けられた美しい二頭立ての馬車は、威儀を正した馭者（ぎょしゃ）のとる手綱（たづな）のままに、駅から雑踏の市街（まち）を抜け、つま先上がりの径（みち）を駆（か）って、やがて芝生に臨んで立つ静かなウィルソン邸のポーチの前に止りました。その扉口（とぐち）に出迎えられた老ご夫妻の慈愛に富んだお姿は、今も私の脳裡を去りません。夫人はお手を差し伸べていと優しく言葉をかけられました。傍らに立たれた白髪童顔の紳士は見るからに貴人らしきお姿の中（うち）にも、慈悲慈愛そのものの如く私の眼に映りました。外国船のただ一人の日本客として太平洋を渡り、サンフランシスコからシンシナテへの長い汽車の旅を終って、初めて迎え入れられたのがこのご家庭であったとは、何という幸福（しあわせ）でございましたか。ウィルソン氏はアメリカで最初に教科書を発行した米国書籍会社（アメリカンブックカンパニー）の設立者の一人として、まことに博学なお方であられました。またご夫妻のご先祖はいずれもアメリカ建国の清教徒であられたときいております。 青山学院のミス・スプロールスは「内容、用語の美しさは確かにこの作品をクラッシクの一つに列させるものと思う」と感嘆した、用語の美しさはおそらくは英語を母国語とする者の感性でなければ使えないところであり、フローレンスが助言し、手を入れたところが多数あるように思われる。

  2015年11月22日

• 『名著発掘』杉本鋮子著・大岩美代訳『武士の娘』 　　　司馬遼太郎

  『名著発掘』杉本鋮子著・大岩美代訳『武士の娘』　　　司馬遼太郎　〔　〕内は編者の注　日本には『福翁自伝』のほかいい自伝がないとおもっていた。ところが数年前、新潟県長岡市の図書館で借りだした杉本鉞子さんの自伝のみごとさにはおどろかされた。長岡からの帰路、「白鳥」（特急）の車中で読み、京都についたころ読みおえたが、ひさしぶりでいい小説を読んだあとの文学的感動を覚えた。同時におもわぬ書物を発見したよろこびをも覚えた。しかしそれはつかのまだった。その年の講演旅行で河盛好蔵氏とご一緒だったが、私が「発見者」としてそれを語ると、「ああ、あれ」　と河盛氏はうなづかれた。その書物への十分な知識と高い評価をもっておられ、あれはすぐれています。しかしながら知られざる書物ではなく、戦前、それが刊行された時は非常に評判でした、とつけ加えられた。紅顔経ヲ講ズというところだった。　しかもこの書物は、昭和三十五年に筑摩書房で復刊され、「世界ノンフィクション全集（巻の八）」のなかにおさめられているのである。いい書物というのは、落ちこぼれることがないらしい。　題名を、武士の娘、という。アメリカで刊行されて評判になったものを、日本で翻訳されたものである。　著者の杉本鋮子という婦人は越後長岡藩の家老の娘にうまれ、維新で藩も家も瓦解したあと、さまざまな遍歴をした。滞米中の一士族〔杉本松之助は京都出身の町人であり士族ではない〕とのあいだで縁談がまとまり、渡米するためにまず横浜のフエリス女学院〔明治二十二年海岸女学校予科を卒業、明治二十六年東京英和女学校（現青山学院）卒業の誤り〕に入り、その後渡米し、わずかな歳月で未亡人になった。〔渡米・結婚は一八九八年で、夫が死去したのは一九一〇年で十二年の結婚生活で二人の子女があった〕それでもなお滞米し、アメリカ人の上流家庭でずいぶん敬愛されたらしい。彼女のもっている教養と節度のうつくしさが、アメリカ人の目にもただごとでなく映ったのであろう。エツコはさむらいの娘であると、ひとびとからいわれた。日本人がつくりあげたサムライという精神像が、たとえば新渡戸稲造などによって紹介されたりしてひとびとの関心をよんでいたころであったのか〔新渡戸稲造が英文で『武士道』を 著述したのは一八九九年（明治三十二年）、『武士の娘』は一九二五年（大正十四 年）〕、あるいはそれと無関係なのか、よく知らない。とにかく、キリスト教的なストイックな精神とは別に、それらとは無関係に、異教徒の世界で発生し完成したこの精神美は、純良なキリスト教徒であればあるほど、おどろきと関心がふかかったのであろう。　彼女は、むこうでの彼女の周囲にすすめられ、自分の来歴を新聞に連載した。武家美とはなにか、というのが主題であり、その主題は彼女の小さな家庭―小藩の若い家老だった父、つつましさを美徳であると信じて疑わなかったその母と祖母、知恵ぶかくて明るい乳母、旧主家から離れようとせぬ爺や、維新後やや軽薄な欧化青年になった兄などそのわずかな登場人物のこまかいしぐさや微妙な息づかいを通して語られている。　この新聞連載〔新聞ではなく、雑誌『アジア』の誤り〕はずいぶん評判であったらしい。彼女は老いてから日本に帰った。〔一九〇九年帰国、一九一六年再渡米、一九二七年帰国、五十三歳である〕ある日、若い婦人が訪ねてきた。その婦人がいうのに、自分は津田英学塾で英語を学んだ者であるが、『武士の娘』を読み、その美しさに感動した。ぜひ日本語訳させてほしい、というそれが訳者の大岩美代さんである。 　実際には、著者と訳者の共訳だったのであろう。全編女性のはなしことばで翻訳され、その特異な文体が、主題がとらえようとしている秩序美をみごとに奏（かな）で出している。

  2015年11月21日

• 鉞子　How I became a Christian

  『武士の娘』の１５受洗　の英文題名は　How I became a Christian である。内村鑑三の著名な英文の世界的著述と同じであり、意識していたに違いない。ところが、「なぜ私はキリスト教信者になったか」については明瞭に記されていない。「故郷の家では、ずいぶんかわいがられて、育てられましたが、私の胸の中には、いつも、解けがたい疑問がいっぱいでした。」「かつて、ご先祖さまの三百年忌を終えたすぐ後、私は父に向かって尋ねました。『お父さま、家のご先祖さまの一等初めの方はどなたですか』" Honourable Father, who is the first, the away-back, the very beginning of our ancestors? "父はまじめな顔で答えました。『エツ坊や、そういうゆき過ぎたことをきくものではないよ。" Little daughter," Father bravely answered, " that is a presumptuous question for a well-bred girl to ask;正直に答えるが、お父さまにもわからない。but I will be honest and tell you that I do not know.孔子さまもお弟子がちょうどそれに似た質問をしたとき　未だ生を知らず　とお答えなされたのだよ』 私はその頃、まだ幼のうございましたが、これからは、物をたずねるにも、控えめに女らしくて、男の子のように無遠慮なきき方をしてはならないと、しみじみ思わされたのでした。」ここで、a well-bred 　とは　育ち[しつけ]のよい; 行儀のよい，上品な　という意味であり、日本語訳では省略されているため、あとの「控えめに女らしくて」という意味とつながりにくくなっている。「ところが、東京の学校の感化は微妙なもので、私の心は知らずしらずのうちに成長し、やがて、質問することは進歩の第一歩であるということを悟るようになりました。」稲垣鉞子は、アメリカで日本商品を商売している杉本松雄のもとに嫁ぐことが決まって、アメリカでの生活を準備するため東京の宣教師の経営する学校に通っていた。「さて私がどうしてキリスト教信者になりましたのか、その動機ははっきりわかりませんが、それは突然起こった変化ではありませんでした。　I do not know exactly how I became a Christian.私の精神の自然の発達に伴って起こったことであろうと思います。 It was not a sudden thing. It seems to have been a natural spiritual development.」と自分でも動機ははっきりしない、自然のスピリチュアルな発展のためとしている。日本のそれまで教えられてきた「哲理や神秘や諦めの信仰を離れて、自由と快活と希望との高い理想の世界にとけこんでいった」のだという。「私の信ずるこの世の最大の信仰の力や栄光について語ろうとは思いません、どなたもご存じのことですから」とアメリカの読者は、キリスト教えの「最大の信仰の力や栄光」についてご存知ですからとそれ以上語らない。もともと『武士の娘』の副題にはHow a daughter of feudal Japan, living hundreds of years in one generation, became a modern American.「封建日本の一人の娘がいかにして近代的なアメリカ人となったか」であって、キリスト教信者になった理由は、内村鑑三がアメリカにいたころとはアメリカ人自身の関心のありどころが違ってより世俗的になっているためかもしれない。鉞子は、内面的なことには口を閉ざし、ひたすら故郷の母や親族や友人たちが自分がキリスト教信者になったことへの驚きとその後の応対の変化について詳しく語る。

  2015年11月20日

• 花より団子　と　高慢と偏見　って似ていると思わない？

  「この間、電車に乗ったら、隣に大学生らしい二人の男の子が座って、一人が　『最近どんな漫画を見てる？』と聞いたらもう一人が『花のち晴れ』って答えて『何それ？』『花より男子　の続きみたいなもの・・・』『おめえ、そんなのを読んでるんだ、女の子の読むようなものじゃない・・・』『花より男子は、男も結構読んでるぜ』『それはそうだけど、内容はどんなの・・・』と話が漫画の内容になってね・・・　花より男子　とか　花のち晴れ　は見た？」「もちろん」「いま　ジョイス・オースティンの　高慢と偏見　を読んでいるんだけど・・・」「イギリスの小説が好きなんですか？」「いや、ほら　武士の娘　を読んでいるっていったじゃない。あの　感謝の辞に　ナンシー・ヴァージニア・オーステン（Nancy Virginia Austen）に対して謝辞を述べているんだ。　ひょっとしたら、この　オーステン　というのは、ジョイス・オースティンのことをさしていて、オースティンの文章への感謝か　おそらくは母とも姉とも慕うフローレンスが、オースティンを愛読していて、それを借りてフローレンスへの感謝の辞かもしれないとも考えて　オースティンの　高慢と偏見を　ざっと読んでみたんだするとね、　花より団子　と　高慢と偏見　って似ていると思わない？」「確かに　私も　高慢と偏見は　映画で見たくらいしかないんですけど階級意識のある社会で　高慢なハイクラスな男性とそれに対して偏見をもっているローレベルの女性が　高慢だと偏見を持っていて愛情告白を拒絶した男性が実は深く自分を愛してくれていて、女性の親しい周りの人のことを見えないようにいろいろと助けてくれていることを知って、偏見がとけていくという過程が似ていますね」「オースティンの　高慢と偏見　の最初の題名は　第一印象　だってダーシーの態度を高慢（Pride）と思っていたエリザベスの第一印象が偏見（Prejudice）であったことを気付くという過程こそが、オースティンの書きたかったことで、それが最初の直接話法による人物描写から最後のエリザベスの自由間接話法による、エリザベスの内面の意識の変容の描写に変わっている理由であると思われる。」「・・・・・」日本語訳は岩波文庫『高慢と偏見　上』富田彬訳より「よくできるということの普通の範囲を示す君の表は、」ダーシーは言った。‘Your list of the common extent of accomplishments,’ said Darcy, あんまり本当すぎるよ。君がよくできると言う言葉は、ただ財布を編むとか、ついたてに飾り布をつけるといったことしかできない多数の婦人にまで、適用されているんだもの。‘has too much truth. The word is applied to many a woman who deserves no otherwise than by nettinga purse, or covering a skreen. しかし僕は、君のように一般の婦人を評価することにはとても賛成できないね。But I am very far from agreeing with you in your estimation of ladies in general.僕の知っているかぎりの婦人のなかで、本当によくできる人と言ったら、半ダース以上はないものね。 I cannot boast of knowing more than half a dozen, in the whole range of my acquaintance, that are really accomplished.’「私の知り合いだってそうよ」ビングズリー嬢は言った。‘Nor I, I am sure,’ said Miss Bingley.「そうしますと」と、エリザベスが言った。「よくできるというあなたのお考えの中には、いろいろのことが含まれているわけですね」‘Then,’ observed Elizabeth, ‘you must comprehend a great deal in your idea of an accomplished woman.’「そうです。僕はいろいろのことを含めて、言ってるんです」‘Yes; I do comprehend a great deal in it.’「そうですとも！もちろんだわ！」と、彼の忠実な助手が叫んだ、‘Oh ! certainly, cried his faithful assistant, 「そんじょそこいらの連中を一段抜いた人でなけりゃ、本当にできる人とは言えないわ。音楽と歌と絵と踊りと近代語の完全な知識をもたなきゃ、だめですわ。なおそのほかに、歩きかたとか、声の調子とか、もの言い、言葉づかいとかに、何かすぐれたところがなくちゃ、まだ半分もできるとは言えませんわ」‘no one can be really esteemed accomplished,who does not greatly surpass what is usually met with. A woman must have a thorough knowledge of music, singing, drawing, dancing, and the modern languages, todeserve the word; and besides all this, she must possess a certain something in her air and manner of walking, the tone of her voice, her address and expressions, or the word will be but half deserved.’「そういうものを全部もっていなければなりません」と、ダーシーが付け足して言った。‘All this she must possess, added Darcy, 「その上にまだ、広く本を読んで心を向上させ、もっと本質的なものをくわえて行かねばなりませんね」and to all this she must yet add something　more substantial, in the improvement of her mind by extensive reading.’「あなたがよくできる婦人を６人しか知らないとおっしゃったことも、それでよくわかりましたわ。」‘I am no longer surprised at your knowing only six accomplished women.「今では、一人でも知っていらっしゃるのが不思議なんですもの」 I rather wonder now at your knowing any.’「あなたは、女性の一人でいながら、婦人にそれだけのことができないとおっしゃるの？」‘Are you so severe upon your own sex, as to doubt the possibility of all this?’「私はそういう女の方にお目にかかったことがないんです。私は、あなたがおっしゃるような、それほどの魅力と趣味と勤勉と上品とをかねそなえた方を、まだお見受けしたことがないんです」‘I never saw such a woman. I never saw such capacity, and taste, and application, and elegance, as you describe, united.’ハースト夫人もビングリー嬢も、エリザベスがほのめかした疑いは事実に反するものだと叫び、自分たちはそれだけのものをかねそなえ人をたくさん知っていると言いかけたが、その時ハースト氏が、静かになさい、進行中のことをそっちのけにしちゃ困ると苦情を言った。それで話は打ち切りになったので、エリザベスは間もなく部屋をでた。Mrs. Hurst and Miss Bingley both cried out against the injustice of her implied doubt, and were both protesting that they knew many women who answered this description,when Mr. Hurst called them to order, with bitter complaints of their inattention to what was going forward. As all conversation was thereby at an end, Elizabeth soon afterwards left the room.『高慢と偏見』は、 1796年から1797年の間にFirst Impressionsという題名で書かれ、1813年1月28日に現在の題で出版された。　実に現在から200年前のことである、オースティンは政治的・歴史的なことには一切触れずに片田舎の数家族の人間模様と人間の情感をひたすら描いている。　それは小津の映画にも似ている。オースティンは言葉で描き、小津は表情やちょっとした仕草で淡々とした会話と映像として見せる。あるいは小津の映画が世界が評価されるのは、こうしたオースティンの描く小説の世界と似通っているからかもしれない。　それと思う、200年前の英語がほとんどそのまま読める英語という言葉の不変化性である。日本語は200年前というと、手紙も候文で、現在、掲載中の二宮先生語録や明治以降に出版された報徳記ですら、漢語的素養と切り離された現代日本人には難解になっている。漢字そのものが人によっての読解力があまりにも懸隔していることを読書会で輪読すると思う。そこで共通で読め、ある程度の理解は読みながらできるように、全ルビで語釈を文の中に組み込んでいるのが「二宮先生語録」であり、「報徳記」全ルビ版＆現代語訳である。後の世代の日本人のために何かしらよいことをのこすために。

  2015年11月19日

• どうして日本の着物を着て来たのですか

  ＢＳ１『武士の娘』を見ていて印象深かったのは、エツ子がアメリカに嫁入りするときに、和服のままで洋行したことで、「サムライの娘」の志操の固さを物語るエピソードとなっている。アメリカで花嫁を待ち受けていた松雄は「どうして日本の着物を着て来たのですか」と驚くのであるが、テレビではそれが好意的に描かれていた。ところが、大岩美代訳の「16　渡米」でその前後を確認してみると、「汽車が目的地の薄暗い駅の構内に滑りこみますと、私はもの珍しそうに窓の外を眺めていましたが、ちょっとも心配していませんでした。いつでも誰かのお世話をうけてきた私は、見も知らぬ人に会うことも気がかりではなかったのです。混雑したプラットフォームに、真直（まっすぐ）に立って汽車から出る人を熱心に見守っている日本人の青年を見つけました。それが松雄でした。ねずみの服に麦わら帽子をかぶった松雄は、その顔を除けば、近代的なアメリカ人としか見えませんでした。松雄のほうでも、すぐ私に気づいたのですが、驚いたことに、初めて聞いた言葉は『どうして日本の着物を着て来たのですか』というのでした。その時あの親族会議と筒っぽ袖といった祖母の言葉が私の心にひらめきましたが、思えば、私はその筒っぽ袖の服に来て、筒っぽ袖の服を着た未来の夫を仰いでいたのでした。思い出しては笑っておりますが、その時私は長袖の着物を着て叱られた、さびしい一人の女に過ぎなかったのであります。松雄が私の服装に失望しましたのは、あの母が長年大切に仏壇に供えていた、松雄の手紙に出ているウィルソン夫人の手前を思うたためであったのでした。夫人はご親切にも、ご自分の馬車に松雄を乗せて私を出迎えさせて下さったのでした。それで、松雄は、この夫人の眼に、私が少しでもよく映るようにと願っていたものですから、長袖姿を見て驚いたのでした。」とある。未来の夫、松雄はエツ子の和服姿に驚くとともに「失望」した色を見せ、『どうして日本の着物を着て来たのですか』と言ったのを、「叱られた」とエツ子は受け取ったのである。ここのところは、英文の原文の「16　Sailing unknown seas」ではどうなっているのであろうか。On the crowded platform I saw a young Japanese man, erect alert, watching eagerly each person who stepped from the train.It was Matsuo.He wore a grey suit and a straw hat, and to me looked modern, progressive, foreign in everything except his face.Of course, he knew who I was at once but to my astonishment, his first words were," Why did you wear Japanese dress? "エツ子が和服でアメリカに渡るというのは、家族会議で祖母の決めたことであった。兄は洋装を主張し、叔父も「欧米人の間では、肌を出すのは大変な不作法とされているので、男でさえ、高いカラーや固いカフスをつけているんだから日本服のようにえりもとをついて、裾の狭いのは、あちらで着るのはまずくはないかね」と言った。しかし、「祖母にとって、神国日本の風俗は批評を許されないものとなっていました」ので「絵で見ると、あの筒っぽ袖は品が悪くて、まるで人足の着るハッピのようですがの、私の孫が人足をまねるまでになる時節が来たかと思えば、情けないことですわい」この祖母の意見によって、当方では日本服ばかりを用意し、洋服は夫の意のままにすることとしたのであった。この日本語訳の長岡弁には、叔父の言葉と違って、杉本鉞子の手が入っているように見受けられる。 鉞子は祖母と母の言葉を日本語訳にあたって、訳者に丁寧にてほどきしたように見受けられる。それだけ愛情深くその言葉を受け止めていたに相違なく、英文でも二人の言葉は光彩を放っているようにも感じられる。"According to pictures," she said, " the pipe-shaped sleeves of the European costume lack grace.They are like the coats our coolies wear.It grieves me to thing a time has come when my posterity are willing to humiliate themselves to the level of humble coolies. " coolies(インド・中国などの)日雇い労働者，苦力(クーリー)のことである。祖母にとって、筒っぽの洋服は、クーリーのような卑しい者の着るものに見え、それを愛する孫に着せて送り出すのは、 humiliate（1〈人に〉恥をかかせる，〈…の〉自尊心を傷つける）のように感じられたのである。その祖母の想いのこもった　サムライの娘としての誇りをもった　和服　を松雄になじるように『どうして日本の着物を着て来たのですか』言われてエツ子は不満だったのである。

  2015年11月17日

• 日本の姿は、その理想と誇りとから生まれ出たものであり、高いのぞみも技量も礼儀作法も、みなこの二つの言葉にたたみこまれているのではないでしょうか

  『武士の娘』では、批評ないし反論（独白をその場ではなく、地の文でのべる）や「独白」という手法が使われている。それは１　アメリカの知人との間で、日本の風習への批判、批評がされ、それ以上弁明しても意味がないと思われるときとか ２　夫の松雄の商売のやり方について、不満を伝えてもとりあってもらえないときなどに登場する。18　風習の違い　では招待された席で一人の婦人が愛想よく話しかけてきて、エツのはいていた草履が健康のためによい、ハイヒールは非衛生的だと話した。「じゃあ、どうしてそんな靴をおはきになるんですか？またどうして流行りだしたんでしょう？」「別に理由はございません。ただ、流行りなんですよ。まあ、あなたのお召し物が右前になっているのと同じことでしょう」「でもこの着方には理由がございますのよ。左前に着るのは死人だけなのですから」婦人が怪訝な顔をしたので、エツは日本では左より右をおもんずることなどを話した。すると婦人は帯に話題を移し、最後に「役にも立たないのに、そんなに長々と立派な布を買うのはいけないことですね。そうお思いになりませんか」と批評する。そこで、地の文で「その方ご自身も美しいビロードの服の裳裾を長々と後にひきながらお帰りになったのでした。」19　思うこと　で松雄が店で売っている日本品は、日本人が見たら欧米の珍しい品々と思うようなものだったが、みな「日本製品」としるしがあった。松雄がいうに、これらはアメリカ人が自国向きに考案して日本の工場に発注したものだという。「アメリカ人が欲しがって考案し、発注し、手に入れて満足する限り、これを供給する商人があるわけさ」「でもこれは日本のものじゃございませんわ」「そうだよ。だが、今は生粋（きっすい）の日本のものだったら、売れないのだ。あまりもろいし、見た目にも派手ではないから　唯一の対象は、アメリカ人に日本文化を吹き込むことだよ。やがてそれも始まるだろうさ」エツはいろいろ考えて独白する。「でも、もし日本が、その芸術的な標準を下げてしまったら、日本は世界に向かって、何を求めたらよいでしょうか。今、日本が持っているものや、今の日本の姿は、その理想と誇りとから生まれ出たものであり、高いのぞみも技量も礼儀作法も、みなこの二つの言葉にたたみこまれているのではないでしょうか」と、ため息まじりに独りごとを言ったことでありました。そして最後に総括する。誇りをきずつけるということ、努力の結果として到達し得た最高、最善なるものを支え得なくなるということは、個人にとっても国家にとっても、その精神の発達を死に導くものでございます。ここに至って、日本人の読者は、これらの独白・批評は、現代の日本にも向けられていることに思い至るのである。

  2015年11月17日

• エツとフローレンス　アメリカにおける、婦人と金銭に対する　ふまじめ　な態度

  『武士の娘』の面白さの一つは、一つの章の中で、杉本鉞子が記した１９２３年から24年にかけての現在と、明治10年代の過去の長岡の風景とさらにおとぎ話、昔話などが混然と語られていることにある。それは回想だったり、著者エツが突然語り出すおとぎ話だったり、作中のエツがアメリカの母上やフローレンスに語ってきかせる昔話だったり、時系列が自在に交錯し、日本とアメリカの当時と過去が混然としていることにあり、それが混乱ではなく、全体をおとぎ話のようなものにしていることにある。もう一つの特徴は、エツの鋭い批評眼、特にはあけすけな観察となって、日本とアメリカの風習そのものへの文明批評となっていることがある。作中で、作者が本来、日本人はこのような批評はしない旨を何度も断っているように、それは杉本鉞子がアメリカに渡って、アメリカの風土の中で身に付けた表現方法である。　１８　風習の違い「アメリカへ来て、どうしても馴染めないものの一つは、婦人と金銭に対する　ふまじめ　な態度でありました。あらゆる階級の男女、新聞、小説、講演、時としては教会の講壇から諧謔（かいぎゃく）まじりであったにせよ、女が靴下の内にお金を貯えるとか、夫にねだったり、友達から借りたり、何か秘密の目的でそっと貯金したりするというような、おかしい話を暗示されました。おそらくたくわえたお金で、客間のカーテンを買ったり、夫の誕生日の贈物をあがなったりするので、ありましょうが、こんな冗談が、私には合点がゆきませんでしたーそして時が経つにつれて、いろいろのことから、この冗談の中に、きびしい事実が根底に横たわっているのではないかと思いつき、ますますわからなくなるばかりでございました。」 「婦人が自由で優勢な、このアメリカで、威厳も教養もあり、一家の主婦であり、母である婦人が、夫に金銭をねだったり、恥ずかしい立場（夫が寝ている間にポケットから無断でお金を持ってきたなどという婦人会での寄付金の調達方法のおしゃべり）にまで身を置くというのは、信じられそうもないことであります。」「日本はまだおおかた、古い習慣にしたがって、女は一度嫁しますと、夫にはもちろん、家族全体の幸福に責任を持つように教育されておりました。夫は家族の頭であり、妻は家の主婦として、自ら判断して一家の支出をつかさどっていました。家の諸経費や、食べ物、子供の衣服、教育費をまかない、また社交や慈善事業のための支出を受け持ち、自分の衣類は、夫の地位にあわせるように心がけておりました。　それらのための収入は、いうまでもなく、夫の働きにより、妻は銀行家になるわけです。ですから、夫は自分でお金の必要な時には、妻からもらい、夫に、地位相応の支給ができるのを、妻は誇りとしていました。夫が外に出て、どれほどのものが必要であるかを知ることも、妻の教養の一部なのであります。（略）」こうした一家の経営の基本となるお金をどちらが握るかというところは、共働きが増えて変わってきたとしても、21世紀の日本もさほど変わりはあるまい。このような時代をこえた文明比較ともいうべき批評眼がいきいきと（場合によってはあけすけに）語られることが「武士の娘」の魅力でもあり、あるいはこれはイギリスのジョイスの「高慢と偏見」にみられるような人間観察とアイロニー （皮肉、諧謔をこめた）な表現方法にあり、これはフローレンスその人が鉞子の語る物語のなかから引き出したものなのかもしれない。  この本は文明批評というおもむきがあり、後に「菊と刀」のベネディクトの代表作への材料と視点を提供している。  フローレンスという女性について作中で語られるのはただ一か所、我が子「花乃」の名前が「アメリカの母フローレンス」に由来するという箇所で、これは原文にはない。邦訳でおそらくは杉本鉞子の希望によって作中に刻ませたものである。フローレンスは終生独身であって、アメリカ社会で自分への穿鑿が及ぶことを嫌ったのである。大岩美代の「訳者あとがき」によって、それが初めて明らかになる。杉本鉞子は子供の教育のため日本の長岡に帰るが、夫がなくなった後、再び渡米し、ニューヨークに住み、ボストン大学の講師として日本文化について教えた。その間文筆で身をたてようと、雑誌や新聞に投稿するも、ことごとく返却されてきた。生涯の友、フローレンス・ウィルソンの励ましと助力によって引き出された（educatedの原義）才能は、クリストファー・モーレーによって見いだされ、１９２３年12月から翌年1924年12月まで雑誌「アジア」に「サムライの娘」と題して掲載された。１９２５年にはそれがダブルデー・ドーラン社から単行本として発行されたものである。「夫人とミス・ウィルソンとの友情ほど美しいものはあまりございますまい。影の形にそうごとく、夫人のご結婚当時よりその苦難の航路の日ごと夜ごと夫人を励ましその仕事を助けられ、お子さま方の教育にはひとしおの力をこめられたのは、ミス・ウィルソンであられたそうです。杉本氏が臨終にのこされた「家族を頼みます」のお言葉に答えて「Ｙｅｓ」といわれたこの一言を生涯守りつづけられたこの方の操志（そうし）の高さを思うにつけてもこれほどの厚い友情をうけられた夫人のお人柄もさこそと思われ、頭の下がる思いがいたします。」とその貢献をたたえている。 ＮＨＫのＢＳで放映されたドラマもこのエツとフローレンスの友情に焦点をあてたもので、「一入（ひとしお）」の感銘を受けるものであった。シンシア・チェストンさんのフローレンスもそのたたずまいを感じさせる雰囲気があってとてもよかった。１９２５年、無名の日本人女性がアメリカで出版した一冊の本が異例のベストセラーとなり、その後８か国で翻訳された。長岡藩の元家老の娘、杉本鉞子（えつこ）が書いた自叙伝「武士の娘」だ。なぜこの本が世界の人々の心をとらえたのか。最新の研究から、そこには執筆を助けた米国人女性、フローレンスとの秘められた物語があることがわかってきた。激動の日米関係の中で生きた二人の生涯を、ドラマとドキュメンタリーで描く。 

  2015年11月15日

• エツ子の兄 The wedding that never was

  『武士の娘』で、重要な役割（エツの配偶者をアメリカ在住の日本人杉本松雄に決めるなど）を担いながら、作中で非常にあいまいもうろうと描写されているのが、エツの兄である。そもそも結婚式の当日、逃げ失せた次第がそれとなく暗示して描写されている。（７　父の苦衷）「兄は、私が物心つく頃に家出しまして、その名を口にする人さえありませんでした」「兄が家出いたしましたのは、私のまだごく幼い頃のこととみえまして、その日のことだけはよくおぼえておりいましても、前後の事情はつかみどころがございません。その日の兄の婚礼の日は朝から美しく腫れあがり、家中は眼もまばゆいばかりに飾られ、召使いたちも家の紋所のついた着物を着てかしこまっておりました。床の間には、松竹梅の三幅対をかけ、島台を飾りを、部屋部屋を埋めつくしたお祝いの品々についた小さな鶴亀の飾りや、松竹梅の小枝をからみあわせたものなどが、おめでたい新生の門出をことほぐようにみえました。新築された二部屋には、黒塗りの化粧道具や、桐のタンスがぎっしりつまっておりましたが、これらは前日、いくつもの吊台で人足の肩にゆられて届いた花嫁のお道具でございました。」　花嫁の行列が近づいてきたとき、思いもしれぬ事態が起こる。「すると、突然、何か間違いが起こりました。いしは私の肩を押さえて、ひきさがらせました。父の部屋から出て来た兄は急ぎ足で、私などには眼もくれず、くつぬぎの下駄をつっかけると、すばやく脇門の方へ姿を消してしまいました。それから後、私は兄の姿を見たことがありませんでした。」　エツは何が起きたのか理解できなかった。　後に　たまという小間使いが家出した翌朝、宿さがりをして、それとなく事情をさとるのみであった。　花嫁としてきた娘は、哀れにも婿がいず、里に戻ることもできず、エツの母が自分の娘として迎えて適当なところに縁付けたと説明があるのみで、その悲嘆や人となりを伝える描写はない。　数年後その後の兄の状況が、東京から来た佐藤少佐から告げられる。　兄はその事件後、上京し、軍隊に入り、陸軍下士官となっていると伝える。　父はひととおり事情を聴きとったあと、静かに告げる。「ご厚志は誠にありがたいが、この家には、娘はありましても、息子はいないはずでございます」　父は、婚礼先へ恥をかかせた兄を許すことはできなかったのである。　その夜のいしの眼には涙が浮かんでいた。「どうしたの、いし。どうして泣いていたりするの」と私は尋ねました。　たもとに顔を埋めながら、がっくりと腰を折ったいしは声をあげて泣きました。　いしがこんなに泣いたのは初めてのことでございました。「お嬢さま、私が辛いのではございません。　つらい時には泣き、おかしい時には、存分に笑えるような身分に生まれついて、有難いと思うております。　けれども、お嬢さま、お気の毒に、旦那さまは・・・」といっていしは、またすすり泣くのでありました。いしの言葉が印象深い。「武士道」が、日本の精神文化としてたたえられるのであるが、実は日本という国は「つらい時には泣き、おかしい時には、存分に笑う」庶民、多くは農民であるが、支えてきたのである。大岩美代訳では「父の苦衷」となっている第７章は、原文では「chapter 7 The wedding that never was」である。「決してあることのなかった結婚式」とでもなろうか。日本語訳では、兄の結婚式とその失踪よりも、エツの父の苦衷に焦点があてられている。 大岩美代は、「杉本夫人が手をとらんばかりに導いて下さいました」と訳者あとがきで語っているから、邦訳にあたって、結婚式に焦点があたらないようにという杉本鉞子の意向も働いていたのであろうか。 この章では、特にいしの言葉が印象深い。このいしの言葉は英文の原文では何といっているのであろうか。"What trobles you, Ishi?"I asked. "Why do you almost cry?"She sank to her knees, burning her face in her sleeves, and for the only time in my life I heard Ishi wail like a servant."Oh, Little Mistress, Little Mistress, "she sobbed,"I am not sad. I am glad. I am thankful to the gods that I am lowly born and can cry when my heart is filled with ache and can laugh when my heart sings. Oh, Little Mistress! My poor, poor Master!"And she still sobbed.　

  2015年11月15日

• 『エツさん、あなたのお国ではキスをする習慣がないそうですが、まことにお気の毒です』

  内田義雄氏の『鉞子（えつこ）』の１８０ページに、クリストファー・モーレーのコラムが紹介されている。「エツ・イナガキ・スギモト夫人ほど　われわれを楽しませてくれる会員はいない。スギモト夫人の最新の手紙を一部紹介したいー」　世界の友好、とくに米日友好のために貢献することは、わたくしの趣味のようなもので、微力ながら最善をつくしたいと思っています。このたび十日間ほどデラウェア州を旅してきました。古き伝統がのこる田舎の人たちとの出会いは、とても楽しいものでした。わたくしが小さな教会で話をいたしますと、ひとりの粗野な顔をした農夫（こんな表現をお許しください）が立ち上って、わたくしに言いました。『エツさん、あなたのお国ではキスをする習慣がないそうですが、まことにお気の毒です』。わたくしはどこの国でもそれぞれ異なった表現方法があります、と言ったつもりなのですが、ちょっととまどってしまいました。農夫はさらにこう申しました。『エツさん、あなたは牛乳がお好きですか？』わたくしはすぐに『もちろんです！』とお答えしました。そうしますと、彼は『朝とれたての最良の牛乳をお届けしましょう』と言いました。彼が言ったことは本当で、翌朝早くわたくしの元へ新鮮な牛乳を届けてくれました。こうした出来事は、わたくしに言い知れない喜びを与えてくれるのです。」「スギモト夫人の手紙は、われわれにも言い知れぬよろこびを与えてくれる。」『武士道の娘』のなかで、アメリカ人がもっとも面白がった一つは、日本とアメリカの男女の愛情表現の仕方である。「１９　思うこと」に、そうした問答が出て来る。「日本の舞台でも、恋愛の場面がありますか？」「ええ、ございます。日本のお芝居は人生のありのままの姿を見せてくれますし、日本人だって、他の国民と変わりはありません。」「でも、あの最後の場面で、あなたのお顔は赤くなりましたし、何だか恋愛の場面など、初めてのように思いましたが」と、笑いながらもその婦人（これはその後のつっこんだ質問を考えるとフローレンスかもしれない）はおっしゃいました。鉞子は彼女に、日本人は感情を強く表にあらわすことは、品を落とし、威厳をそこなうと教えられてきたと説明した。けれどもこれは感情を抑圧しようとしたものではなく、ただ、人前にあらわにすることはよくないとされてきたので、舞台でも、恋愛の場面は、静かに運ばれるので、アメリカの観衆には感銘を与えなくても、かくれた心の動きがよくわかる日本人には、役者の重々しい所作から深い感銘を受けるのだと。「じゃあ、恋人どおしが・・・まあ、ひどく熱したときには、どうするんでしょう」「その時には、お互いに背を向け合います」「えっ、背を向け合わせるんですって！まあ、まあ！　日本では、夫婦の間でもキスしないんですってね、ほんとうですか」「ええ、お辞儀をするだけです。お辞儀は日本人の心の表現なのです」「でも、お母さまはあなたにキスなさいましたでしょう。アメリカへご出発の時に、お母さまはどうなさいましたの」「ただ、お辞儀をしてから、もの静かに『道中、気をつけてね』と申しました」（略）出発前、母が申したことを思い出さずにはいられませんでした。「エツや、異国では、犬のように、お互いになめあう習慣があると聞きましたが・・・・」ここにいたって、モーレーと同じく、エツの母やおばあさまの言葉の箴言の数々に「言い知れぬよろこびを与えてくれる」のである。　

  2015年11月14日

• The story of the dog Shiro　―『武士の娘』より-

  「このところ　『武士の娘』を読んでいて面白いって言ったでしょ。」「はい」「ほら　図書館で　英文の『A Daughter of the Samurai』を借りて、日本篇だけどコピーしてきちゃった。」「すごい。英語読めるんですか？」「読めないけどね、日本語訳で感銘を受けたところだけでも、原文を確認してみたかったんだ。それにね、日本語訳は太平洋戦争中に出版されて　モレーの序文の訳を欠いているんだ。序文の最初は英語のできない人間にとっては、難しいんだけど、ほら、ここのところ、 What a lovely book it is, and how much it has to teach us.なんと愛らしい本であることか、なんと多くのことを私たちに教えてくれることかくらいは　わかるからね（＾。＾）」   モーレーの序文は次のようにして始まる。 introduction There are many happy adventures for those who work in the strange world of printer's ink; and in some lucky moment of inspiration, several years ago, I asked Mrs. Sugimoto to write, for my column in a Philadelphia newspaper, some little memories of her girlhood in Japan.The story of the dog Shiro, whose prosperity a future life she endangered by giving him her own cushion;her childish sadness about her curly hair; ここで、この本についてモーレー自身が感興をおぼえたところとして挙げているのは犬のシロの話と　カーリーヘア（縮れ毛）についての子供のころの悲しいお話なのである。内村義雄氏の「鉞子（えつこ）」には、1919年4月24日付けで『イブニング・パブリック・レジャー』紙に載せた一文が抄録されている（同180ページ）。「最近、日本のことをこころよく思っていない人たちが、このフィラデルフィアで街頭デモを行った。日韓問題については、私には語る資格がない」（1910年日韓併合後、朝鮮の活動家たちはアメリカで反日運動を展開していた。モーレーにも「日本人が文化的に洗練されているのは間違いだ、日本人ほど残酷な国民はない」という抗議の投書があった）「朝鮮の人たちは、日本人は残酷な国民だと言っている。そうかも知れないが、この際、日本の童話やスギモト夫人が再三語る古風な愛すべき物語をぜひ思い出してほしい。一国の心や魂というものは、その政府の行為よりも、その国の童話にこそ宿っているものなのである」と。　韓国の反日運動は、実にこの日韓併合に対する反発に発して、戦後の今もそれを根っこにひきずっている。　日韓併合が誤りであった、不正義であったと日本政府が公式に認め、謝罪することから、「年月をかけて解決されていく」のかもしれない。　このモーレーの文章の中で「一国の心や魂というものは、その国の童話にこそ宿っている」とし、モーレーはA Daughter of the Samuraiの序文で「Is it not a perfect book for children to read? 　I don't know any collection of fairy-tales more entrancing.」　この本は子どもたちのためのパーフェクトな本ではないだろうか？　私はこの本ほど楽しませてくれる童話集を知らない。と言う。その筆頭にあげるのが　犬のシロのお話なのである。それは「５　落葉」（筑摩書房版56ページ）にあり、一部抜粋してみよう。エツ坊の父は健康がすぐれず、なじみの医者に東京の名医に診察してもらってはどうか、とすすめられ、爺やを連れて長岡を去った。エツ坊は父と爺やがいなくなって寂しい日々を　大好きなシロと過ごした。「もしあの時分、大好きな『シロ』がいませんでしたら、私はどうして暮らしていられたかと思います。主人が旅に出て、シロもやはりさびしかったのでしょう。シロは私によくなついておりましたが、女の子が犬を飼うなどということは、大変乱暴なこととされておりましたので、そんなことを口に出したこともありませんでした。でも、とにかく、毎日、勉強がすんでからは、シロと遊んでよいことになっておりましたので、私は一緒にあちこち歩きまわったものでございました。ある日、犬を連れた私が、的場（弓やをひく練習場）へ出かけて行き、父がいつも好んで歩いた道へさしかかりますと、急にシロが駆けだして、大門の脇の爺やの住居の方へとんでゆきました。爺やの妻は、私がおぼえない頃に死んでしまったのでありましたが、器用な爺やは、女手のない家の中をきちんと致しておりました。夏の午後など、こぎれいに片付いた爺やの家の入口へ参りますと、小さいお重箱に、私の好きそうなものを入れておいてくれましたーちょっと塩をまぶした里芋だの、きつね色においしそうな実をほのみせている焼き栗など。私がシロのあとを追って急いで行ってみますと、シロは爺やの家の入口に鼻を押し付けて、いつもお重箱がおいてあった隅のところを、いっしょうけんめいにかぐのでした。『シロや、だめだめ。お重箱はないのよ。爺やはいないのよ。みんな行ってしまったのよ』と私も悲しそうに申しました。　私が敷居ぎわに腰をおろしますと、シロは冷たい鼻先を私のそでにつっこみ、シロも私も世にも哀れなさびしいもののように思われました。私はシロのあらい毛の中に手を埋めながら、　武士の娘は泣いてはならないという意味の言葉を思い出そうと、いっしょうけんめい努めたものでございました。　ふと『わけもないのに泣くのは臆病者』という言葉を思い出しまして私は飛び上がりました。私はシロと話し、シロと遊びました。シロとかけっこまでいたしました。それから家へ入りましたが、家の者たちが、私の乱暴な遊びぶりを快からず思うていることはわかりましたが、私が父の秘蔵っ子でありましたので、誰も何とも申しませんでした。思えば、当時、家の人達は皆、やさしかったようですが、それと申しますのも、誰の胸にも心配の重荷がのしかかっていたからでありました。　ある日、シロの加減が悪くなり、何をやっても食べようといたしませんでした。私は子ども心に、何かおいしい物を食べさせたらきっとよくなるに違いないと思ったりいたしましたが、あいにくその日はご先祖さまのご命日で、お精進（しょうじん）でしたので、シロの好きそうな残り物もありませんでした。いつも、困ったときのくせで、わたしは　いし　のところへ参りました。いしは私の心遣いを哀れに思ったのでしょうか、どこからかお魚の骨を持ってきて、そっと渡してくれました。私はそれをもってお庭のはずれへゆき、石でこまかく砕いてみそ汁にまぜてから、シロがねている雑木小屋へ持っていきました。ワラの上にねていたシロは、私をみると、うれしそうな様子を見せましたが、起き上がろうともいたしませんでした。私は寒いのじゃないかと思いつき、大急ぎで、自分の部屋から絹のお座布団を持っていってかけてやりました。　この事がおばあさまの耳に入りますと、さっそく、私は祖母に呼ばれました。私はおじぎをして顔を上げた瞬間、おやつに呼ばれたのではないということがわかりました。『エツ子や』ー祖母はちょっと厳しい調子で申す時はいつもこういう呼び方でした。『お前に大切なことを話してきかせばきゃなりませんが、聞けば、お前はシロにお座布団をかけておやりだとか』　私は、祖母の声の調子に驚いて、静かに頭をあげました。祖母は続けて、『シロに分を越えたことをしてやっては、大変な不親切になるということがおわかりかえ』　私はそれが、よくのみこめなくて、びっくりしたような顔をしていたと思います。と申しますのは、それからあと、祖母はやさしい調子で犬は畜生でありますから、畜生には畜生の分限があるのです。白犬は後の世に、人間に生れて来ると申します。それが、今の世で分限を越えたしぐさをすると、人間に生まれ変るのが遅れるかもしれないのでうと、説き明かされました。　輪廻の信仰によりますと、一切の生き物はすべてそれぞれの分限を固く守られなければならないことになっております。ですから、もし私どもが動物の分限を越えた扱いをすると、それがかえって、不親切になるのだそうでございます。（略）　祖母におわびをいたし、私は急いで、シロにあやまりに出かけました。シロは、もうワラにくるまって、うずくまっておりました。庭では二人の人足がにがい顔をして、私の座布団を焼いておりました。　かわいそうなシロ！わたしども一家の手厚い親切をよそに、そのあくる朝、ワラのしとねの中で長い眠りについてしまいました。シロの魂が私の親切にわざわいされないで良いところに生まれ変ってくれますようにと、私は念じました。」ここまで読んで、モーレーの記した「The story of the dog Shiro, whose prosperity a future life she endangered by giving him her own cushion」という意味がわかる。犬のシロの物語、それはシロが人間に生まれ変るという来世の成功（prosperity）をエツが自分の座布団を与えたことによって危機にさらし（endangered）たかもしれない　という発想をモーレーは面白がっているのである。そういえば落語に　犬のシロが真っ裸で人間に生まれ変った噺（はなし）があったなあ。現代の日本人は当時のアメリカのモーレーのような立場でそして新しい発見として、この「武士の娘」を「古風な愛すべき物語」として読むのかもしれない。」

  2015年11月13日

• エツとフローレンス　　「面白い話をなさらないなんて、そんな意地の悪いことがあるでしょうか。読む人は話が面白いから読みますのに」」

  「鉞子（えつこ）　世界を魅了した『武士の娘』の生涯」内田良雄著より、エツとフローレンスの出会いを抜粋p124 1898年6月のある日、鉞子と松雄は、ウィルソン夫妻のはからいでウィルソン家の屋敷の広間で結婚式をあげる。「松雄」のかたわらには親切な会社の同僚の方が立ち、私のかたわらには後に私の一生を通して恩母となり恩姉となってくださった方が立っていられました」と鉞子は『武士の娘』に書いている。 鉞子に付き添った人は、ウィルソン夫妻の姪フローレンスである。結婚した２人はローレンスと母親セーラが住むカレッジ・ヒルの屋敷に一緒に暮らした。セーラの夫ジョン・ウィルソンは７年前に亡くなっていた。 鉞子は、セーラを「アメリカの母上」（American Mother）と呼んだ。ただ、 『武士の娘』のなかでしばしば登場する「アメリカの母上」には、セーラの娘フローレンスの面影が色濃く投影されている。時にはフローレンスその人ではないかと思われる場合もある。 p129  不思議なことなのだが、・・・ フローレンスそのひとが『武士の娘』のなかに一向に登場してこない。 p130  鉞子は、のちに告白しているように、「フローレンス」の名前を出すことをフローレンスその人から固く禁じられていたのである。 ｐ２０４　ミス・ウイルソンは私の書きますものを一々お読み下さり、ご自身の日本におけるご経験から、そこここに独特のセンチメント（感傷）とメローネス（芳香）を加えて、日本の情緒をアメリカ人にわかり易く説く助けをして下さいました。殊に急所急所は、ご満足の行くまで根ほり葉ほりただされては、私の頭にさえぼんやりとしていることを、はっきりするまで考えさせて下さいました。例の日本式の考えで、私があまり自身の経験などには触れたくないと申しますと、大変なお叱りで、「面白い話をなさらないなんて、そんな意地の悪いことがあるでしょうか。いくらご自分のことだからとて、それは謙遜ではない、かえって自惚れというものでしょう。読む人はあなたのことだからと思うて読むのではなく、話が面白いから読みますのに」と、きつくおっしゃるのです　こうしてできました『武士の娘』でありましたから、ぜひ共著者としてミス・ウィルソンのお名がほしいと存じましたが、表立つことを極端に嫌われましたので、それも叶わず、今になってこうしてお話していますが、それさえ黙っていた方がお喜びになるだろうかなどとも考えられ、ともすると気おくれがするのでございます。「『武士の娘』の見たアメリカ」（婦人の友昭和15年1月～３月号） 

  2015年11月12日

• 「武士の娘」と長岡戦争　と　「だんな様には忠実に、だんなさまのためには、何ものをも恐れない勇気」

  トルストイの「戦争と平和」は、ナポレオン軍の侵入に抗して戦うロシアの人々（祖国戦争）を描いた歴史小説であり、トルストイのクルミア従軍の体験が反映されている。「風と共に去りぬ」は、マーガレット・ミッチェルの長編時代小説で、スカーレット・オハラの壮絶な人生とともに南北戦争、アメリカの内戦が描かれ、その題名にはアメリカ南部白人たちの貴族文化社会が消え「去った」事を意味するという。いずれも戦争の惨禍がその長大な歴史小説の奥行きを深くしている。実は「武士の娘」の前編の日本編は単なる「武士の娘」のありさまを描いたものではなく、長岡藩の筆頭家老を勤めた著者の父、稲垣平助の長岡戦争における去就の弁明が隠れた主題になって、それがこの著書の奥行を深くしているのである。稲垣 平助は、諱（いみな）は茂光（しげみつ）。越後長岡藩の家老首座（2000石）で、志摩鳥羽藩主・稲垣氏の庶流の家系である。越後長岡藩随一の門閥・名門であった永代家老の稲垣平助家に生まれる。水戸学に傾注していた父茂快が天保13年（1842年）に24歳で京において急死したために家督を相続する。数え7歳であった。父の突然の死も、妻の実家での毒殺の疑いがあり、平助の母は自ら離縁し、平助は曾祖母の手で育てられた。安政3年（1856年）、家老本職・首座となる。安政5年（1858年）、第11代越後長岡藩主牧野忠恭嫡子の養育係となるも、三河西尾藩主・大給松平家から養子として招かれた忠恭と馬が合わず苦悩する。この他家からの養子忠恭との折り合いが悪かったことが後々まで稲垣家に大きな不幸をもたらす。忠恭は、河井継之助を重用し、筆頭家老稲垣平助を遠ざける。忠恭は、文政7年（1824年）9月1日、三河西尾藩主・松平乗寛の三男として江戸に生まれ、天保11年（1840年）4月28日、将軍徳川家慶に拝謁し、同年12月16日、従五位下玄蕃頭に叙任する。安政5年（1858年）10月25日、養父忠雅の死去により、家督を継いで第11代藩主となる。万延元年（1860年）6年25日奏者番、文久2年（1862年）3月24日寺社奉行加役、同年8月24日京都所司代に就任する。文久3年（1863年）6月11日、「当時の京都は騒動続きであり、長岡藩のような小藩では対応できない」として辞職した。同年9月13日老中に就任し、12月24日外国事務を取り扱うことを命じられた。このとき、家臣・河井継之助を公用人として重用し、藩政改革を行う。元治元年（1864年）7月22日勝手用掛を命じられた。慶応元年（1865年）4月13日、政局に難題が積まれるに及んで老中職を退いた。京都所司代、老中の辞任はいずれも河井の進言によるものだった。慶応3年（1867年）7月11日、隠居し、養子忠訓に家督を譲った。隠居後、雪堂と号した。北越戦争を経て謹慎し、明治に入ってから許される。明治8年（1875年）2月、四男忠毅の隠居により、家督を再び相続した。明治11年（1878年）9月1日、55歳で死去した。忠恭はその当時、公用人であった河井継之助を重用し段々立身させていた。忠恭の信任の下に河井継之助は家老として藩政改革を断行し、門閥の平均化のため稲垣平助家は、500石に減知された。稲垣平助は、家老職こそ取り上げられなかったものの、慶応4年（1868年）兵学所頭取に棚上げされて事実上、藩政から外された。慶応4年（1868年）5月の北越戦争にあっては平助は、勤皇を説き、迫り来る薩摩・長州を中心とする官軍に対して藩内で恭順・非戦を説いたが、発言力が低下したため果たせず、両軍衝突の直前に、自ら屋敷に火をかけて山中に潜んだ。正室の金媛と惣領の三郎重恭、及びこのとき存命していた祖母を稲垣家の属臣である原巳之太に供をさせて、千川崎村の駒形次兵衛の許に隠した。平助自身は、同年10月17日に長岡を脱出して、新発田を経て三根山に潜伏。信濃国松代及び同国の長岡支藩・小諸藩に赴き、江戸に逃れて浅草広小路に辿り着く。同月17日から愛宕の旅館に投宿した。同月16日に江戸の軍官（官軍）に出頭して、藩主家の助命嘆願をする。稲垣平助は、家老として、主家の保全のため、全力を尽くした。それが祖母（実は曾祖母）がエツが東京に旅立つ（それはまたアメリカに嫁ぐことでもあった）にあたっての餞別（せんべつ）の言葉に反映されている。「エツ坊や。　住むところはどこであろうとも、女も男も、武士の生涯には何の変わりもありますまい。　御主（おんしゅ）に対する忠義と御主を守る勇気だけです。　遠い異国で、祖母のこの言葉を思い出して下され。　だんな様には忠実に、だんなさまのためには、何ものをも恐れない勇気、これだけで。　さすればお前はいつでも幸福（しあわせ）になれましょうぞ」　エツはやさしい父が大好きだった。しかしまた父は学問をエツに、厳しくしつけ込んだ。当時の女の子としては、四書といった漢籍をきちんと師匠をつけて学ばさせるというのは稀だったのだ。これは一つには、エツが生まれた時、へその緒がくびの周りにまきついていたということで、当時このように生まれた子は、仏さまから直々にお示しを受けているとして、尼にする運命にあったのだという。そのために祖父母の強い望みで菩提寺の僧を師匠として迎えて、四書を学んだのだという。あるいはそれは主家から疎んじられ、２千石から５百石まで減らされ、その後の長岡家の幾末を案じ、永く祖先のことをまつってもらい菩提をともらってもらいたいという願いもこめられていたかもしれない。長岡戦争における稲垣平助の主君の命（それは河井継之助の武装中立論に対して御家を守るための恭順論であったが、）にそむいて行動を、「卑怯者」「腰抜け」と地元において罵られ、さげすまれた。「そうではない、父上は武士の本分にのっとって　御主（おんしゅ）に対する忠義と御主を守る勇気　をもって行動されたのだ」ということを主張するものである。「武士の娘」は１９２３年１２月から２４年１２月まで、雑誌「アジア」に「A Daughter of the Samurai（武士の娘）」として発表され、１９２５年ダブルデー・ドーラン社から単行本として発行され、その後、ドイツ、フランス、デンマーク、スワーデンなど７か国語に翻訳された。フローレンスは亡くなる前に、エツに日本語訳を出すよう願った。それはこの本にこめられたエツの父平助の名誉回復、復権への願いを感じ取っていたからでもあろう。兄はエツに言った。「なぜおまえは尼にならなかったのかねえ？」この兄の家出のよって、一時期エツに婿をむかえて当主にしようと考えられたように思われる。そしてこの兄がアメリカで親身に世話を受けた松雄のもとにエツは嫁入ることになるのである。エツがアメリカに渡り、英文で自らの家の物語をする上で、兄に起った出来事が大きく影響してくる。それはまるで　稲垣家の越後戦争における名誉回復を、後に行うためであったかのようでもある。日本語版は、大岩美代氏の翻訳によって、戦時中 1943年（昭和18年）、東京の長崎書店からであった。実に発表後ほぼ１００年近くたって、日本語版が出て７０年を経過して、この本によって広く父、稲垣平助が世に知られ、エツが尼にもならず、英文の書で父稲垣平助の名誉回復をはかったのだということが明らかになろう。それとともに「だんな様には忠実に、だんなさまのためには、何ものをも恐れない勇気、これだけで。　さすればお前はいつでも幸福（しあわせ）になれましょうぞ」これこそが、大和撫子を世界に知らしめたものかもしれない。　

  2015年11月11日

• 神様のお定めなされたことはおうけするものでございますよ　it is useless not to accept gratefully the will of the gods.

  「いま、『武士の娘』を読んでいるんだけど、電車の中で読んでいたら、読みふけってしまってね、乗換駅で降り損ねるところだった」著者　杉本鋮子（かねこ）は、小泉八雲のような　ストーリテラー（物語の語りべ）の才能がある。小学校の教諭もしていたというから、子どもたちにもそうしたお話をして魅了したことであろう。そしてアメリカの人々をも魅了し続けているのだ。カネに仕えていた　いし　の物語った話より「１０月は神なし月で、神々が各地のお社（やしろ）から出雲（いずも）の大社に神つどいに集まわれ、縁組する男女の名前をおきめになる定めになっていました。　これにつきまして、祖母や乳母（うば）たちがよく、女の子に話してきかせるお話があります。　両親も兄弟もない不幸な若者が、誰もお嫁さんの世話をしてくれませんので、二十歳（はたち）過ぎても、ひとり身でいました。　10月のある日、この若者は、出雲の大社へ参拝して、自分にも縁組の相手があるか知りたいものだと思いたちました。　そこで、お供えとして、初穂の一束をたずさえて、長い旅にのぼりました。　やがて神社にぬかづき、高い床下に陣取っておりますと、神々の声が　あの男　この娘　あの男　この娘　と数でも数えるように、呼び合っていられるのが聞こえました。　その中には、自分の知っている若者の名前も交じって、次々ときこえてまいりました。　「やれやれ、俺はまあ、神様のご相談のおじゃまをしていたか・・・・」　と　つぶやきましたが、興をそそられて退くこともできず、思わず柱のかげに身を寄せて、悪いこととは知りながらも、一縷（いちる）の望みをかけて、ききいっておりました。　あの男　この娘　と次々と男女の名は組み合わされてゆきますのに、どうしたことか、自分の名前は、いつまでたっても出てまいりませんでした。　最後に威厳のあるお声で　「では、今年はこれまでといたそう」とおおせられるのでした。　すると「少しお待ちください。太郎がまた残りました。誰か娘はないものでございましょうか」という声がいたしました。　若者は自分の名前が出たので、ハッといたしました。　「ああ　厄介（やっかい）だな、また、その名が出おった！」　と、いらいらして言う神様がありました。　「もう一年のばすといたそう。ほかに娘がありません」　と遠くのほうから声が聞こえました。　最初の神様の声で「お待ちくだされい。栗の木村の名主の娘で、近ごろ女の子が生まれました。　家柄は少々かけ離れていますが、この二人をめあわすことにいたしましょう。　さすれば仕事も片付くというもので」　と申されました。　「さよう、さよう。名前を組み合わせておいて、めいめい社へ急ぐことにいたそう」　と神々は口をそろえて申しました。　「これをもって今年の仕事も終り申した」　とまたも厳かな声がきこえました。　一部始終をもれきいた若者は興奮したり、怒ったり、失望したりして、そこをはい出しました。　とぼとぼと家路をたどりながら、太郎の胸には失望と怒りがつのるばかりでした。　しかし栗の木村に近づいて、干し稲をかけつらねた稲架の間にちらちら見える名主の家の豪勢なわら屋根を眺めますと、怒りは薄らぐのですいた。　「まあまあこれならさして悪いこともなかろう」と独り言をいってみたりしました。　あけひろげた入り口の前まで　そろそろと参りますと　ふとん　にくるまった赤ん坊がかわいい手を出しているのが見えました。　「どう少なくみても、十二、三年は待たなきゃなるまい！かなわないな。ええ神様にたてついてみてやれ」と、叫んだかと思うと、家のうちにかけこみ、若者は床の間にあった一刀に手をかけて、素早く　ふとん　の上から赤ん坊をつきさし、あとをも見ずに、急いで帰りました。　年月が過ぎました。　幸運にめぐまれた太郎は栄えましたが、どうしても花嫁を世話してくれる人はありませんでした。　そのうち、また幾年かたちました。　若者は神様におそむき申し上げた罰として、ひとり暮しのあじきなさをも耐え忍び、ついにあきらめきった心持ちになっておりました。　その時、思いがけないことが起こりました。　おなこうどが、とても美しい、まじめな働き者の花嫁の世話をしようといって、訪ねてまいりました。　太郎はおどりあがって喜びました。　話し合いは順調に運んで、花嫁を迎えました。　この若い嫁は非のうちどころもない、願いのとおりの人で、太郎もすっかり満足していました。　ある暑い日、縁側で縫物をしていた妻は、襟元（えりもと）をゆるめていましたが、太郎はふとその頸（くび）に奇妙な傷痕（きずあと）をみつけました。　「どうした傷か」と尋ねました。　「これには不思議な物語があるのでございます」とにこにこしながら、妻は言葉を続けて　「私が赤ん坊の頃のことでございます。火のつくような泣き声をききつけて祖母がかけつけますと、父の刀が畳の上に投げ出してあり、私のくびから肩にかけて刀きずがついておりました。」　ここまで話したら、聞いていた人が　「わあー、こわい」と言った。　「かたわらに誰もいなかったことですから、どうしてこんなことになったのかわかりませんでした。祖母は神様が何かのお計らいで、こんな傷をなされたのだと申しておりましたが、おおかたそんな事でしたろうと思っております」というと、また針の手を動かし始めました。　「でも、最後なんにもなくてこわいことにならなくてよかったですね」と聞いていた人は付け足した。　「この話には教訓がついていてね。ここで乗り過ごしそうになったんだけどね、ここのところ「いしはこの話の終りに、いつもこう申しました。『ですからね、神様のお定めなされたことはおうけするものでございますよ』」この箇所は英文の原語ではどうなっているのだろうと、気になって調べてみた。　When Ishi told us this story, she always closed with," And so you see it is useless not to accept gratefully the will of the gods. What is planned must be obeyed." いしは　us カネ　だけではなく、娘たちに語ってきかせたのだ。　そして「神様がお定めになったものには従わなくてはならない」というのがこのお話のいつもの結びの言葉だったのだ。

  2015年11月10日

• この本は、子どもたちが読んでも素晴らしい。うっとりするような話がこれほどつまっている童話集はない

  『武士の娘』で「二　縮れ毛」に主人公のエツ坊（鉞子）が縮れ毛をからかわれ、悩む場面がある。それは京都の本願寺が火事で焼けて、再建のための材木をひく綱にするために、女たちは自分の黒髪を奉納した。エツ坊はその日のことを思い出して「私の小さい胸を痛めたことを、はっきり憶えております。と申しますのは、姉たちの素直な長いつやつやした髪にまじって、私の毛は短く、それがみにくく縮れていたのでございます。　それからながの年月を経ました今日でも、いたいけな少女だった私が、縮れ毛の故に痛ましい試練の数々を受けなければならなかったことを思い出しますと、哀れをもよおして、身を刺される思いがいたします。縮れ毛は日本ではきらわれておりました。」エツは、そのくせ毛を直す時に仕えていた　いし　に口答えしたことがあった。そのとき、母はエツを呼んでたしなめた。「エツや。縮れ毛が　けもの　の毛に似ているということはお判りでしょうね。武士の娘がけものに似ていてよいでしょうか。」　それ以来、エツはくせ直しのことで不平をいうことなく、いしの直すままにされていたという。また、七つのお祝いの席でも叔母の一人が「おエツさんに立派な着物を着せても、本当に無駄なことですね。かえって縮れ毛が目につくばかりですもの」子ども心にその言葉がショックだった。テレビで2回にわけて放送された「ＢＳ１スペシャル　武士の娘　鉞子とフローレンス」は、旅館の前を掃除する小さい女の子を男の子たちが縮れ毛、けものの毛とからかう場面から始まる。現代ではそのような　からかい　はないために、最初はその意味することが理解しかねるのだ。いしもその言葉に衝撃を受けた一人で、そのお祝いのご馳走が終わると、自分の髪を切って日ごろから信仰していた神社に奉納し、「自分の髪とエツの縮れ毛ととりかえてください」と祈願した。「何という親切な心根でございましょう！今もなお、いしの切ない犠牲の心に私は深い感謝をささげております」と鉞子は書き記す。こうしたところがアメリカ人の心をもふかくゆさぶったのである。英語で出版されたクリストファー・モーレーの序文にも「her childish sadness about her curly hair」と縮れ毛に関するお話に心を　うたれた様子が見てとれる序文を寄せた。 What a lovely book it is.「この本はなんと心優しい本なのか」とモーレーは絶賛する。Is it not a perfect book for children to read? I don't know any collection of fairy tales more entrancing.「そしてこの本は、子どもたちが読んでも素晴らしいのではないかと思う。　うっとりするような話がこれほどつまっている童話集はないと思う」と。まことに子供の情操をはぐくむようなお話がつまっているのである。

  2015年11月08日

• 制御の精神（spirit of control）

  「武士の娘」「寒稽古」の章より"Samurai daughters were taught never to lose control of mind or body — even in sleep," when they were physically to "curve into the modest, dignified character kinoji, which means 'spirit of control.' "武士の娘は眠っている時でさえも、身も心もひきしめていなければならないと教えられたものでございます。彼女らは必ず穏やかな中にも威厳をそなえた　き　の字なりにさせられました。これが「制御の精神（spirit of control）」を意味したものとされておりました。武士道とピューリタニズムに共通するものが、この「制御の精神（spirit of control）」である。ピューリタニズムは神への畏れから、その厳しい生活倫理が生じた。これに対して武士道の制御の精神は、その社会的地位に伴う自律的生活態度であり、世間に対する体面に基づくものだった。これを「罪」の文化と「恥」の文化で理解しようとしたのが、アメリカの文化人類学者にルース・ベネディクトの「聞菊と刀」である。「寒稽古」の中で、鉞子（かねこ）の幼少時代、お師匠について四書を習う場面が出て来る。「ただ一度、私が体を動かしたことがありました。ちょうど、お稽古の最中でした。どうしたわけか、落ち着かなかったものですから、ほんの少し体を傾けて、曲げていた膝をちょっとゆるめたのです。　するとお師匠さまのお顔にかすかな驚きの表情が浮かび、やがて静かに本を閉じ、きびしい態度ながら、やさしく「お嬢さま、そんな気持ちで勉強はできません。お部屋にひきとって、お考えになられたほうがよいと存じます」とおっしゃいました。・・・・・あの時のことを思い出しますと、今もなお打ちきずの痛みのように、私の心を刺すものがございます。

  2015年11月07日

• ラグビー日本代表ヘッドコーチ　エディー・ジョーンズ　と　アーノルド校長

  エディー・ジョーンズ（英語: Eddie Jones, 1960年1月30日 - ）は、オーストラリアタスマニア州バーニー出身のラグビーユニオンの元選手、指導者。ラグビー日本代表ヘッドコーチ（2012年4月 - ）。父はメルボルン出身のオーストラリア人。母は広島県出身の日系アメリカ人2世で、エディーは日本人ハーフになる。妻は日本人の日本語教師。（なるほど、だから日本人的な顔立ちをしているんだ・・・）　学生時代は、ラグビー界で活躍したが、オーストラリア代表となったことはない。 シドニー大学で体育学を専攻し1982年に卒業（学位は教育学士）。大学卒業後は教員となり高校で体育を教える。プロラグビーコーチ転身前の1994年はオーストラリアの高校で学校長を務めていた。日本人妻とはこの高校で知り合い結婚する。（フーム、高校の校長先生の経歴もあるのか）1995年、東海大学体育会ラグビーフットボール部の青森合宿に参加するため初来日。1996年に同部コーチに就任。ラグビー指導者としてのキャリアは日本が始発点となる。同年ラグビー日本代表フォワードコーチを兼任。（東海大学のラグビー部コーチとなったのが、日本ラグビー界との始まりか。きっとお母さんや奥さんの日本との影響もあったのかもしれないな。）その後、母国オーストラリのラグビーチームの監督を歴任。2001年、ワラビーズのヘッドコーチに就任。2005年シーズンに9戦8敗と大きく負け越しこの年に代表ヘッドを更迭。2007年に南アフリカ代表（スプリングボクス）のチームアドバイザーに就任し、2007年ワールドカップでのスプリングボクスの優勝に貢献。（なるほど、南アフリカチームのことは知り尽くしていたんだ）【ラグビーＷ杯】歴史的大金星「チーム力で勝った」…エディーＨＣに聞く2015年9月20日 スポーツ報知◆ラグビーＷ杯　イングランド大会第２日　▽１次リーグＢ組　日本３４─３２南アフリカ（１９日・ブライトン）　４年に一度のラグビーのＷ杯が１８日に開幕。第２日の１９日に、１次リーグＢ組で世界ランク１３位の日本が、初戦でＷ杯２度優勝の同３位・南アフリカに３４―３２で勝つ歴史的大金星を挙げた。エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチに勝因を聞いた。　―歴史的勝利だ　「興奮している。信じられない。チーム力で勝った。日本は今までコーチした中で最もハードワークするチームだ」　―なぜ勝てた　「作戦としてはボールを動かそうとすることを心掛けた。そして勇敢に戦った」　―頑張りすぎたので、次戦がつらくないか　「ベスト８に行くのがターゲット。今日は一生懸命やったが、４日後にスコットランド戦がある。これから３時間お祝いして勝利の余韻にひたり、それから次を考える」　―ラグビー界への影響は　「Ｗ杯の歴史の中でも最高の試合だ。（日本開催の）１９年Ｗ杯に向けて素晴らしいものになった。日本にとって大きなものだが、単なるスタートにすぎない」ラグビーのワールドカップ（Ｗ杯）イングランド大会で、格上の南アフリカを破り、６大会ぶりの白星を手にした日本代表。名将エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ（ＨＣ）のもとで、猛練習と綿密な準備を重ね、日本ならではのラグビー、「ジャパンウエー」を追い求め、見事に結実した。　「４年間のトレーニングの成果を感じた。８０分間（体力が）落ちなかったのが勝因」。逆転トライでの金星を、日本協会の薫田真広・Ｗ杯２０１９日本代表戦略室長はそう評価した。　実際、約半年に及ぶラグビー漬けの毎日。その強化の日々を、１１年Ｗ杯で豪州を３位に導き現在トップリーグのパナソニックを率いるロビー・ディーンズ監督は「世界的にも極めて異例の準備」と舌を巻くほどだった。　準備を可能にしたのが日本を知り尽くしたジョーンズＨＣの存在だ。２００３年Ｗ杯で母国・豪州を準優勝に導いたほどの名将だが、意外にも本格的な指導者への道に入ったのは１９９６年に就任した東海大コーチから。そんな名将の目に日本は、体格やパワーで世界の強豪に見劣りするが、俊敏性や持久力では負けない－と映っていた。ならばどう強化するか。掲げたのが「ジャパンウエー」。ボール保持時間を長くし、空いたスペースを見つけて攻め続ける攻撃ラグビーだった。独自のスタイルを１試合８０分間継続させるのは基盤作りが不可欠。毎年約１２０日にも及ぶ長期の強化合宿。それも早朝、午前、午後の１日３部練習は当たり前という過酷さにつながった。通常は体力回復に当てる試合の直前でも容赦はしなかった。　基盤作りだけではない。「ミスが少なかったのも勝因」と元日本Ａ代表監督の林雅人氏が指摘するように、「できることはなんでもやる」とのジョーンズＨＣの方針のもと、過去にない周到な準備が支えた。ハンドリングエラーを減らすために一回り小さいアメリカンフットボールのボールで練習を行い、８月には日本代表の練習試合で、南アフリカ戦で主審を務めたジェローム・ガルセス氏が笛を吹く機会を設定。その判定基準も探った。　すべては「日本ラグビーの歴史を変える」ためだった。その努力の日々が、結実する。低く突き刺さるタックル。ＰＧで引き分けに持ち込むこともできたのに、逆転トライにこだわった姿勢。それは４年の日々が自信とメンタルの強さを生み出した結果だった。「トム・ブラウンの学校生活」より先生はいった。「なぜ君は幸運を口にするのかね。僕には世の中に幸運なんてものがあるように思えないね。」（南アフリカに勝ったのも奇跡ではなく、スコットランドに大敗したのも必然ということか・・・）「おーい、ブラウン、君に聞かせるニュースがあるぞ。ほら、君の旧師のラグビー校のアーノルドがなくなったってさ」トムの手は餌を投げようとする途中で止り、釣り糸は釣り竿にくるくる巻き付いてしまった。・・・彼が旧師に対していだいていた、深い、愛情にみちた忠誠心のために、このショックは彼に非常な苦痛を与えた。トムはラクビー校の礼拝堂にでかけた。そこの祭壇の下に校長は葬られていた。トムは顔に両手をあてて、前にこごみ、声を出してうめいた。「たった５分間でいい、もう一度校長にお会いできたらー自分の思っていることをすっかり打ち明けることができたら、どれほど自分が校長のご恩をこうむっているか、どれほど自分が校長を愛し、尊敬しているか、そしてこの世でもあの世でも神のお助けによって、校長の足跡をたどりたいと思っているか、お話しできたらー自分は一言も愚痴を言わずにたえていけるだろう。しかし校長がすべてを御存じなしに、永久に去られたということは、どうにもたえがたいことだ。」「しかし、校長は果たして何もご存じないと言い切れるだろうか」こう考えて彼はハッとした。「校長は今でも、この礼拝堂の、自分の身近におられるのじゃなかろうか。もし校長がおられるとしたら、このように悲しんでいることが校長の思し召しにかなうであろうか自分が校長に再びお会いするときに、そうしてよかったと思うような悲しみ方をしているであろうか」（愛する人を亡くしたときの、心理の動きをよくあらわしている。人はいまもその霊が生きて見守っていると思う事で心理的な安定に至るのである。そしてそれは人ではなく、変わることにない神への信仰に移行する。それにしても　人生にとって　トムが出会ったアーノルド校長のような　真に先生といえる尊敬できる人や鏡といえるような自分を映し出して成長を確認できるような人との出会いをもった人生は幸せといえよう。4月7日の『サンマのホンマデッカTV』で、心理学者の先生が人生において三人の人に出会うことが重要であると言っていた。一人は 先生といえる尊敬できる人一人は 双子といえるような人生の苦楽を共にできる人一人は鏡といえるような 自分を映し出して成長を確認できるような人）・・・それもよし、それもよし、人間の魂はたとえ相手がどれほど強い、賢い、善い人間であろうとも、人を杖や柱のように頼むことはできない。「われわれの神秘な人間的関係を通じてー母親や、姉妹や、妻の愛情と、優しさと、純真」とを通じて父や兄や先生がたの力と勇気と智慧を通じて始めて我々はキリストを知るに至るのであるから。そしてこのおん方のうちにこそ、これらすべての人々の愛情も、優しさも、純真さも、力も、勇気も、智慧も、永久に、完全なる充実のうちにやすらうのである。」トマス・ヒューズの「トム・ブラウンの学校生活」はこの終章の言葉が低音で流れていて、そこに導く。おそらくは新渡戸稲造もトム・ブラウンに共鳴して、また会った事もないアーノルド校長にあこがれたのである。

  2015年09月26日

• なぜ君は幸運を口にするのかね。僕には世の中に幸運なんてものがあるように思えないね。校長はこの実験を見守っておられたのだ。

  トム・ブラウンの学校生活　下１９１ページ「アーサーが、ラグビー校に入って、私の同室者になったのは、私にとっては最大の幸運でした」「なぜ君は幸運を口にするのかね。」と先生は言った。「僕には世の中に幸運なんてものがあるように思えないね。少なくても今の問題については、幸運も偶然もなかったのだよ。君がまだ中間級にいて、ありとあらゆる悪さぶりを発揮していた時分の学期の終りに、校長が君とイーストを呼んで、訓戒をされたことを憶えているかね。」「ええ、憶えています。それはアーサーが来る前の学期でした。」「違いない。ところで、その２，３分後に僕は校長に面会したのだが、校長は君たち２人のことで大変胸を痛めておられた。それでしばらく話し合った後で、特に君は、学校で何か、ゲームや悪さ以上の目的を必要としているということに、二人の意見が一致したのだ。君は学校の正規の勉強を第一の目的にすることなど決してないことはわかりきっていたからね。それで校長は、君がだれかの面倒を見ることになったら、君もも少ししっかりしてきて、男らしさと思慮深さとをそなえるようになるだろうということで、次の学期のはじめに、新入生の中で一番優秀な生徒を見つけ出し、君とイーストを引き離し、その少年を君の勉強室に入れたのだよ。それ以来、校長がこの実験を、しごく満足の態度で見守っておられたことは、僕は君に保証できるよ。ああ、君たちが校長にどれほど心配をかけて来たか、校長が君たちの学校生活の一歩一歩を、どれほど注意深く見守って来られたか、君たち生徒のうちでそれがわかる者はついに一人もあるまい」この偉大なる校長は、６級生を教え、全校を支配し、指導し、古典を編纂し、歴史の著述をするかたわらに、この忙しい数年間、トムのような人間とその仲良しグルーを見守るだけの時間を見出したのである。しかも校長は、これらすべてを自分の功に帰することなど全くなく、また自分が特にある少年のことを心配してやっているということを、自分でも気づかず、他人にも一切知らせないでいるらしい。トムはこれを知って、目が覚めたような気がした。新渡戸稲造の札幌農学校教授時代や第一高校長時代を生き生きと感得するには「トム・ブラウンの学校生活」を読む必要があり、アーノルド校長にまた新渡戸もトムと同じように心酔していたことを知る必要がある。

  2015年09月23日

• ラクビー校のフットボール　　『札幌にも、こうした学校を創設できないものだろうか？』自分の耳にささやくのです『あー、僕は札幌のアーノルド博士になれないものか？』と

  トム・ブラウンの学校生活　上１１８ページ「しかし君は１１月なのに、どうして白いズボンなんかはいてるのかね。」とトムはいった。かれは校長寮の生徒のほとんど全部がこういう妙ななりをしているのに驚いていたのである。「おやおや、君は知らないのかい。今日は校長寮の対外試合日でね。僕らの寮は全校を相手にフットボールをやるのさ。僕らはすねけりを望んでいないとというしるしに、皆白ズボンをはいているんだよ。君は今日来てよかった。」「ブルックは校長寮のチームの主将で、ラクビー校きってのキックと突進の名手なんだ」「ぼくはフットボールが大好きでね。これまでしょっちゅうやって来たんだ。ブルックはぼくにもさせてくれないかな」「だめだよ。だって君はルールを知らないじゃないか。ルールを覚えるのに１か月はかかるよ。それに試合で矢面に立つのは全く冗談ごとじゃないからね。君らの私立学校でやるゲームとはわけが違うんだ。何しろこの学期になって、鎖骨を折ったのが２人、びっこになったのが１０何人もいるんだからね。去年は一人、足を折ったっけ。」トムはこういう度重なるけがの物語を深い敬意をはらって聴き、それからイーストについて平坦な土地を横切って巨大な絞架のようなもののところへ来た。これは１８フィートの高さの２本の棒が、約１４フィートの間隔を置いて、地面にまっすぐに立っていて、それに約１０フィートの高さに横木が張り渡してあるようなものであった。「これが一方のゴールだよ。そして、ちょうどこれと向かい合って、向うの校長の屋敷の壁の下にもう一方のが見えるだろう。試合は、３つのゴールの二つを争うのだ。つまり、ゴールに２回ボールをけり込んだ側が勝つのさ。ただしだね、２本の柱の間にけり込んだだけではだめなんだよ。横木の上を越させなくちゃいけないのだ。この２本の柱の間を通るボールだったら、高いのはどんなに高くたっていいのさ。またボールが味方の柱の後に転がりこんだ場合には、それにさわれるようにゴール内にいなきゃならないのだ。敵方にそれにさわられたらトライされたことになるからね。」（続く）新渡戸稲造より宮部金吾への手紙「それから君も知っている通り、僕は少年たちを愛しているが、彼らをして有用な生涯に向わしめることは実にやりがいのある、楽しいものだと思います。君は「ラグビーにおけるトム・ブラウン」を読んだ？」「セミナリー（すなわち、大学院の演習科）に出席して講義を聴くときは深い感銘を受け、『札幌にも、こうした制度を創設できないものだろうか？』と、自分の耳にささやくのです。先日、アダムス博士がトーマス・アーノルド博士（我々は、ただ今ローマ制度を学んでいるが、アーノルド博士はその権威者です）について講義をされたときは、『あー、僕は札幌のアーノルド博士になれないものか？』と感情をはげしく掻き立てられました」とある。

  2015年09月22日

• 19世紀イギリスにおける貴族と平民　ワトソンがこの事件が起こったのは１９０２年7月だと覚えているのは、その月にホームズがナイトの称号を辞退したからだった

  『ミステリ・ハンドブック　シャーロック・ホームズ』p.244　イギリスの貴族階級は　　　　　　　　　　　正式な呼び名公爵（ヂューク）　　　　閣下（ユア・グレイス）侯爵（マークアス）　　　侯爵閣下（ミ・ロード・マークアス）伯爵（アール）　　　　　ミ・ロード子爵（ヴァイカウント）　ミ・ロード男爵　　　　　　　　　　ミ・ロードの5段階に分かれている。公爵は最高の爵位で、皇太子のすぐ下にあたる。公爵位は、王室と関係の深い人物に限られている。プリンス・オブ・ウェールズのチャールズ皇太子は、コーンウォール公爵でもある。公爵（ヂューク）という言葉は、ラテン語で地方駐屯軍司令官を意味するｄｕｘ」からきている。侯爵（マークアス）は、辺境を監督する人に授けられた爵位だった。伯爵（アール）は英国だけの爵位で、ヨーロッパの地方君主である伯爵（カウント）と同等とみなされる。子爵（ヴァイカウント）と男爵は14世紀から15世紀に創設された。準男爵（バロネット）とナイトは、基本的には貴族ではなく、上院に座ることはできない。ホームズは、「三人ガリデブ」でナイトの爵位を辞退している＊が、コナン・ドイルは1902年、ナイトの爵位を受けた。「ホームズの物語」を書いた功績ではなく、ボーア戦争の際に、英国を擁護する本を執筆するなどの功績による。当初、ドイルは辞退するつもりだｔったが、母親の「辞退すれば国王を侮辱することになるだろう」との言葉によって気持ちをかえたともいわれる。＊ワトソンがこの事件が起こったのは１９０２年7月だと覚えているのは、その月にホームズがナイトの称号を辞退したからだった

  2015年09月02日

• シャーロック・ホームズの履歴書より　　世界初の顧問探偵誕生のころのイギリスとロンドン

  シャーロック・ホームズの履歴書よりp.18シャーロック・ホームズは１８５４年１月６日、イングランド北部、ヨークシャー地方のマイクロフトと呼ばれる寒村にある農場で生まれた。p.22シャーロック・ホームズの活躍した19世紀末という時期は、１８３７年に即位したヴィクトリア女王にひきいられた英国が、大英帝国を築き上げたその絶頂期であった。世界に先駆けて産業革命を達成して国力は高まった。しかしロンドンの住民のうち9割までは貧しかった。財力と教養を身に付けた一握りの上流階級が一方にあり、他方に下層階級で教育の機会に恵まれない文盲が数多くいた。１８世紀後半の産業革命の初期には労働者の手だけを必要としたが、その産業が成熟度を増すにつれ、社会は頭脳を要求しはじめた。１８７０年の教育法は普通教育への道を開き字を読むことのできる中産・下層階級をつくり、ここにジャーナリズムの発展する基盤もできた。ホームズが大学（数多くのシャーロキアンがホームズはケンブリッズ大学かオクスフォード大学出身かの推理を重ねているがいまだに決着していない）にいたとき、数少ない友人ヴィクター・トレバーの父はホームズの推理力に感嘆し「探偵という仕事こそ君が生涯をかけるべき転職」と断言した。（グロリア・スコット号事件）こうして、コンサルティング・デイテクテイブ（顧問探偵）シャーロック・ホームズがロンドンに誕生する。p.32ロンドンの歴史はシチーという一画から始まる。シティーは現在の大ロンドン市のテームズ河沿いの一平方マイルに過ぎないが特別の地位を保っている。この中に、商業、金融、海運、保険といった機能を凝縮し、英国の中心地としても地位は現在もゆるぎない。ロンドンが国際貿易において世界の中心地となったのは、19世紀に入って１８１５年に英国がナポレオンのフランスを打ち破った時であった。これ以来英国は最強の国とみなされ、第一次大戦の1914年までの１００年間「大平和」の時代を過ごす。産業革命を完成させ、「世界の工場」として工業製品を世界中に輸出し植民地獲得を通じて優先的な製品市場と原料供給地を確保した。それを可能にしたのが世界最強の海軍力であった。p.34英国本土の面積は日本の6割程度であるが、1815年の人口が１３００万人程度であったのが、50年後の1871年には倍増した。ロンドンも1815年に100万人であったが、その5年後には3割も増加していた。一方田舎では大地主の土地の囲い込みが進み、中間的な自作農の大地主化か小作人かの階級分化が」すすんだ。法律は大地主、大商人等の体制側の利益を保障し、労働者階級には厳しかった。p.37ビクトリア女王時代、英国内における富の蓄積は急速に進んだ。18世紀に比べれば貧乏人でも着ている物、食べている物は格段によくなったが、貧富の差はますます拡大した。それでも社会的不均衡による不満が暴発しなかったのは、伝統的な階級制度が厳しく守られていたことと、キリスト教的道徳感情を身につけていたからである。王室、大地主貴族をピラミッドの頂点とし、労働者を底辺とする階級社会が厳として存在した。人は自分の所属する階級を自覚し、その枠の中で「自助」の精神で立身出世する。宗教については国教徒、非国教徒、旧教徒にわかれ、互いに争いはあったものの、キリスト教的宗教感情は深く浸透し、教会に通い、家庭内でも聖書を読む習慣が定着していた。勤勉、寛容、自助、敬虔な心、誓いの言葉を守ること、人間関係において善であること、精神的自由、慈善活動をすることーが日常生活を支配していた。ヴィクトリア女王の即位50年記念の１８８７年の大行事は大英帝国の繁栄の絶頂であった。しかし、アメリカ、ドイツ、フランスは英国との距離をちぢめつつあり、英国の地位にかげりがさしはじめていた。(物語としての)シャーロック・ホームズが世界で最初の顧問探偵としてロンドンに到着したのはこのような時期であった。

  2015年09月01日

• 『ウィリアム・ペン伝』第１章

  『ウィリアム・ペン伝』現代語表記・概要　新渡戸稲造第１章　１６６１―２年オクスフォード大学在学中フレンド派に改宗。イギリス国教違反者として放校。フランス旅行後、リンコンス・インで法律の修得。１６６４年トマス・ローの説教を聴く集りで逮捕入牢。　ウィリアム・ペンは名家の生れで、父のウィリアム・ペンもイギリス海軍の艦長であり、３１歳で海軍副総督に任ぜられた。　ウィリアム・ペンは１６４４年8月14日ロンドンに生まれた。その頃、父の別邸はエセックスのワンステッドにあって、ペンは近くのチグエル校に入った。父はその後クロムウェルが提督の功績を賞して与えたアイルランドのコルクに近い領地に移った。この頃クウェーカー、トーマス・ローがコルクに来て、その話に感動した記録が残っている。「まだ彼が幼少で、父と共にコルクに住んでいた頃、トーマス・ローがイングランドより来て『クウェーカー』が来たと噂が流れ、父はその人に聴いてその人を判断しようと、トーマス・ローを自宅に招いた。ペンはトーマスの説教が深く聴衆を動かすのを見て、黒人の従僕は声をあげて泣き、また父の顔にも涙が流れているのを見て驚いた。」　ペンは１５歳の時、オクスフォード大学に入って３年間在学した。王政復古の後、政府はピューリタン及び共和政府で重用された者を退け、国教に賛成する者を挙用し、学生もまた二派に分かれていた。　この大学の学生で、「フレンド」協会の会員トーマス・ローがオクスフォードに来て、集会を開き、ペンは友人と集会に参加し、ローの力のある説教を聴いて感動した。その後、彼らは大学の公礼拝に出席せず、私的な会を開くなどして退学を申し付けられた。　父はペンの退学を恥辱であると怒り、ペンを折檻し打ちこらしたが、ペンの気持ちは変わらず、フランスに送ることに決心した。ペンはカルヴァン派のモーゼ・アミロート氏より教えを受け、またフランス語に通暁した。　ペンが外国にあること２年、１６６４年に父が提督としてオランダを討つべき命令を受けたことから帰国した。ペンは父の勧めどおり、リンコルン法学院に入った。ペンの父あての手紙には、深くその父を敬愛していたことを示している。「私はお父さんが今逢いたまい、また後で逢われる風雨と数多い困難を免れて、無事に帰宅されることを祈ります。神がお父さんを戦場に招いたのですから、砲煙の中も必ずお守りくださると固く信じています。また父が大切であることを知るだけの智慧がなかった時は、その恩を感じなかったように、今はかえって日々お父さんの安否を深く懸念しています。」　ペンはリンコルン法学院に入って一年余り学んだが、１６６５年激しい流行病がロンドンを襲ったため、やむを得ず去った。人々が死ぬ恐ろしい光景は深くペンの心を動かした。　父はペンが厳粛な人物となり、信仰に熱心な人々とだけ交際しはじめたことから、ペンと友人との間を隔てようと彼をアイルランドに送った。ペンは同国総督オルモンド公爵の邸宅に住み、カリクフェルグスの守兵一揆の際に従軍して戦功があり、キンセールの城塞の総督となるよう内命を受け、父に相談したが同意しなかった。「常に意を用いてキリスト信者となり、かつジェントルマンとして恥じないよう誠実を守る事が大切である。キンセールの城塞に関する総督の内命についてはお前の青年の欲望のためにその判断を誤らないことを願う。総督は私が一時不在することは忍んでも、お前の不在は忍ばれないであろう。これは総督が私に親しく話したことである。」　父はアイルランドのコルク郡の広大な領地の数か所の管理をペンに任せた。ペンは父の命令を受けて喜んで勤め見事に業務を行った。　ある日ペンはコルク市に行き、買物をしようとある店に入ったところ、その店を守る婦人はフレンド（友会徒）の一人で幼い頃、見覚えのある人であった。驚いて、父の家でトーマス・ローが開いた会合について語り「私は今でもその時のことを忘れることができない。あの人の説教を聴くためには遠くても厭わない」と言うと、婦人は答えた。「遠くに行くに及びません。その人は今コルクにいて、明日会を開きます」と。ペンは翌日会に参加すると、ローは「世に勝つ信仰ありまた世に勝たるる信仰あり」という題で説教を始め、ペンはわが身が世を愛して、天父の愛を感じることが切実でないことを後悔し、泣いた。この事があってから数年後、ある篤実の人々にその履歴を語って言った。「主が初めて私に現われたのは１２歳の頃でその時から１５歳までしばしば顧みたもうた。・・・・・・私は天下に初代の精神と初代の教会に似たものを見なかったため、世の栄は私をとらえ、私もまたこれに身をささげようとし、万物の復興を望む私の望みは絶えはてんばかりになることがあった。この時、主は世の人々がクエーカーと称する教徒の一人、トーマス・ローを用いて永遠の理を聞かせたもうた。」　ペンはローの説教を聴いて、また説教の終わった後、彼に面談してフレンドの会に列した。１６６７年の秋、ペンはその会に列席したため、集会規則に触れ、禁固刑を受けた。ペンがクエーカーとなった風評はすぐに父の耳に入り、ペンは呼び戻された。ペンは父の前でも帽子を脱がず、談話の中にThee（汝を）,Thou（汝は）という言葉を用いたので、父はその理由を聞いた。父は子と争ったが、子の意見を変えさせようという企ては思いとどまり、父と陛下などの前では帽子を脱げば改宗は干渉しないと告げた。ペンはその父を愛し、敬っていたが、神に対する義務は更に重く、心の平和と宗教上の成長は自分に忠実かどうかによると感じて父の求めに従うことはできないと告げた。父は怒って、再びペンを追い出した。

  2015年07月12日

• ケネディ大使が田植え体験

  ケネディ大使が田植え体験　首相夫人と山口県下関市でケネディ駐日米大使は１４日、安倍晋三首相の地元、山口県下関市を訪れ、安倍昭恵首相夫人や俳優の黒木瞳さんら約８０人と田植えを体験した。田植えは、地域おこしの一環として昭恵夫人が支援者らと４年前から毎年実施している。安倍首相が今年４月に訪米した際に、夫人が大使を誘い実現した。大使はもんぺ姿で登場し「コメの文化を学びたい」とあいさつ。昭恵夫人から田植えの仕方を教わり、動きづらいのか途中で履いていた長靴を脱ぎ、慣れない手つきで苗を植えた。田植え機にも約３０分間乗り、ハンドルを握りながら機械の仕組みを尋ねていた。稲は１０月ごろに収穫。精米するほか、福島県会津若松市で日本酒にするなどして、東京都内にある夫人の店で販売する予定だ。

  2015年06月15日

• 新渡戸稲造の「建国美談」は講談口調で書かれている、誠意（あかき）丹心（まごころ）など耳で聞いて当時の庶民や女性にもわかってもらいたいという熱意がほとばしっている

  建国美談　－　ウィリヤム・ペン小伝　新渡戸稲造・笠井修　合著（現代語表記）　緒言　米国フィラデルフィア・ロバーツ婦人、かつてウィリアム・ペン氏の小伝を記し、家庭教訓の資となさんと欲し、友人ハーツホン翁について斧正（ふせい）を求む。翁、昨夏その稿を携え、予を北海に訪（おとな）い、小廬（しょうろ）に寓（ぐう）し、貼黄を加え、激賞おかず。曰く、好著書独り一門の子弟に私するよりは、これを世に公にせば、我が米人を益するのみならず、またもって東洋の子弟を益するに足らんと。すなわち慫慂（しょうよう）して上木せしむ。頃日（けいじつ）、東京笠井脩子この書を訳し、予の校定を請う。ひらいてこれを閲せば、すなわちよく原文の意義を解し、配置湊合（そうごう）一に模倣す。反訳の体、もとより然らざるを得ずといえども、文理の断続、記事の詳略、邦文をもってこれをみれば、隔靴掻痒（かっかそうよう）のうらみなきにあらず。すなわち本伝によりて取捨し、勉めて行文を平易にし、すこぶる面目を改め、もって年少の子弟をして読みやすく解しやすからしむ。ただし篇章の分合は一に旧稿による。ああ翁は海外の一旧知なり。しかして二子また一面の識あり。その原稿はすなわち翁これを小廬に刪定し、訳書はすなわち予これを潤色す。しかしてその事蹟はすなわち平素欽慕おくあたわざるの偉人傑士なり。一読のもと千里の遠友を会し、隔世の英雄に接するの想いあり。もしそれ氏の宗教に関する功績に至りては、さきに拙著あり、世に行わる。この書のごときは事業の小部分を摘録するに過ぎず。読者全備をこの書に求むるなかれ。書成るに及びてその顛末を記し巻首に弁ず。　明治28年4月　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新渡戸稲造識第１回　説き起こす、ひとくだりの麗しき物語といえるは、西洋の暦にて17世紀の中頃よりはじまれる事柄にて、わが日本はすでに徳川覇府の礎定まり、世は泰平をことぼぎて、四海波穏やかに、商賈（しょうこ）農民みな安らけく各々業につきおりし頃なるも、欧州諸国はその時代、互いの争い絶え間なくて、国家のゆくてを見渡せば、雲とや散らん煙とや消えむ、おぼつかなかりける事どもにして、史家の唱うる３０年戦争時期にありつれば、国家の衰えいい尽しがたし。農は兵卒に荒らされて取り入れ一もあるところなく、商工途（みち）に業をなげうちて東西各地に逃げ迷い戦々きょうきょう穏やかなる事一日もあらず、とりわけイギリスにては国政、麻の乱れたるごとく帝王チャールス２世といえる君、暴虐無道なりしかば、人民一同の怨みを受けて堪えがたく、尊き王位も住み慣れし宮殿も後に見捨て、イギリスを立ち出でて、遠く異国に御身を潜めたまい、わずかに余生を過ごされけり。これより先き乱れ果てにし時代にあたりて一英傑の奮然として、民間より起これる者あり、これを誰とかなす。英国歴史の一偉人オリバー・クロムウェルなりとは世の人皆知りつらん。前国王、既に王位を棄てたまいし後、王位にふむる者なかりければ、幾百年打続きたる王政も一朝にして破毀し、ここに共和の政体を建て、クロムウェルを執政総督と仰ぎ立て、ようやく国政戡定（かんてい）のいさおしをぞ奏したりける。　然るにその頃、英国海軍水師提督にウィリアム・ペンと呼ばれる武士（もののふ）ありて、チャールス2世の在位の頃に至るまで、軍功すこぶる多かりしかば国家無類の功臣なりと尊敬をうけ、サーの位にさえならべられたり。今ここにさかのぼりてその経歴を記さん。歳ようやく３１にて、早くも副水師提督に任ぜられたるほどなれば、世の人ペンの名を聞くさえも、英国海軍の望み多きをぞ、誇りける。　さても水師提督士爵ウィリアム・ペンは王政たおれて共和時代に当りては、一家を挙げてロンドンに引越しつつ、もっぱら国事に関わりありしに、頃は西暦１６４４年秋8月（新暦にては10月）14日、妻はやすやす産のひもときて、玉に似たらん男子をぞうみおとしける。かたち人相世にたぐいなく、生まれながらに威厳を具えしかわいい子どもなれば、提督大いに喜び勇み、この子必ず将来に一大事業を企つべき相貌面に顕れおれりとて、提督と同じ名をぞ与えける。かくて歳月過ごすほどに寵愛限りなき一人子は、両親の強壮なる質をうけて生い立ちけり。かねてより提督の所持として、エセックス州といえるところに別荘設けありしかば、子息のペンをその地へ残し、別荘近きチグウェル学校へ通わせつ。この時ペンはいまだ12歳に満たざりければ、世の子どもならんには、いとかよわきものなるを、後来大事業を起こすべき、英俊なれば自ら、他の少年どもとは異なりて、はや既に天命をおそれ、悟道の心をひらきし事はのちに至りて言いし語にて知られる。　　予幼かりし頃、一室のうちにこもりいて、思い考えいたりしに、はからずも宇宙の主宰すなわち我々の上帝は予より遠くはなれいたまわぬことを悟りしかば、敬愛のこころ自ずから心におこりて、たえやらず。ここに始めて、予、心は上帝にしたがいて、篤く信ずる身とはなれり。そもそもペン幼年の時代は、英国はなはだ多事にして、ペン14歳となれる時、英国執政の総督たりしクロムウェルは、逝去して、その相続にはクロムウェルのせがれを挙げ、民政主義をなお暫し英国政事の上に、施行たりしに、2年を経ずして、またも王政に立ち帰る事のいかなりしかは、後に至りて、説き明かさん。　さても少年ウィリアム・ペンは血統家柄賤しからぬ権門（たいか）に生れし、それのみか、天性怜悧英敏にして、世上の事物何一つ感覚（おもい）に触れぬものあらざるをもって、思慮（おもい）を攪乱すべき誘いものもまた多ければ、ペンの精神堅からずして世の風潮に漂わされ、一時浮薄の才子となりて俗子に喜ばるる者となり果たらんには、また称すべき価値なく、人もペンをば知らずに過ごし計りならんを、さはなくて、名誉を千載の後に伝え、功徳を他邦の人民に頌（たたえ）られ、英国歴史にひときわの光輝を加えし、その大功業をなしえたる事の基（もとい）は、ペンが家の爵禄高きによるにあらず、左はとて腕に覚えの賢才智能を発揮（ふる）いしにもあらず、ただ胸にたたえある誠意（あかき）丹心（まごころ）のほとばしり出て、ついに天地を感動せしむる一大事業をなしとげしのみ。されば人のこの世に立ちて事業（しごと）を企てんには、智慧門閥財産よりもなお重きものは、誠心実意にありとなん、この誠心実意をもて励み勉めて怠らざれば、いかでか成功（できばえ）のなかるべき。

  2015年05月01日

• 新渡戸が想定した『武士道』の読者は、パブリックスクール出身でケンブリッジ・オクスフォードまたはハーバード大学などで勉学した英米の知識層を想定している

  It is a pleasure to me to reflect upon this subject in the language of Burke, who uttered the well-known touching eulogy over the neglected bier of its European prototype.It argues a sad defect of information concerning the Far East, when so erudite a scholar as Dr. George Miller did not hesitate to affirm that, chivalry, or any other similar institution, has never existed either among the nations of antiquity or among the modern Orientals. 1 Such ignorance, however, is amply excusable, as the third edition of the good Doctor's, work appeared the same year that Commodore Perry was knocking at the portals of our exclusivism. More than a decade later, about the time that our feudalism was in the last throes of existence, Carl Marx, writing his Capital, called the attention of his readers to the peculiar advantage of studying the social and political institutions of feudalism, as then to be seen in living form only in Japan. I would likewise point the Western historical and ethical student to the study of chivalry in the Japan of the present.ヨーロッパにおいてこれと姉妹たる騎士道が死して顧みられざりし時、ひとりバークはその棺の上にかの周知の感動すべき讃辞を発した。いま彼れバークの国語をもってこの問題についての考察を述べることは私の愉快とするところである。　極東に関する悲しむべき知識の欠乏は、ジョージ・ミラーの博士のごとき博学の学者が、騎士道もしくはそれに類似の制度は古代諸国民もしくは現代東洋人の間には嘗て存在しなかったと、躊躇なく断言していることでも解る。しかしながらかかる無知は恕すべき点が大である。何となればこの善き博士の著書の第三版は、ペリー提督が我が国鎖国主義の戸を叩きつつあったと同じ年に発行せられたのであるから。その後十年以上をへて我が国の封建制度が最後の息を引き取ろうとしていたころ、カール・マルクスはその著『資本論』において、封建制の社会的制度的研究上の特殊の利便に関し、当時封建制の活きた形はただ日本においてのみ見られると述べて、読者の注意を喚起した。私も同様に西洋の歴史および倫理研究者に対し、現代日本における武士道の研究を指摘したいと思う。＜試み＞武士道の問題についてバーク[Edmund Burke]の言語（英語）で考察してみることは私にとって喜びである。バークは顧みられなくなってしまったヨーロッパの原型[騎士道]の棺台に、よく知られた感動的な讃辞を述べた。※[エドマンド・バークがフランス革命におけるマリー・アント・ワット王妃の処刑について述べた言葉]名誉と騎士道の国にあって、王妃にこのような災いがふりかかるのを生きて見ることになろうとは夢にも思いませんでした。王妃へのこのような侮辱をもっての脅迫に対して、一万もの剣が抜かれてひらめくものと思っていました。しかし、騎士道の時代は今や過ぎ去ったのです。極東に関する情報の悲しい欠陥は、ジョージ・ミラー博士のような博学な学者でさえ、古代の諸国家や近代の東洋の間には、騎士道またはどのような類似の制度も決して存在しなかったと断言することをためらわなかったことが示している。※ジョージ・ミラーはアイルランドの歴史学者。『歴史学概説』で「古代の諸国や近代の東洋には騎士道のような制度は存在しなかった」とした。しかしながら、このような無知は十分に許されるだろう。この立派な博士の著書の第三版は、ペリー提督が私たちの鎖国の入り口をたたいていた同じ年に刊行されたからである。それから10年以上も後、私たちの封建制度が断末魔の苦しみにあった時、カール・マルクスは『資本論』において日本にだけ生きた形がみられる封建制度の社会的、政治的な制度を研究することの特別な利益について読者に注意をうながした。私も同じように西洋の歴史や倫理を学ぶ者に、今現在の日本における武士道（chivalry）を学ぶことに向けさせたい。☆新渡戸は、エドマンド・バークを単にバードとして記し、彼のフランス革命におけるマリーアントワネット王妃が処刑されるとき、誰一人救おうという騎士道精神を持った人物がでなかったことを騎士道は死んだと慨嘆したことを「周知の感動すべき讃辞」とする。つまりそのような読者を想定しているのである。　後のほうで、イギリスのパブリックスクールの学校生活を生き生きと描いた『トム・ブラウンの学校生活』を引用している。　つまり、新渡戸が想定した『武士道』の読者は、パブリックスクール出身でケンブリッジ・オクスフォードまたはハーバード大学などで勉学した英米の知識層を想定しているのである。　そのためにそうした知識のない日本の読者にとって当然のように知っていることを前提とされる人名や事柄に戸惑い、『武士道』が難解に思える原因の一つになっている。　したがって「分りやすい」現代語訳の『武士道』はそうした日本人には難解に思える情報を省いている訳書が多い、それはある意味やむをえないことであるし、格調高く理想（イデア）としての『武士道』全体を理解するのには役立つであろう。

  2015年03月28日

• 侍の語源は、貴人のそば近くに仕えることを意味する動詞「さぶらふ（さぶらう）」の名詞「さぶらひ」に由来する

  侍の語源は、貴人のそば近くに仕えることを意味する動詞「さぶらふ（さぶらう）」の名詞「さぶらひ」に由来する。「さぶらふ」とは、「守らふ（もらふ）」に接頭語「さ」がついた「さもらふ」に由来する。平安時代、「さぶらひ」は貴人のそばに仕える男のことをいったが、鎌倉時代以降、武士の勢力が強まると武士一般を呼ぶようになり、室町時代には「さむらひ」音が変化した。　語源辞典よりAgain, in Japan as in Europe, when feudalism was formally inaugurated, the professional class of warriors naturally came into prominence. These were known as samurai, meaning literally, like the old English cniht (knecht, knight), guards or attendants--resembling in character the soldurii, whom Cæsar mentioned as existing in Aquitania, or the comitati, who, according to Tacitus, followed Germanic chiefs in his time; or, to take a still later parallel, the milites medii that one reads about in the history of Mediæval Europe. A Sinico-Japanese word Bu-ké or Bu-shi (Fighting Knights) was also adopted in common use. They were a privileged class, and must originally have been a rough breed who made fighting their vocation. This class was naturally recruited, in a long period of constant warfare, from the manliest and the most adventurous, and all the while the process of elimination went on, the timid and the feeble being sorted out, and only "a rude race, all masculine, with brutish strength," to borrow Emerson's phrase, surviving to form families and the ranks of the samurai. Coming to profess great honour and great privileges, and correspondingly great responsibilities, they soon felt the need of a common standard of behaviour, especially as they were always on a belligerent footing and belonged to different clans. just as physicians limit competition among themselves by professional courtesy, just as lawyers sit in courts of honour in cases of violated etiquette; so must also warriors possess some resort for final judgment on their misdemeanours.ヨーロッパにおけるがごとく日本においてもまた、封建制が公式に始まった時、専門的なる武士の階級が自然に勢力を得てきた。これらはサムライとして知られた。その字義は英語の古語のニニヒトと同じく、衛士もしくは従者を意味するものであって、カエサルがアクイタニアに存在すると録したるソルデュリイもしくはタキトウスによればゲルマンの首長に随従したるコミタティ、もしくはさらに後世に比を求むればヨーロッパ中世史に現わるるミリテス・メデュイとその性質が似通っている。漢字の「武家」もしくは「武士」という語も普通に用いられた。彼らは特権階級であって、元来は戦闘を職業とせる粗野な素性であったに違いない。この階級は、長期間にわたり絶えざる戦闘の繰り返されているうちに、最も勇敢な、最も冒険的な者の中から自然に徴募せられたのであり、しかして淘汰の過程の進行するに伴い怯懦柔弱の輩は捨てられ、エマスンの句を借用すれば、「まったく男性的で、獣のごとき力をもつ粗野なる種族」だけが生き残り、これがサムライの家族階級を形成したのである。大なる名誉と大なる特権と、したがってこれに伴う大なる責任とをもつに至り、彼らは直ちに行動の共通規準の必要を感じた。ことに彼らは常に交戦者たる立場にあり、かつ異なる氏に属するものであったから、その必要は一層大であった。あたかも医者が医者中者競争をば職業的礼儀によって制限するごとく、また弁護士が作法を破った時は査問会に出なければならぬごとく、武士もまた彼らの不行跡についての最終審判を受くべき何らかの基準がなければならなかった。＜試み＞ヨーロッパにおいてと同様、日本においても封建制度が公式に始まった時、戦士の階級が自然に目立ってきた。これらはサムライ（samurai）として知られ、文字どおりは英語古語のクナイト（cniht (knecht, knight)）のように、護衛または従者を意味する。Again, in Japan as in Europe, when feudalism was formally inaugurated, the professional class of warriors naturally came into prominence. These were known as samurai, meaning literally, like the old English cniht (knecht, knight), guards or attendants--resembling in character the soldurii, whom Cæsar mentioned as existing in Aquitania, or the comitati, who, according to Tacitus, followed Germanic chiefs in his time; or, to take a still later parallel, the milites medii that one reads about in the history of Mediæval Europe. A Sinico-Japanese word Bu-ké or Bu-shi (Fighting Knights) was also adopted in common use. They were a privileged class, and must originally have been a rough breed who made fighting their vocation. This class was naturally recruited, in a long period of constant warfare, from the manliest and the most adventurous, and all the while the process of elimination went on, the timid and the feeble being sorted out, and only "a rude race, all masculine, with brutish strength," to borrow Emerson's phrase, surviving to form families and the ranks of the samurai. Coming to profess great honour and great privileges, and correspondingly great responsibilities, they soon felt the need of a common standard of behaviour, especially as they were always on a belligerent footing and belonged to different clans. just as physicians limit competition among themselves by professional courtesy, just as lawyers sit in courts of honour in cases of violated etiquette; so must also warriors possess some resort for final judgment on their misdemeanours.ヨーロッパにおけるがごとく日本においてもまた、封建制が公式に始まった時、専門的なる武士の階級が自然に勢力を得てきた。これらはサムライとして知られた。その字義は英語の古語のニニヒトと同じく、衛士もしくは従者を意味するものであって、カエサルがアクイタニアに存在すると録したるソルデュリイもしくはタキトウスによればゲルマンの首長に随従したるコミタティ、もしくはさらに後世に比を求むればヨーロッパ中世史に現わるるミリテス・メデュイとその性質が似通っている。漢字の「武家」もしくは「武士」という語も普通に用いられた。彼らは特権階級であって、元来は戦闘を職業とせる粗野な素性であったに違いない。この階級は、長期間にわたり絶えざる戦闘の繰り返されているうちに、最も勇敢な、最も冒険的な者の中から自然に徴募せられたのであり、しかして淘汰の過程の進行するに伴い怯懦柔弱の輩は捨てられ、エマスンの句を借用すれば、「まったく男性的で、獣のごとき力をもつ粗野なる種族」だけが生き残り、これがサムライの家族階級を形成したのである。大なる名誉と大なる特権と、したがってこれに伴う大なる責任とをもつに至り、彼らは直ちに行動の共通規準の必要を感じた。ことに彼らは常に交戦者たる立場にあり、かつ異なる氏に属するものであったから、その必要は一層大であった。あたかも医者が医者中者競争をば職業的礼儀によって制限するごとく、また弁護士が作法を破った時は査問会に出なければならぬごとく、武士もまた彼らの不行跡についての最終審判を受くべき何らかの基準がなければならなかった。＜試み＞ヨーロッパにおいてと同様、日本においても封建制度が公式に始まった時、戦士の階級が自然に目立ってきた。これらはサムライ（samurai）として知られ、文字どおりは英語古語のクナイト（cniht (knecht, knight)）のように、護衛または従者を意味する。

  2015年03月26日

• 私たちは明確な時と場所を指し示して「ここに武士道の根源がある」[Here is its fountainhead.]と言うことはできない。

  We cannot, therefore, point out any definite time and place and say, "Here is its fountainhead." Only as it attains consciousness in the feudal age, its origin, in respect to time, may be identified with feudalism. But feudalism itself is woven of many threads, and Bushido shares its intricate nature. As in England the political institutions of feudalism may be said to date from the Norman Conquest, so we may say that in Japan its rise was simultaneous with the ascendancy of Yoritomo, late in the twelfth century. As, however, in England, we find the social elements of feudalism far back in the period previous to William the Conqueror, so, too, the germs of feudalism in Japan had been long existent before the period I have mentioned.それ故に我々は明確なる時と場所とを指して、「ここに泉の源がある」と言うことができない。ただそれは封建時代において自覚せられたものであるから、時に関する限りその起源は封建制と同一であると見てよかろう。しかしながら封建制そのものが多くの糸によって織り成されているのであり、武士道もその錯綜せる性質を享けている。イギリスにおいて封建制の制度的諸制度はノルマン征服の時代に発していると言われるが、日本においてもその興起は１２世紀末、源頼朝の制覇と時代を同じくするものと言いうるのであろう。しかしながらイギリスにおいて封建制の社会的諸要素は遠く征服者ウィリアム、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となった]以前の時代に遡るがごとく、日本における封建制の萌芽もまた上述の時代より遥か以前から存在していたのである。＜試み＞そのために私たちは明確な時と場所を指し示して「ここに武士道の根源がある」[Here is its fountainhead.]と言うことはできない。ただそれは封建時代に意識されたもので、時に関する起源は封建制度と同一とあるといえよう。しかし封建制度自体が多くの糸で織られ、武士道も入り組んだ性質を受け継いでいる。イギリスにおいて政治的な封建制度はノルマン征服からと言われているが、私たちも日本における封建制度の興隆はおそくとも12世紀末、源頼朝の支配の時代とともにということができよう。しかしながらイギリスにおいて私たちは封建制度の社会的要素を遥か遠く征服王ウィリアム[ウィリアム1世。イングランドを征服し（ノルマン・コンクエスト）以前の時代に見るように、また日本における封建制度の芽生えは私が述べた時代より遥か以前から存在していたのである。

  2015年03月25日

• 聖書の読方 来世を背景として読むべし 内村鑑三　　キリスト信者は希望なくして苦しむのではない標準（めあて）に向いて進むのである

  聖書の読方来世を背景として読むべし内村鑑三　十一月十五日栃木県氏家在狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。　聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解(わから)ない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞（ことば）は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、慰藉である、警告である、人はイエスの山上の垂訓を称して「人類の有する最高道徳」と云うも、然し是れとても亦また来世の約束を離れたる道徳ではない、永遠の来世を背景として見るにあらざれば垂訓の高さと深さとを明確に看取することは出来ない。「心の貧しき者は福（さいわい）なり」、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是れ約束である、現世に於ける貧（ひん）は来世に於ける富（とみ）を以て報いらるべしとのことである。　哀（かなし）む者は福（さいわい）なり、其故如何？　　将（まさ）に現われんとする天国に於て其人は安慰（なぐさめ）を得べければ也とのことである。　柔和なる者は福（さいわい）なり、其人はキリストが再び世に臨（きた）り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有（もの）である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委（ゆだね）らるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判（さばき）給う時に地を不信者の手より奪還(とりかえ）して之を己を愛する者に与え給うとの事である、絶大の慰安を伝うる言辞（ことば）である。　饑渇（うえかわ）く如く義を慕う者は福（さいわい）なり、其故如何？　其人の饑渇は充分に癒さるべければ也とのことである、而して是れ現世（このよ）に於て在るべきことでない事は明である、義を慕う者は単に自己（おのれ）にのみ之を獲えんとするのではない、万人の斉（ひと）しく之に与からんことを欲するのである、義を慕う者は義の国を望むのである、而して斯かる国の斯世（このよ）に於て無きことは言わずして明かである、義の国は義の君が再び世に臨きたり給う時に現わる、「我等は其の約束に因りて新しき天と新しき地を望み待まてり義その中に在り」とある（彼得ペテロ後書三章十三節）、而して斯かる新天地の現わるる時に、義を慕う者の饑渇は充分に癒さるべしとのことである。　矜恤（あわれみ）ある者は福（さいわい）なり、其故如何？　其人は矜恤（あわれみ）を得べければ也、何時いつ？　神イエスキリストをもて人の隠微（かくれ）たることを鞫（さば）き給わん日に於てである、其日に於て我等は人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤（あわれみ）ある者は矜恤を以て審判（さばか）れ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等に負債（おいめ）ある者を我等が免ゆるす如く我等の負債（おいめ）を免し給え」、恐るべき審判（さばき）の日に於て矜恤（あわれみ）ある者は矜恤を以て鞫さばかるべしとの事である。　心の清き者は福（さいわい）なり、何故なればと云えば其人は神を見ることを得べければなりとある、何処でかと云うに、勿論現世（このよ）ではない、「我等今（現世に於て）鏡をもて見る如く昏然（おぼろ）なり、然れど彼の時（キリストの国の顕あらわれん時）には面（かお）を対（あわ）せて相見ん、我れ今知ること全からず、然れど彼の時には我れ知らるる如く我れ知らん」とパウロは曰うた（哥林多（コリント）前書十三の十二）、清き人は其の時に神を見ることが出来るのである、多分万物の造主（つくりぬし）なる霊の神を見るのではあるまい、其の栄の光輝（かがや）きその質の真像（かた）なる人なるキリストイエスを見るのであろう、而して彼を見る者は聖父（ちち）を見るのであれば、心の清き者（彼に心を清められし者）は天に挙げられしが如くに再また地に臨きたり給う聖子を見て聖父を拝し奉るのであろう（行伝一章十一節）。　和平（やわらぎ）を求むる者は福（さいわい）なり、其故如何となれば其人は神の子と称えらるべければ也、「神の子と称へらるる」とは神の子たる特権に与（あず）かる事である、「其の名を信ぜし者には権（ちから）を賜いて之を神の子と為せり」とある其事である（約翰（ヨハネ）伝一章十二節）、単に神の子たるの名称を賜わる事ではない、実質的に神の子と為（な）る事である、即ち潔められたる霊に復活体を着せられて光の子として神の前に立つ事である、而して此事たる現世に於て行なさるる事に非ずしてキリストが再び現われ給う時に来世に於て成る事であるは言わずして明かである、平和を愛し、輿論に反して之を唱道するの報賞（むくい）は斯くも遠大無窮である。　義（ただし）き事のために責めらるる者は福（さいわい）なり、其故如何となれば、心の貧しき者と同じく天国は其人の有ものなれば也、現世（このよ）に在りては義のために責められ、来世（つぎのよ）に在りては義のために誉めらる、単ただに普通一般の義のために責めらるるに止まらず、更に進んで天国と其義のために責めらる、即ちキリストの福音のために此世と教会とに迫害せめらる、栄光此上なしである、我等もし彼と共に死なば彼と共に生くべし、我等もし彼と共に忍ばば彼と共に王たるべし（提摩太テモテ後書二章十一、十二節）、キリストと共に棘いばらの冕（かんむり）を冠（かむら）しめられて信者は彼と共に義の冕を戴くの特権に与かるのである。「我がために人汝等を詬※（ののし）［＃「言＋卒」、50-5］り又迫害せめ偽わりて様々の悪言（あしきこと）を言わん其時汝等は福なり、喜べ、躍り喜べ、天に於て汝等の報賞（むくい）多ければ也、そは汝等より前（さき）の予言者をも斯く迫害せめたれば也」と教えられた、天国は万事に於て此世の正反対である、此世に於て崇めらるる者は彼世に於て辱（はずかし）めらる、此世に於て迫害らるる者は彼世に於て賞誉（ほめ）らる、「或人は嬉笑（あざけ）りをうけ、鞭打れ、縲絏なわめと囹圄（ひとや）の苦を受け、石にて撃うたれ、鋸にてひかれ、火にて焚（やか）れ、刃にて殺され、棉羊と山羊の皮を衣て経あるき、窮乏（ともしく）して難苦（なやみくるし）めり、世は彼等を置くに堪えず、彼等は曠野（あらの）と山と地の洞と穴とに周流（さまよい）たり」とある（希伯来（ヘブライ）書十一章三十六-三十八節）、是れ初代の信者の多数の実験せし所であって、キリストを明白に証明（あかし）して、今日と雖も稍々（やや）之に類する困厄の信者の身に及ばざるを得ないのである、而かも信者は悲まないのである、信仰の先導者なるイエスは其の前に置かれたる喜楽（よろこび）に因りてその恥をも厭わず十字架の苦難（くるしみ）を忍び給うた（同十二章二節）、信者は希望（のぞみ）なくして苦しむのではない、彼も亦「其前に置かれたる喜楽（よろこび）に因りてその恥を厭わない」のである、神は彼等のために善き京城（みやこ）を備え給うたのである、而して彼等は其褒美を得んとて標準（めあて）に向いて進むのである（黙示録七章九節以下を見よ）。

  2015年03月10日

• 我が見たる内村鑑三　　田村直臣　「内村君は人の談話にはいかなる問題といえども、うわのそらに聴き流しにするようなことは一度もなかった」

  　我が見たる内村鑑三　　田村直臣（「内村鑑三を語る」１４６ページ）　内村鑑三君と私は５０年以上永い永い間交わりを結んだ。ある人はこれを見て奇跡だとまでいうているが、私もみずから不思議に思わざるを得ない。内村君のごとき個性の強い戦闘家とかくのごとき永い交わりを結び、一度たりともなかたがいをしたことがなかったのは実に奇跡というてよいかもしれない。おそらくは内村君ほど社会において、また家庭において苦戦した人はその例きわめて稀れであると思う。歴史上内村氏一人なりというも過言でないかもしれない。内村君は口をもってまたは筆一本でも自由に生活し得る技量を有し、金銭よりははるか貴重な宝の所有者であった。しかるに君は主義のためその宝も地に葬られ、社会より棄てられ、貧の極に陥り、京都の一隅において食するに困った時代もあった。今日京都において氏を記念する一室は依然として残っているばかりではなく、その家庭内の一石に自筆をもってその記念の文字が後世に物語をしている。キリスト者は彼をキリスト教界の彗星なりというたが、彼は実にキリスト教界の異様なる姿を現した。確かに彼はヒーローであった。日本が産出した偉大なる人傑の一人であった。私は内村君に負うところ、また学ぶところは多く、君のごとき友人を与えられしは神の偉大なる賜物であった。君と共に国家のために泣いたことは一度や二度ではない。共に祈ったことはその数を知らない。君は全心全力を主なるキリストに捧げた。君はキリスト化したる霊的人傑であった。今日の社会が称して人傑なりという人傑の型とは大いにその趣きを異にし、君には霊的勇者の姿が歴然として輝いておった。　　８　内村君のごとき個性の強いものは他人と共同して一事業に従事することは不可能であった。神は内村君に他人と共同して働くことを許したまわなかった。論より証拠、君の一生の歴史がそれを証明して余りがある。この個性の強いところに内村君の一大使命があったのである。この個性によって君は神の栄光を顕すことができたのである。人はこれは内村君の短所である、欠点であると非難するものがあるかも知れないが、それは決してそうではない。内村君は他人と共同して一事業に就事した。しかしその全部は失敗に終わった。君は米国より帰国後、熊本にも、新潟にも名古屋にも大阪にも東京にも、他人と共に学校の事業に従事し教鞭を取った。君は先生たる資格は十分にあり、誰にも一歩を譲らなかった。しかるにどの学校にも永く足を止めることはできなかった。学校ばかりではない、京橋にあった組合教会の講義所にもやとわれた。万朝報の英語欄をも引き受けた。独立雑誌も発行した。どれもこれも永続きはせなかった。いつも同労者とたち別れを演ずるの止むなきに至った。しかるに明治４２年角筈の地における君は独立独歩誰とも共同することなく一家をかまえ、聖書研究なる一雑誌を発行し、聖書研究会なるものを設立した。君のところに有望の青年は群れをなして集まった。数年にして角筈の地を去り、柏木の地に移り、そこに今井館と称する小会堂を与えられ、その会館も狭きを告ぐるに至り、それより神田の青年館の大講堂において破竹の勢いをもって大衆を引き付けた。君は東京市、否日本全国の呼びものとなった。日本国民は君に注目した。残念なことにはまたもや君に反対する者のために青年会館より追い出さるるの止むなきに至った。しかし神は君の働きを助け、一回たりとも講演を中止することなく、青年会館に勝りたる丸の内にあった衛生会館の大講堂を与えられた。日曜日に全市における一大聴衆は君の会衆であった。キリスト教会の大牧師はこの点においては顔色はなかった。君が敵を作りたるは無教会主義よりはこの一事であったかも知れない。東京市に大衆を引き付ける数字の競争が開始された。しかし内村君はその一位を占めた。君は大正１２年大震災のため止むを得ず、今井館を増築し、再び今井館に退き、２回の集会を開くことにした。天下広しといえども『聖書研究』なる一雑誌をもって己れの生活を支えたるものは内村氏ただ一人である。君は内村ニズムで人と共同するにあらずんば、前に述べたるがごとく成功した。もし共同せんと欲せば神は彼を失敗せしめ、生命をも取りたもうた。君は植村、小崎、柏木諸氏と聖書改訳に従事した。これも失敗に終わった。また君は再臨説を叫び始め、中田、木村の諸氏と共同して一大運動を起こしたがこれも終わりを全うしなかった。君はしばしば私を誘い、共同の事業に従事することを勧誘したが、私は頑として君に応じなかった。もし君が己れの使命を確信し、誰とも共同することなく、己れの個性を重んじ、どこまでも内村ニズムを突き通したら君の成功は火を見るよりは明瞭であったと思う。それのみならずまだ５，６年は活動ができると思いし内村君が私より若き事４歳、７０歳をもってこの世を去るとは思わなかった。しかし神は内村君を用いた。愛した。神は悲しむべき君の不成功を後世に残すことを許したまわなかった。神は大成功裡のうちに君を御元に招きたもうた。君の働きは大成功をもって終り、君の名は後世に残るに至った。神の摂理の手は常に内村君にあった。讃美すべきは神のみである。　１２　内村君と談話を交えるほど愉快なことはなかった。内村君に感心することは、君は人の談話にはいかなる問題といえども、うわのそらに聴き流しにするようなことは一度もなかった。どんな問題でもそれに十分の注意を払い謹聴した。実に話にこたえがあった。数年前、私が新心理学にふけり、ある日、内村君をとらえ、潜在意識論を聞かすと、いつものごとく君は謹聴した。君、口を開き「なるほど６、7歳の時に見たり聞いたりしたことは、心の底に深くほりつけられ、一生忘れないという真理は僕は裏書きする。僕の娘は１９歳でこの世を去った。病気あらたまり、死は目前に迫ったその時、彼女の残した聖句、または祈りは忘れんとして忘れることはできない。どうして彼女はあんな祈りをしたか、永い間、私の心中に疑いを存しておった。今、思いあたることは、我が家のレバノン教会があった。彼女が何心なく親の知らぬ内に日曜学校にいって、聖句をきき祈りを聞いたに違いない。この点には君の潜在意識論を聞き、大いに理解するところある」というて悦んだ。このごとくにして花の話をしても、いちご培養の話をしても、また私の研究のイエス伝の話をしても、いつも満足な顔をして謹聴した。実にこの一事は誰にもできないことである。

  2015年03月07日

• 我が見たる内村鑑三　　田村直臣　　　内村鑑三とモリス夫妻の交友

  我が見たる内村鑑三　　田村直臣（「内村鑑三を語る」１４６ページ）　内村鑑三君と私は５０年以上永い永い間交わりを結んだ。ある人はこれを見て奇跡だとまでいうているが、私もみずから不思議に思わざるを得ない。内村君のごとき個性の強い戦闘家とかくのごとき永い交わりを結び、一度たりともなかたがいをしたことがなかったのは実に奇跡というてよいかもしれない。おそらくは内村君ほど社会において、また家庭において苦戦した人はその例きわめて稀れであると思う。歴史上内村氏一人なりというも過言でないかもしれない。内村君は口をもってまたは筆一本でも自由に生活し得る技量を有し、金銭よりははるか貴重な宝の所有者であった。しかるに君は主義のためその宝も地に葬られ、社会より棄てられ、貧の極に陥り、京都の一隅において食するに困った時代もあった。今日京都において氏を記念する一室は依然として残っているばかりではなく、その家庭内の一石に自筆をもってその記念の文字が後世に物語をしている。キリスト者は彼をキリスト教界の彗星なりというたが、彼は実にキリスト教界の異様なる姿を現した。確かに彼はヒーローであった。日本が産出した偉大なる人傑の一人であった。私は内村君に負うところ、また学ぶところは多く、君のごとき友人を与えられしは神の偉大なる賜物であった。君と共に国家のために泣いたことは一度や二度ではない。共に祈ったことはその数を知らない。君は全心全力を主なるキリストに捧げた。君はキリスト化したる霊的人傑であった。今日の社会が称して人傑なりという人傑の型とは大いにその趣きを異にし、君には霊的勇者の姿が歴然として輝いておった。（略）君は米国から日本に帰るに旅費に窮し、モリス夫人からその旅費を借りて日本に帰って来たが、なかなかその借金を返す金ができない。それがためにいたく心を痛め、いつも「早くどうかしてその借金を返したい」と非常に苦にせられ、「人から金を借りて返すことのできないほど、つらいことはない」というておられた。私は君のために同情をなさざるを得なかった。幸いにもモリス夫人は私の友人であった。私はモリス夫人に内村君はあなたから借りた借金に対して非常に心を痛めている、そうかその借金を帳消しにしてくださらんかと書いてやると、モリス夫人の返事に「私は内村さんに金を貸したことは覚えません。内村さんが日本に帰られるときに餞別に金を差し上げたことを覚えておりますが、お貸ししたことは覚えません。もし私から金を借りて返済せなくては良心がすまぬと心を痛めておいでなさるなら、この私の書を内村さんに見せてください」とかいてあった。私はさっそくその書を内村君に見せると君はその書状を読み、ああこれで僕の良心も安んじた。僕はもはや天下に借金は一銭もないというて非常によろこばれた。宣教師やまた米国人から日本人が信用を失することは金の問題が多くを占めていることは悲しいことであるが、否みがたい事実である。内村君は金銭に関しては非常にきたないと批評をくだす人があるが、私の見たる内村君はそれとは正反対の人である。君が一千円を北海道大学に寄付し、また三千円を警醒社にあたえ急場を救うた事を見ても、君がいかに金銭に対する心情をよく窺い知ることができる。(略)　　１１　内村君はカアライル崇拝者であったと同時にトルストイ崇拝者であった。ゆえに明治３７年日露戦争の起らんとするや、猛然と立ち国家の世論に反対し、断然万朝報社を去り、たとい己の衣食に窮しても少しも意に介せず、非戦論を主張した。敵といえどもその勇敢に驚かざるものは一人もなかったと思う。実に君の生涯は波乱多き生涯であった。これもその波乱の一つである。トルストイの無抵抗主義は君の頭に深く印ぜられてあった。「汝右の頬を打たば左の頬を出せ」といいたまいしイエスのお言葉を文字通りに確信し、死をもってその主義に立った。この主義はもちろんトルストイに負うところ多大であったが、また君の恩人モリス夫妻にも大いに同情するところがあったようである。モリス夫妻は有名な友会派の篤信家であった。周知のごとく友会派の人々はいずれの国を問わず、徴兵に応じないのみならず、非戦論者をもって世に立っておった。すでに述べたるがごとくモリス夫妻は内村君を愛し、米国を去り帰国するに際し、君に旅費を供給した。君が無事に故郷の土を踏みたるはモリス夫妻の好意によったのである。明治24年君が不敬事件をもって社会より棄てられ、神経病にかかり大学病院に入院の際、ちょうどモリス夫妻は、観光のため我が東京の地にあった。私はモリス夫妻と共に大学病院を見舞い、涙を目に浮かべる内村君とモリス夫妻を目撃した。内村君がその後１３年すなわち明治37年に非戦論者となりしはモリス夫妻の悦と満足であった事はいうまでもない事である。

  2015年03月07日

• 少年諸君よ　君ら各自よろしく祖国において勤労と信任及びこれより生る栄光の最上地位に適せんことを勉めよ

  開会式におけるクラークの演説（教頭ダブルユー、エス、クラーク演説（英文ヨリ訳ス）長官閣下札幌農校ノ長君官員生徒及ヒ其他ノ職員ヨ余ハ昇日ノ国中ニ於テ此最初ノ農校開業ノ盛典ニ与カリ胸裏交モ々々自満ト愉快ノ感動無キ能ハス　我マサチユセツツ州ノ如キハ教育事務ノ進歩ニ於テ殊ニ有名ナリト雖モ斯ノ如キ学校ヲ有シテ自ラ誇ルニ堪ヘタリシ以来日月未タ十年ニ満タス　今日余ハ札幌農校最初ノ教頭ニシテ兼テ又タ余輩ノ相共ニ住スル此世界大球ノ裏面ニ方タリテ遠ク数千里ノ外ニ位イセルマサチユセツツ農校ノ教頭トシテ此席ニ列スルハ余ノ恃ニ享クル処ノ大幸福ト云ヘシ　余ノ始テ此国ニ達スルヤ従来開拓使ニ於テ模範ト試験トノ為メニ設ケシ三地ノ大園ハ各々曾テ業ヲマサチユセツツ校ニ受ケシ日本紳士ノ管理ニ属スルヲ聞テ余ハ甚タ満足ノ想ヒヲ為シタリ。今余ハ該校ニ於テ及第セシ二名ノ紳士ト共に茲ニ在リテ之ヲ相均シキ一校ノ基礎ヲ安置セントス而シテ今ヨリ数年ヲ出テスシテ北海道ノ農事ヲ興シ大ニ生産ノ業ヲ開クノコトニ於テ此黌ノ助ケテ勢力アルハ余ノ疑ハサル処ナリ。庠序学校ヲ設為シ之ヲ保持スルハ公論以テ文明政府ノ一大義務トナス然レトモ欧米諸国ニ於テ適宜ノ思慮ヲ農工学術ノ研究場ニ費ヤスニ到リシハ僅ニ近年ニ創マルノミ然ルニ黒田閣下ハ北海道ニ於テ農業大学校ヲ以テ着手ノ第一トナス豈盛挙ト云ハサルベケンヤ希ハクハ他日此校ノ偉功ハ自ラ今日公ノ画策ノ卓識タリシヲ表明センコトヲ。余輩ハ茲ニ最初ノ教授局ヲ組成サンカ為メニ撰ハレタリ将サニ奮励シテ此貴ムベク且ツ楽シムヘキノ職業ニ於テ余輩ノ分ヲ尽サントス。余輩ハ将サニ身親ラ模範トナリ又教授トナリテ余輩ノ学生タルヘキ少年ノ心志中ニ於テ人生有用ノ器タルカ為ニ殊トニ適合スヘキ才能ヲシテ勉メテ発開セシメントス。黒田閣下ハ夙ニ身ヲ国事ニ委ネテ黽勉倦マス今日名誉ト官職両ツナカラ無上ノ栄光ト責任ヲ併セ得テ既ニ相当ノ幸福ヲ完フセリ此校中ノ人モ亦何ソ公ノ卓越ナル例ヲ学フ能ハサランヤ一様ノ功徳ヲ行ヒ一様ノ高貴ニ到ランコト天皇陛下ノ政府現今ノ治法ニ於テ一物ノ之ヲ妨クルモノ無キハ余ノ曾テ公ヨリ聞ク処ナリ回想スレハ数百年間暗雲ノ如ク亜細亜ノ国民ヲ包蔵セシ門地ト習慣トノ虐政ヲ斯ノ如ク奇異ニ脱シ得タルコトハ将来教育ヲ受クル処ノ学生ノ胸中ニ於テ必ス大志ヲ叫醒セサル可ラス。少年ノ諸君ヨ君等ノ本国ハ只今大ニ君等ノ至誠至強ナル従事ヲ要スルニ非スヤ君等各宜ク自国ニ於テ勤労ト信任及之ヨリ生ル栄光ノ最上地位ニ適センコトヲ勉メヨ。健康ヲ保シ情慾ヲ制シ従順ト勉強ノ習慣ヲ育ヒ時機ノ学フヘキニ遇ハヽ学術ノ何タルヲ論セス力ラノ及ン限リハ其智識ト妙巧ヲ求メヨ。如此ニシテ而シテ後チ君等ハ能ク重要ノ地位ニ適スト云ヘシ重要ノ地位ハ常ニ正直ニシテ且ツ聡明剛毅ノ人材ヲ渇望スト雖モ其輩出ハ例シテ此渇望ヲ盈タスニ足ラサルモノ者ハ各国挙ナ然リ豈独リ此国ノミナランヤ。余ハ将サニ此演説ヲ終ントスルニ臨ンデ更ニ一言ヲ陳セン。今此盛節ノ情形ヲ観ルニ極メテ将来大成ノ非ヲ表スルモノヽ如トシ然リ而シテ若シ札幌農校ヲシテ其幼稚ノ初メニ当リ些少ノ年間倖ヒニ長官閣下ヨリ愛顧ヲ被ムルヲ得セシメハ遂ニ独リ北海道ノ人民ノミナラス日本全国ノ尊敬ト維持ヲ受ケ且ツ之ヲ受ケテ愧チサルニ到ランコト余ノ深ク信スル処ナリ

  2014年11月23日

• クロムウェル伝抜粋「読者よ、このような経験を有するか。もし有しなければ、現世の行路は平安であろうが、天の光を宿すことはできない。天の光を放つことはできない」

  （二）書簡第二クロムウェルはエライに移転して伯父の業を継いだ。やはり農業である。後、一六四七年頃長期議会が容易に終わりそうもないので、家族一同ロンドンに移転することに決したが、その時までエライに住居した。彼の母もエライ（自分の故郷）の家に同居した。エライの家は今でものこっている。セント・メリー寺院の傍らに立つ老屋である。今年（一八四五年）はビール店になっている。広大な邸宅ではないが、三、四百年前は、楽々と一家族で住むことができたろう。二階建てで、窓多く、煙突や破風は不格好（ぶかっこう）である。勿論彼の母はこの家で生まれたことであろう。クロムウェルの第二の現存する手紙は、一六三八年十月エライで書かれた。さて我らの筆はまた歴史を記す。一六三七年六月三十日、三人の人がロンドンで首かせ(Pillory)にかけられて、さらし者にされた上、耳をきり取られ、頬にＳ．Ｌ．(Seditious Libeller動乱を起こす誹謗者)と焼印をされた。これはバリスターのウィリアム・プリン（※）、医者のジョン・バストウィク、牧師のヘンリ・バートンである。※一六三四年、ピューリタンの作家ウィリアム・プリンは、著作中で王と王妃を中傷したかどでロンドン塔に一年間拘留後、星室裁判所によって「日を替えて首かせ台に二度かけ、各執行時に片方ずつ耳を切り落とせ」という判決を受けた。その後プリンは監獄の中で執筆を続け、一六三七年に他の作家らとともに再び首かせ刑に処された。このときは、もう失うべき耳がなかったため、両頬にＳとＬ （文書扇動罪）の焼き印を押されている。彼らは新信仰の戦士で、ローマ教に反対し大監督ロオドを排撃したため、官僧の怒りに触れたのである。プリンは耳を切られたというよりは、むしろノコギリでひかれたのである。その時彼は叫んだ。「斬れ、裂け、余は汝を恐れぬ。余は地獄の火を恐れる。汝を恐れぬ」と。ピューリタンの熱情は次第に高まった。七月二十三日には、エジンバラの教会で、大監督ロードに任命されたある牧師が、ロードの定めた祈祷書によって儀式をやろうとした時、ジェニー・ゲッズという婦人はイスかなにかを牧師に投げつけた。そのために満場の騒ぎは言語に絶し、礼拝を続けることができなかった。ここにおいて三十年間忍耐したスコットランドは奮然として起った。否、全英国が起ったのだ。かくてチャールズ王以下幾多の頭は終に地に落ちたのだ。一六三八年十月クロムウェルがこの手紙をエライで書いていた頃は、スコットランド人は誓約書（カヴェナント）に署名し、翌月グラスゴウで開くべき大総会の準備に全力を尽くしていた。上述のエジンバラの騒ぎのあった一六三七年の末には、ハムデン事件が英国の世論の焦点となった。ハムデンの船舶税納入拒絶の裁判が十一月六日から始まったのである。セント・ジョン氏は三日間にわたる大弁護をなし、続いてホルボウルもまた三日間雄弁を振るった。反対側の弁護士も弁じ、裁判官も論告し、公判は二十四日間続いた。人々は鳴りをひそめて事件の結果を待ったが、遂に翌年四月判決下り、ハムデンの敗北に帰した。この事件が天下の注意をひいている間に、クロムウェルの土地にも一州の注意の焦点となった事件が起こった。それは排水工事のことで、ハンチンドン付近一帯は「沼地（フェンズ）」と呼ばれているほど、湿潤な、沼の多い土地であるゆえ、オーズ河の流れを二十マイルもまっしぐらに海に落とし、河水の遅滞を防ぎ雨期の氾濫を避けようとの工事である。ところがこの工事の進行中何か政府の無法な要求があったため、クロムウェルは奮然起ってこれに抗したのである。彼は静かで穏やかな農民であるが、あまりの非道には黙っていられない男である。彼は排水工事には大賛成だったが、かかる事情の下に、やむなく中止することにしたのである。この事件で、主導者の位置に立ったため、「沼地（フェンズ）の殿様」という異名を頂戴した。故郷には地方の騒乱があり、外には英国の大騒乱があるに際し、クロムウェルは一六三八年エセックスのウィルアム・マシャム氏方にいる親戚セント・ジョン夫人に次の手紙を送った。サー・ウィリアム・マシャムはピューリタンで、政治上活動し、遂にクロムウェルの下に大官となった人。その家は今は残っていない。まずこの手紙が同家を記念する材料となるくらいのものである。私はこの書簡の綴字法を現代のものに改めたゆえ、読者も現今のように思って読んでもらいたい。セント・ジョンはハムデン事件の有名な弁護士、その夫人がクロムウェルの従妹（いとこ）に当るのである。すなわち伯父ヘンリーの娘である。多分夫婦でこの家を訪問中であったのであろう。親愛なる従妹（いとこ）よ。愚劣な私に対して変わらない愛情を寄せ給うこと、ただただ感謝の至りです。　主が私の霊魂のために慮りたまうこと大なるは私の確信するところで、将来もまたそうでしょう。神は水のない荒野に泉を湧かしたまうもの、私の足遅く昏迷であっても、決して棄てることは無いでしょう。遅くても主は私を幕屋まで招くと信じます。ああ我が霊と我が体とは既に安らかです。神の栄光を表わすには、働くもよし、苦しむもよし、常に歓喜に溢れています。　思えば、私ほど神のために尽さなければならないものはありません。これまでの恩寵は数えることができません、来たった愛と憐れみも少なくはいません。主はみ子キリストの中に私を受け入れ、光明の中に歩ませたまう。私たちの暗きを輝かすのは彼である。私のような暗黒の心を照らしたまう主の有難さよ。あなたが知りたまうように私は暗黒を愛した者、罪人のかしらでした。しかるに主は慈悲を垂れたまうた。ああ大なる愛よ。願わくは主を讃美し、「善きわざを始めし者、これを主イエスキリストの日までに全う」することを祈ってください。マシャム家の人々にお声をかけてください。愛情のほど、有難く、また私の息子もお蔭で健在です、と。願わくは私の息子のために祈り、また教えてください。ご主人へも、お子様へもよろしく。いよいよ筆をおきますが、主があなたと共にあらんことを祈っています。以上。一六三八年一〇月一三日、エライにてオリバー・クロムウェル　　エセックス、サー・ウィルアム・マシャム方　　　　愛する従妹、セント・ジョン夫人様「私の息子」というのはディックであったらしく察せられる。クロムウェルがこの書簡を発する少し前、ディックをフェルステッドの学校へ連れて行き、この家へも立寄って人々に会ったらしく思う。しかし、今や時の流れに洗い流されサー・ウィルアムもセント・ジョン夫人も皆過去の人となってしまった。すべて消えてしまった―年老いたナイチンゲールの歌のごとく、古バラの香のごとく。ああ死よ、ああ時よ！マーク・ノーブルは、この手紙でクロムウェルが若い時、素行がおさまらなかったことがわかるなどと言っている。ああ、心霊の苦闘を知らない憐れな男の誤解にも困ったものである。近世の読者よ、願わくはこの書簡を精読して了解しようと努力されたい。ここに人が霊魂を有すること。神と共に歩んだことの証しがある。彼は「上へ召して賜う所の褒美を得ようと標準（めあて）に向いて進」んだのである。ひとたび神の道に従えば、苦闘・窮乏何かあらん。恩恵既に足る。ただ己れを殺して神のもとに投ずる。生きるも死ぬも主の思いのままである。これがクロムウェルの信仰であった。読者よ、このような経験を有するか。もし有しなければ、現世の行路は平安であろうが、天の光を宿すことはできない。天の光を放つことはできない。

  2014年08月09日

• クロムウェル伝抜粋「ああ読者よ。ヒロイズムの時代とは悪賢い徒輩と戦い、決して和睦せず休戦せず、上帝に訴えて彼らを懲らさんとする時代である」

  第５章　オリバーの書簡及び演説オリバーの書簡及び演説は印刷され、原稿として処々に蔵されている。そして大抵は印刷されているが、恐らく読んで了解した人はなかろう。かく申す著者のごときも了解したことはない。昔の綴りのままで印刷の間違いなど多く、到底分からない代物（しろもの）である。その演説集も沢山あるが、過去二百年の間、（はなはだ有難くないが）読んだものは私ばかりであろう。しかし、この文書は残っていて、確かに十七世紀を知る立派な材料であるゆえ、私はこれを修理し、整頓し、訂正し、組織して、人の了解できるものとしたいのである。これは良い歴史的研究であろう。それゆえできるだけこれを収集し、いささか注釈を加えて世に出すのが、この著述の目的である。私は信ずる。忍耐深い読者は必ずこの書簡によって、オリバー・クロムウェルの高貴な人物を彷彿（ほうふつ）しうるであろうと。すべて各時代の人物と呼ばれた人々の言葉は何らかの益になる。英国を愛する人よ。願わくは過去の愛国者の言葉を少し味わってほしい。少しは利益があるであろう。その言は甚だもうろうたるものである。しかしクロムウェルが自己の思想・感情を最もよく表明したものであることは疑いない。かつては燃える炎、人生共通のかがり火であり、光明であった。昼間は暗い燃えさしでも夜は光を放つもの、この文書もまた十七世紀という暗黒を照らす光である。これによって当時の精神を少し知ることができると思う。もちろん文士ではない彼の手紙であるから、文学的に立派なものではない。彼の大革命中に、行うべき処置、執るべき手段等について記した事務上の書簡であるゆえ、たとえ不明な点や修辞の拙さがあっても、その割合には良く書かれてあると私は言う。彼の行うべき真の処置いかん―これがこの手紙にはよく出ている。それゆえ素朴の語の裏に一種の高大なる「沈黙の叡智」がひらめいている。語より偉い精神が生動している。雄弁を以て表わさねばならないような智は小智である。詩を言うではなく、詩を為す人が詩人である。雄弁なき勇気・信念は勇気・信念なき雄弁にはるかに勝る。私はこれらの書簡を集め、種々に修理を加え現今の読書に解りやすくした。もちろん原意を損じないように十分努め、なるべく原文のままにするようにした。ただ文字の綴り句読段落等を分りよくしたまでである。もっとも偶然残存したこれらの文書だけで、全く暗黒不明となってしまった十七世紀を十分に了解することはできない。しかしとにかく次第に、十七世紀が生きた事実として、かつて在ったこと、ただ空しい懐疑主義や衒学流の形式的世界でなかったこと、頬には色あり、心には勇猛心あり、手には剣があった時代であることなどが分るであろう。言ってしまえばこれだけのことであるが、この事が実際的には非常な大事件を表しており、これによって万事が定まるのである。次の二つの注意を与えさせて貰いたい。これは当時の事を知る便りとなろう。第一の注意。十七世紀のピューリタンというのは狂気じみた迷信家の寄せ集めで、その首領は愚民を欺いた邪まな考えの悪賢い人という一般社会の判定を棄ててもらいたい。彼らは真面目に人生と世界とを考えた人々、狂気のように見えるのはその熱心である。マキャベリ主義とか偽信とか官僚的高言など、後世にはあっても当時はあまりなかった。心にもないことを公言するため舌を動かすなどとは当時の人は夢にも知らないところだった。ロード大監督のような男でも、思ったとおりに実行したので、その点は正直である。どうか偽信とか欺瞞とかいう形容詞をピューリタンに付ける俗見を棄ててもらいたい。すると、ここに「神の信仰」の上に立つ実際世界（すなわち十七世紀の彼の事業）を見ることができる。こういうものはそれ以前にはよくあったが、その後は無い。すなわち英国ピューリタニズムはその最後の表明であったのだ。第二の注意。当時の改革党（ピューリタン）の獲得した政治上の特権が彼らの活動した目的であると想像しないことを望む。彼らはもっと深いところから動かされて活動したので、その特権の獲得や社会の改善はおのずから起こった副産物とすべきものである。実にピューリタン改革者は神聖な目的を抱いていた。神の国を地上に建てようという大なる目的。神の法をして地上を支配させようという大いなる祈願に動かされていた。み心の天に成るごとく地にも成らせ給え―かく祈って戦った。実にすべての善事の根源なる神の国の到来を目的としたのである。近世の「改革」というやつは大分妙なものだから、読者はこの改革家という者とクロムウェル、ピム等を混同しないことが肝心である。クロムウェル等は王党からは悪魔のように見られたが、後の史家はなお悪い者にしている。よほど注意して見なければならない。「ナアに、今も昔も変わらない、世の中はいつも同じものだ」という人があろう。ちょっと表面上からはこれが真理のようであるが、実は、世の中の真相は変わっている。もちろんどの時代にも悪人、卑怯者、悪賢い者は無数に住んでいる。ただ問題は、このような悪人輩が押さえつけられ屈服しているか、または上に立って威張って、わがままを振舞っているかにある。これによって時代に二つの区別があるのである。読者よ、各時代は互いに大いに異なる。宇宙の高さと深さとを知らず、自信なく、確信なく、他人によって動き、所伝に従って歩み、形式習俗の下に圧せられ、一つも独創なく、ただ無限の貪欲と消化力とを持つのみの無数の愚かな俗衆の時代は沢山あった。これは非ヒロイズム時代であり速やかに史上から消え去る。紛々たる当時の習俗は今どこにあるか。ああ読者よ。悪賢い人間は数多い。ヒロイズムの時代とはこのような徒輩と戦い、その倒れるまで戦い、決して和睦せず休戦せず、上帝に訴えて彼らを懲らさんとする時代である。

  2014年08月09日

• クロムウェル伝抜粋「十七世紀の英国のジェントルマンは心の底から神を信じていた。今日のような装飾的な信仰ではない。」

  　　　一六二八年　サー・オリバー・クロムウェルが議会を退いて後、我がオリバー・クロムウェルが議会に入る。これは一六二八年三月一七日で、チャールズ王第三議会であった。性急・激怒で、たちまち二の議会を解散したチャールズ王も歳入の途に苦しみ、サー・ロバート・コットンの言を用いて議会を召集した。この議会は一か年続いた有名な議会で、エントワース、ハムデン、セルデン、ピム、ホールズ等の諸名士を含んでいた。　王は一生懸命に自分の性急・執拗を制し、どうにかうまく調和して議事を進行させようと努めた。しかし、これはできない話である。この議会はピューリタニズムの精神が勢い盛んにみなぎり、不義・偽善と戦うという熱情が溢れ、とうてい帝王神権説を抱く暴王、偽宗教の首魁とは一致することは出来なかった。十七世紀の英国のジェントルマンは心の底から神を信じていた。今日のような装飾的な信仰ではない。そのため父王の流風にならうチャールズ王と真理の味方たる英国とは、もはや、いやすべくもないほど離れたのである。　これは有名な権利の請願（Petition of Right）を通過して、王の裁可を要求し、人民の権利を増した議会で、種々の点より見て、この議会ほど立派なものは前後になく、将来もあろうとは思われない。悪を懲らし善を勧め、王侯貴族に反対するといえども、その態度は静粛温雅にして、うちに決心を蔵する。まことに勇敢真実なる四百人の一団であった。　議員の一人トーマス・アリュアドが人に送った書簡は会議の有様をよく示す材料であるが、その書簡の内容中二、三注意すべき点をあげると、　一、 国内の困難を指摘して王に忠告的上奏案を奉るという動議の提出されたこと。　一、 弁士が多く涙をさめざめと流して演説したこと。　一、 国家困難の原因をすべて王の寵臣バッキンガム公に帰し、これを攻撃したこと。　一、 王がいろいろに議事に干渉すること。等である。なぜ堂々たる六尺の丈夫が小娘のように涙を流したか。これは近頃のジェントルマン諸君には、とうていわからない所である。弾薬帯の代りに聖書を腰に結びつけて考えて見るがよかろう。　議会は王の怒りに触れて十月まで閉会を命ぜられた。ところが実際は一月まで開かれなかった。クロムウェルはもちろん郷里に帰って農業に従事した。　閉会は六月二六日のこと。ところが八月下旬になって一日、退職中尉のジョン・フェルトンという真面目な沈鬱な男がロンドンの東部を歩いていた。彼はバッキンガム公という悪人が政府の首領に立って横暴圧政の政治を行っていることを憤慨しつつ歩いていた。彼はたまたま刃物屋の前を通った。一シリングの大ナイフを買った。そしてポーツマスへ行って公爵を刺し殺した。刺客は死刑に処せられた。死ぬ前に殺人の罪を悔やんだという話。　　　　一六二九年　一月に議会が開かれ、クロムウェルはまたロンドンに上がった。この議会は短かったけれども力があった。これより先、チャールズ王は議会を無視し勝手に関税を課し、「権利の請願」の明文に背き、関税を不当として払わない商人を獄に投ずる等ますます暴虐を極めた。　宗教上においても高僧の間にいろいろの悪事があったので、議会はおのずから宗教会議と化して論議した。クロムウェルが処女演説をしたのはこの時であった。すなわち一六二九年二月十一日のこと。この演説の一部が歴史にのこっている。　本員はビアド博士（訳者注、クロムウェルの旧師）から聞いたが、アラブラスター博士はボウルズクロスで純然たる法王主義の説教をなし、しかもこれはウィンチャスターの監督ネール博士の命令に出でたという話である。メーンエアリングも前議会で批難されたにも係らず、やはりネール博士のために位置を高められた。かかる有様ではこの後どうなることでありましょう。　ここにおいて、議会はネール、ロード二監督を弾劾しようとし、ビアド博士を証人として喚問しようとした。にわかに王は干渉した。議長フィンチは延臣で、王の意志を奉じて、王命であるとして、しばしば議事を延期し、血気の議員から責められると泣き出すという始末。年少気鋭のホールズらは遂にたまりかねて、ある日議長の議事延期を命じて去ろうとするのを疾風のように壇上に馳せ上り議長席に押さえつけ動かせず、議場は喧々ごうごう空前の活劇を呈した。官吏延臣は「放せ」「放せ」と怒号する。ホールズは敢然として答える。「否、議員の去るまでは放さない」と。議会は戸を閉じ、議長を押さえつけたまま、三か条の重要な決議を急速力に通過せしめ、王兵の来ない中に散会した。ホールズ、エリオット等諸名士はそのため投獄された。ことにエリオットは無期徒刑に処せられてロンドン塔に悲惨な獄死を遂げた。これは一六二九年三月二日の出来事、クロムウェルは直ちに帰郷し、陛下は直ちに議会解散の勅令を発した。王は十一年以上議会なくして国を治め、種々の工夫によって税を取りたてて国用及び私用にあてた。形式的宗教家はロード監督を張本人として、くだらない儀式的事業を起した。英国民が生活の苦しみ、心霊の悩み、我々の想像を絶するに至り、ただ沈黙の中に忍んで慈愛深い上帝に祈った。それゆえ国王と国民との乖離はますます甚だしくなった。　　　一六三〇年　一六三〇年七月八日クロムウェルは旧師トーマス・ビアド博士、及びロバート・バーナド氏と共にハンチンドンの保安役員に任ぜられた。　　　一六三一年　オリバーは農事の拡張を計るため、ハンチンドンの不動産の全部又は一部を売って、オーズ河を下る五マイルのセント・アイヴズに地を借りた。しかし、母は依然としてハンチンドンに止まっていた。　彼は一六三一年の夏頃までアイヴズで働いた。もちろん時々ハンチンドンの母の方へ見回りに行った。出でては農牧に従事し、〔家に〕入っては聖書等を読み、祈祷し、瞑想し、時に歓び、時に憂え―極めてまじめな農民の生活を送った。時には例の憂鬱病に犯されたであろう。そして遂に真の救済を受けたであろう。彼はこの世においてなすべき大いなる使命があったが、その大使命、大事業もこの宗教的信仰の獲得に比すれば実に小事件というべきである。

  2014年08月09日

• 「広井勇と青山士」が葉山町図書館蔵書となった　　「善悪の区別の時空を貫くことそれが形に現れて天国・地獄となること―これがピューリタニズム時代の根本信仰であった」

  平成26年８月９日現在ボーイズ・ビー・アンビシャス第４集 : 札幌農学校教授・技師広井勇と技師青山士（2014年7月発行）蔵書図書館一覧　全１４図書館国立国会図書館　０都道府県立図書館　０図書館市区町村立図書館　１２図書館網走市立図書館　市立富良野図書館　京極町立図書館　様似町立図書館　遠野市立図書館　雫石町立図書館　石巻市立図書館　金ケ崎町立図書館　浜松市立図書館　湖西市立図書館磐田市立図書館　葉山町立図書館大学図書館　2図書館長崎大学　敬和学園大学クロムウェル伝より一六二三年一六二三年一〇月皇太子チャールズがスペイン訪問を終えて帰国したので、イギリス国民は、ちょうちん行列などをやって祝意を表した。ハンチンドンにおいてもそうであったろう。これはジェームズ王がチャールズのためにスペインあたりの皇女をめとる下心であったのだが、その事がなかったのは大いに喜ぶべきことであった。当時のスペインは法王党の味方、偽宗教の根拠地であったために、英国人の精神とは全くあいいれないものであった。さればジェームズ王の傾向は英国人の無言の精神とは二つに別れ、各々別の路を進み、その間隔は次第にひろくなった。この頃クロムウェルは憂鬱症にかかった。医師シムコット氏は「夜中に迎えが来たことが時々あった」と語ったという話。サミュエル・ジョンソン[イギリスの文学者、英語辞典刊行]もまた同じ病気に悩んだことがあるそうである。大人物が生死の大問題に触れた時は皆こんなふうになるものである。永久の真理が来たって心を開き、天来の光明が下って、霊を輝かすのでなければ、回復しない病気である。しかし暗中にあって失望するべきではない。懊悩が大きければ、後の安心もまた大きい。モウモウたる黒煙もやがてコウコウとした炎となって天の光と輝くのである。勇め、我が友！そうであれば、クロムウェルがカルビン主義のキリスト教を信ずるに至ったのはこの頃のことであろう。すなわち彼はここに確固とした信念を得て、永遠の死を免れたのである。これは彼の生涯の重大な時期である。これがないならば、ピューリタンの革命はなかったのである。彼が悪魔に仕えないで神に従う決心を起こしてから、彼の前途はもう定まったのである。善悪の区別の時空を貫くこと、それが形に現れて天国・地獄となること―これがかのピューリタニズム時代の根本信仰であったのである。これが彼らの事業を偉大にし、高貴にしたのである。このようにしてクロムウェルは「安息日だけのキリスト教信者」ではなくて、毎日、至るところでクリスチャンであったのである。

  2014年08月09日

• 内村鑑三ボーイズ・ビー・アンビシャス続き　「先生に代わって、もう一度、諸君に向かって叫ぶ･･････ボーイズ・ビー・アンビシャス！」

   （承前） 　農学科の諸君もアンビシャスを持つことができる。日本には農耕地が欠乏したとの訴えを聞くとき、北海道、樺太（からふと）はまだまだ開拓の余地を見出すではないか。はるかに海をへだてた沿海州には、無数の良水田地を開く可能性があるのである。よしやってみようという、これまたりっぱなアンビシャスである。　それなら、あなたはどうであるかと、諸君は言われるかも知れない。われわれは自分の車をそれぞれ種々な星につないで、どうにかこうにか、ある所まで、若い時にいだいたアンビションを成し遂げて来ていることを、諸君にお話することができる。　まず第一に佐藤総長である。今日この札幌において、広大な大学の組織が完備に近づいて来たのは、ひとえに総長閣下の努力のたまものである。ドクトル佐藤は今日なお「アンビシャス・ボーイ」であって、彼の車をつないだ星にますます近づかんとしておられる。　宮部先生は私とは同窓同室の最も親しい友人であって、かつて一度もけんかしたことのない君子であるが、世界植物学者と伍（ご）して遜色のないりっぱな方であることは、諸君すでに熟知のことである。Dr. Miyabe hitched his wheel to the botanical star である。　南先生はわが国農学界の権威者にしてその恩人なることは何びとも異論ないところであって、尊敬すべき多くの弟子を国の内外に持っておられる。　新渡戸稲造君は学校時代から何かなすだろうと期待されたものであるが、ジュネーブで理事長〔正しくは事務局次長〕の仕事を勤められ、各国人の中に伍（ご）しながら令名を博せられた。ドクトル新渡戸もまた彼の車を善い星につないだのである。　南日本において教育に従事し、りっぱな仕事をやった、私の尊敬する友人岩崎行親君のごとき、みなみな最も良き星に彼の車をつないだのである。　さて不肖私が私の生涯の車をつないだ星は実は二つあった。その一つは魚類額であって、私は学校では水産に趣味を持ち、卒業論文には　"Fishery as Science" を書いたのである。魚類学に次いで私は漁労学（ぎょろうがく）を学んだ。これを今日まで持続しておったならば、あるいは当大学の水産学の講座を受け持つようになっておったかも知れない。ところが幸か不幸か、私はもう一つ他の星に私の車をつないでおたのであって、その星とは、「キリスト教を純日本人のものとなし、これをもって日本を救い、かつ世界における日本国の使命を果たさしめん」とするアンビションであった。そしてこの方がとうとう本物になってしまった。今日になって見ると、私もまた自分の若い時にいだいた理想をどうにかこうにか実現することができたと、諸君に申し上げることができた、と諸君に申し上げることができるのである。私の書いた『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』という英文の小さな書物は、ドイツ、フィンランド、スワーデン、デンマーク等の国語に訳され、今でも盛んに読まれているという次第である。　また昨年、私が　"The Japan Christian Intelligencer" を発行して、日本のキリスト教、ことに日本そのものを世界に向かって紹介し、われわれの立場を広く識者の間に問うた際に、先ごろ亡くなられたドイツの老大哲学者ルードルフ・オイケン博士のごとき、さっそく深厚の同情を表してくださったのであった。　私どもの長年唱え来たった事柄は今や世界の趨勢となりつつあるのであって、多くの人々が私どもに賛成し共鳴して、キリスト教はほんとに日本人のものになりつつある。これ五十年前の日本には想像するだに無謀と思われたところのものであって、私も自分の車をつなぎべき星を大いに当てたというべきであろう。この十月から、東京、明治神宮外苑、日本青年館において、連続の聖書の講演を毎日曜日に開くことになっている。なかなか隠居どころではなくて、ますます私の青年時代にいだいたアンビションに向かって前進して行くのである。　諸君よ、諸君もまた今の時代に諸君の車を星につなぐべきである。今この講堂の前に胸像となっておられるクラーク先生が、仮りに私の姿として、この壇上に諸君に向かって立っているとして、私は先生に代わって、もう一度、諸君に向かって叫ぶ･･････ボーイズ・ビー・アンビシャス！(1928年１月『聖書之研究』）

  2014年01月12日

• 　　ボーイズ・ビー・アンビシャス　内村鑑三（「内村鑑三信仰著作全集２０」p.132）

    　　ボーイズ・ビー・アンビシャス　内村鑑三（「内村鑑三信仰著作全集２０」p.132）　　　Boys be ambitious    1927年9月27日午後2時半　北海道大学中央講堂にて　ただ今、総長佐藤〔昌介〕先生からごていねいなご紹介の辞をいただきましたが、先生のお言葉の中にたいせつな言葉が抜けている。それは、私は農学士内村鑑三であるとのことであって、私がここに立つのは、なつかしい母校に帰って諸先生ならびに多くの後輩諸君と顔を合わせるのであって、特別にありがたく思う次第である。　私はこの題を掲げましたが、私は、ウィリアム・エス・クラーク先生が五十年前この校を去るに臨んで、島松の原頭に馬上一鞭あてて、あとに従う学生一同に向かって叫ばれた「ボーイズ・ビー・アンビシャス」という簡単な言葉を、いかなる意義によって残されたかを考えてみたい。　この言葉ははたしてクラーク先生の創始の言葉であったかを調べたところ、これは決してそうではないと思う。しかしそうだからといって先生のオリジナリティーを失わないのである。　キリストの聖言（みことば）でも、そのすべてが決してキリストの独創の言葉ではなく、その多くはこれを古来の預言者の言葉の中に見出すことができるのであって、かく言うことは決してキリストから彼のオリジナリティーを奪うことにはならない。キリストの貴いゆえんは、古い言葉の精神を自家薬籠中のものとなし、これに新しき生命を与えて発表した点にあるのである。厳密なる意味においてのオリジナリティーということは、古今あることではなく、日の下には新しきものあらざるなりである。　「ボーイズ・ビー・アンビシャス」の精神は、当時のニューイングランドの文献を調べて見れば、すでに各州に発表されてあったことは疑いのない事実であって、クラーク先生がこの言葉を発せらるるに至った経路を考えるに、先生の生国すなわちニューイングランドにはこの精神が充ち満ちていて、その精神的環境の中から、ブライアント、トロー、エマソンのごとき偉人を生み、また先生を生んだのである。　そのニューイングランドのピューリタンの意気が、先生を通してこの言葉となったのであって、この簡単な言葉の背後に全ニューイングランドあるを考える時に、これ実に意味深い言葉となるのである。札幌の今日あるを得たのは、クラーク先生を通してニューイングランドの気風が大いに貢献したところあるを思うときに、札幌はいっそう貴いものになる。　まず「ボーイ」とは何をさすのであるか、この言葉の意味を研究してみたい。普通ボーイと言えば、二十五歳以下の青少年をさすのであるが、ここに言う「ボーイ」は決してこれに限らないと思う。「ボーイ」とは実に「アンビションを有する人」の謂（いい）で、前途の希望に邁進している者は、年は六十を越えてもなお「ボーイ」である。二十歳前後の人々のみを目ざして、先生が「ボーイ」と言われたのではないと思う。私自身はまだアンビションを持っているから、自分が「ボーイ」であることを確信している。人が「ボーイ」であることを確信している。人が「ボーイ」であるか、「マン」であるか、「オールドマン」であるかは、その人の心持によってきまるものであて、私は今年六十七歳、宮部先生は六十八歳、佐藤総長はわれわれよりはるかに上で七十二歳であると聞いているが、諸君から見れば老人の老人で、もう引退していいころだと思うだろうが、われわれ自身はまだこれからする仕事のたくさんある「ボーイ」だと思うている。かく言うは、なにも私が旧い友達を弁護して、彼らをこの学校に長く置いてやってくださいと諸君にお頼みするわけではない。（大笑）　次にアンビシャスまたはアンビションについて考えてみたい。日本語に訳せば、まあ「野心」であろう。「野心」と言うて、太閤秀吉やナポレオンのような軍略的また政治的な野心を考えさせられるから、「大望」と言うたほうが良いと思うが、わかりやすく申せば、将来自分が成し遂げてやろうとする仕事をしっかりきめる精神を言うのである。　それについて今思い出すのは、エマソンの言葉に'Hitch your wheels to the star' （なんじの車を星につなげ）というのがあるが、これは「望みを高くいだけ」ということで、クラーク先生が「ボーイズ・ビー・アンビシャス」と平易に言うたことを詩的に言い表したのであって、全く同精神に出ている。高いアンビシャスを持つのは、低いアンビシャスを持つよりはるかに善きことである。ある人の言うたごとくに、「失敗は罪ではない。目的の低いのが罪である。」高い目的を持つことが、人生を最も有意義に用うるゆえんである。　私は五十年前のちょうど九月、札幌農学校にはいるために小樽に上陸して、陸路、馬で来たのであった。今日私の息子がこの大学におせわになるようになったのも実にふしぎな縁で、感謝に堪えない。私は息子を札幌に送るにあたり、札幌を一北海道の都と考えずして、北日本の都、さらに世界の都とまで行かなくとも、少なくともバイカル湖以東の東方アジアの都ぐらいには考えてほしいと言うたことである。　先年、熊本のリッデル女史が私に向かって、「内村さん、日本はこれでも文明国と言われますか」と言われた。彼女の語られたところによれば、英国では、昨年、全国に七人のらい病患者があるというて問題になっているのに、日本にはまだ二十万人も、らい病患者があり、隔離も治療も行き届かず、いたる所、みずから苦しみ他人に不快な思いをさせているありさまである。英国のごとき、今年は僅々四人に減じたという。この日本の状態でもって文明国であると言い得ますかと。この言葉にはいかんとも、弁解の余地がなかったのである。諸君、済々たる多士を輩出しているこの北大医学部の中に、誰かこのレプラを全治せしめるという先人未踏の境地を開拓するのアンビションを持つ人はなきや。これ諸君の持ち得るアンビションの一例である。　むずかしいかもしれない。生涯をささげて成功しないかも知れない。しかしながら「失敗は罪ではない」。あとから来る人々の成功の道案内たることができれば、それは実に尊いことである。「なんじの車を星につなげ」である。　今年、日本をおとづれた北極探検の成功者、ノルウェー人アムンゼンはまことに幸運児で、彼は南極探検に成功しており、彼に次いで英人のスコットも南極を究めたが、彼らに先立って南極探検を企てたシャクルトンはまことに気の毒な人であった。南緯八十八度二十三分という南極近くまで接近しながら、いかにしてもその先にはいることができず、二度試みて二度とも失敗したのである。ついに目的に成功しないで死ぬるに際し、家族に遺言して、自分の骨は今後南極探検を企てる人々の通路に当たる個所に葬ってくれと言うた。その遺志によって、彼の遺骸はサウス・ジョージア島に葬られた。実に彼はみずからは成功しなかったけれども後進の道しるべとなることに甘んじたのである。事実、彼の探検の経験は、後の成功者の貴重な参考となったのであった。この精神でアンビションを持つことである。

  2014年01月12日

• 本年最後の読書会記録より　その２　預定の教義は内村のコーナー・ストーンとなった

  会場を出る時間が来たので、資料をしまいながら話す。「六月三日の日記に「『預定』の教義を研究し、その意義をもって強い感銘を与えられた」とあります。札幌農学校時代、内村らを戸惑わせたものがこの選民思想であり、預定の教義でした。選ばれた者だけが神の言葉を霊によって理解できる。内村は「預定の教義に困惑する」と日記に記しました。もし選ばれたものそうでない者が予め定められているのならば、信仰も善行も何も意味がないということになる。このとき、内村は思考停止し、預定の教義を理解しようという努力を放棄します。その理解の試みをここアマストで内村独自の理解とします。そしてそれはこの日記以外、明確に触れられることはないが、おそらくその後、世間を騒がすことになるイエスの再来の思想もこのアマストでの感得に由来するように思います。ここの解説として「かつては私の最大のつまづきの石であった教義は、今や変じて私の信仰の隅のおや石となった。この教義は実にこのような目的のためにのべられた」と。すなわち自分が選ばれていると信ずる人間は生涯を通じて選ばれるにふさわしい人間になるために努力し続けるためにこの教義は説かれたと理解した。したがって後に説く、イエスの再臨思想もまた、イエスが再臨すると信ずる者はそれにふさわしい信仰や生活をする、そのために説かれた。ところがいったんそれが世間に広まると、自分こそが再臨したイエスであるという人間があちこちで出始めた。そこで内村は再臨について口を閉ざす。自分が期待した信仰と真逆の人間類型が出始めたからです。五日の日記に『選民思想』について触れられています。「私が選民の一人であるということは、何という価値を私に与えることか」アマストで内村はこう考え、この｢預定の教義｣をコーナー・ストーンとして、帰国後、無教会主義などキリスト教の日本化への試みをさまざまな迫害や試練にさらされながら実現していくことになります。

  2013年12月24日

• ガウェインの結婚　「すべての女性がもっとも望むことは何か？」

   http://www.geocities.jp/timeway/kougi-1.html知人の高校の先生が、生徒に　世界史講義録の中にある　アーサー王伝説の「ガウェインの結婚」の話を、紹介していて　これが結構面白かった。世界史講義録第１回　　最初の授業１，解説新学年最初の授業は生徒も教師も、相手を探って独特な緊張感があふれています。生徒は教師を値踏みしています。面白いか、つまらないか、怖いか、怒るか、甘いか、厳しいか、いい加減な人か、親身になってくれるか、教師集団の中で重いか軽いか、等等、、、。この１時間目に、生徒にどういう印象を与えるかでその後の一年間の授業のやり易さが決まります。同僚たちは自己紹介や、休み中の体験を話して、授業にはいるのが一般的のようです。生徒は、授業をしないことを熱烈に期待しています（私も高校時代はそうでした）。できるだけ、彼らの期待にそれなりに応えながらも、単なる雑談でもなく、またこれからの授業に少しでも期待を持たせる。そんな作戦で考えたのが、「最初はお話をする」です。２，ガウェインの結婚　これから一年間みなさんに世界史を教えることになりました。みなさんと顔を合わせるのははじめてですね。名前も顔も全然知りません。まずは、フルネームで出席をとりますので、呼ばれれたら顔あげて返事をしてください。　それでは、早速授業を始めよう…とも思いましたが、はじめての授業なので自己紹介がわりにお話をします。　いまから700年くらい前の、「ガウェインの結婚」という話です。イギリスで生まれた騎士道物語『アーサー王物語』のなかのひとつです。アーサー王のことはテレビマンガになったりしましたから、知ってる人も多いでしょう。エクスカリバーという剣がでてくるやつです。　アーサーはイングランド王の子どもだったのですが、出生を知らないまま育てられます。王が死んで王国が混乱していたそのとき、ロンドンの聖ポール大聖堂の前に大きな石があらわれます。その石の真ん中には剣が刺さっていて、石には「この剣を石より引き抜いたものが全イングランドの正統な王である」と刻まれているわけです。たくさんの剛の者が挑戦するが誰も抜けない。ところが、アーサー少年が簡単に抜いてしまって、王位につくわけですね。　で、まあ、そのあと、アーサー王が活躍する話がたくさんあるのですが、その中で私の一番好きなのが「ガウェインの結婚」です。　実は、アーサー王物語の中でアーサーが中心になる話はそれほど多くない。円卓の騎士と呼ばれるアーサーの臣下たちが主人公になる話のほうが多くて、また面白いです。ガウェインというのはアーサー王の甥で、一番忠義な男です。　さて、物語はこんなふうに始まります。アーサー王がいつものように宮廷で国民の訴訟を裁いていると、一人の乙女が王にこんな訴えをします。自分の領地が邪悪な騎士に奪われ、また恋人も捕虜にされてしまった、と。アーサー王は、自分の国内でそんな不法なことがおこなわれているのはけしからん、というわけで、愛剣エクスカリバーをひっさげてただ一人で、その邪悪な騎士の城に乗り込みます。　ところが、敵の城に一歩足を踏み入れたとたんアーサーの心から勇気と元気が抜けてへなへなになってしまうんです。アーサー王物語には魔法使いがよくでてきます。これもそうで、城には魔法がかかっていて、侵入者の勇気をくじくわけです。そこに、邪悪な騎士が登場して、あっという間にアーサー王を打ち負かして捕虜にしてしまいます。　アーサー王、「助けてくれ」って頼むわけね。中年以降のアーサーは結構弱虫なの。そこで、邪悪な騎士はこういうわけ。「命が惜しいか。それならおまえに問をやろう」ってね。「この１年のうちに問の答えが見つかったならば、おまえを許そう。もし、見つけられなければおまえの王国をそっくり私がもらおう。よいな」よいもなにも、とにかく助かりたいからアーサーはこの条件を承知します。そして、答えを探して放浪の旅にでる。　どんな問題を出されたかというと、これがすごい。こんなのです。　「すべての女性がもっとも望むことは何か」　難しいねー。わからんねー。わかるって人いますか。アーサーもわからなかったので、どうしたかというと旅にでて、行き会うすべての女性にたずねまくるんです。「おまえの望みは何か？」すべての女性が望むこと、ですから、少女から老婆まで、農民、商人、職人、貴族、未婚、子持ちあらゆる女性に質問してまわるんですが、うまくいかない。みんな、言うことが違うんです。ある女は「美貌」という。また別の女は「健康」。そのほか富、立派な騎士の夫、子ども、若さ、恋人など、ありとあらゆる答えが返ってくる。　女子のみなさんはなんと答えますか。聞かれても困るでしょ。こんな状態では、すべての女性が望むことがわかるわけはない。しかし、あきらめるわけにもいかないので、アーサー王は旅をつづけます。　１年がたちました。明日はいよいよ約束の日で、アーサーは邪悪な騎士のもとに出向いて正答を言わなければなりません。ところが、正答らしきものを未だ見つけられない。　うちしおれたアーサー王は、とある暗い森の中に入っていきます。暗い森の道のかたわらに瘤だらけの大木があって、その根本に、目をそむけたくなるような、それはそれは醜くーい老婆がしゃがみこんでおりました。ちらっと老婆を見たアーサーは「うわぁ、気持ち悪い！」と思ったんだろうね。気づかないふりをして、その脇を通り過ぎた。　すると、その老婆いきなり立ち上がって、アーサー王を叱りとばした。　「これ、そこな騎士よ。立派な鎧に身を固めてさぞかし高い身分の者かもしれんが、レディを無視して通り過ぎるとは、この無礼者め！」　騎士というのはレディ・ファーストの精神が大事なんだ。アーサー王はあわてて馬を降り、非礼をわびます。機嫌をなおした老婆は、さらにアーサーに言う。　「あなたの探しているものを、私はあたえることができる」とね。ただし、これも条件があって、老婆は答えを教えるかわりに、若くて健康で立派な騎士を自分の夫に欲しい、と言います。アーサー王はせっぱ詰まっていますから、後先考えずに約束して、答えを教えてもらいました。どんな答えだったと思いますか。　さて、翌日アーサーは邪悪な騎士の城に出かけます。邪悪な騎士がでてきて「答えを見つけたか。言ってみろ」。アーサー王は「愛」なんて言うの。これ、不正解ね。不思議なルールなんだけれど、何度答えを言ってもいいみたいなんです。それで、アーサーは老婆に教えてもらった答えを最後に残しておいて、それまで聞いてきた答えを全部言うんですね。邪悪な騎士は「違う。違う」と言いながら上機嫌。アーサー王の答えがつきたところで「では、約束どおりおまえの王国をいただこう」アーサー、「ちょっと待った」そして、老婆の答えを言いました。何だと思う。これが…。（続く）

  2013年12月19日

• 本年最後の読書会　その２　ニューイングランドのカレッジ生活　1886年3月1日神ﾉ賜物8日回心体験　

  本年最後の読書会の輪読を続ける。  　私が「カレッジ」内に居住して後、まもなく、私は総長に伴われてある宣教師大会に出席した。実に「キリスト教国」の「キリスト教国」たるゆえんを示すものにして、このような会合に勝るものはない。単に一万の有識の男女が三、四か所の大講堂に溢れんばかりに充満し、他の国民をして、いかにして福音の恵みを味わしめうるかについて聴こうとするという事実が、それだけで既に印象的である。多数の人々は見世物を見物するために来ていて、他の多数は見世物になるために来るとしても、この人々に異邦人伝道事業は見世物とされる価値があるという事実に変わりはない。そしてそれはどのような宗教的見世物の中でも最も高貴で神聖な見世物である。しかしこの「外国伝道見世物（ミッション・ショウ）」に国民中の最も強固で冷静な頭脳が参加し、熱誠な男女が舞台に現れて、額に傷跡としわをいただいてカフィル人、ホッテントット人との道徳的戦争を語る時に、見世物は見世物であることをやめ、我らもまたそれによって、熱せられるのである。非キリスト信徒である私の国人で、「キリスト教国」においてもしこのような機会があったならば、ぜひこのような「外国伝道見世物（ミッション・ショウ）」に出席されんことをお勧めする。彼はそのために決して後悔することはないであろうと信ずる。その見世物はすべての点において見る価値がある。彼はその中に「キリスト教国」の大と、同時にまた、かの国の小との理由を見るかもしれない。彼はこのようにして「キリスト信徒の野獣性」を大声に語ることをやめるかも知れない。実に、かの「外国伝道見世物（ミッション・ショウ）」は感激的である。  しかしながら、たまたま、そこに居合せた数人の異教徒回心者の見本こそは、これらの見世物における最悪の運命をになうのである。彼らは必ず、曲馬師が馴らした犀を使うように、利用されるのである。彼らは見世物として登壇させられる。しかして何たる驚くべき見世物よ！最近までは木石の前に額きつつあった。しかし今はこの白人等の同じ神を有する！『諸君がいかにして回心したか、それを話してくれたまえ』と彼らはわめく。『しかし十五分以内に願いたい。我々は何々大神学博士から外国伝道の方法手段や理論的根拠について講演を聴くことになっているから』と。馴らされた犀は生きた証明である。黒板上の証明ではなく、本当の伝道地よりの本当の見本である。そして人に見られ、甘やかされることの好きな犀たちは、喜んでこれらの人々の命令にしたがい、大変見苦しい態度で、いかにして自分たちが獣であることを止めて、人間のように生き始めたかを語るのである。しかし、このように利用されることを欲しない別の犀がある。彼らは人々に見世物にされて心中の平和を奪われることを欲しない。人は何人も彼らがいかなる曲折と苦痛とを経て犀の生活を捨てるに至らしめたかを理解することはできないのである。彼らは孤独を愛する。そして人の目より離れて黙々として「神」の緑の牧場を歩まんと欲する。しかし曲芸師はかかる犀を好まないのが普通である。そのために彼らはインディアンの林よりこの特別の目的のために扱いやすい見本若干を伴って来て（非常に若い者であるのが普通である）、全国を連れ歩き、日曜学校の子供に見せ、講壇にのぼらせ、犀の歌を歌わせ、このようにして人々を外国伝道事業に興味を抱かせるのである。  　さて、私は一個の新生した犀として、外国伝道（ミッション）曲芸師に対し、この問題についてもっと思いやりを加えられたいことを忠告する。一方において、彼らは馴らされた犀を甘やかして、これを台無しとしてしまい、また馴らされていない犀を馴らされた犀を模倣させるに至る。なぜならばそれが犀の肉を増やす最も容易なみちであることを彼らがしるからである。また他方、諸君はこれによって諸君の事業に興味を抱かしめようと欲する人々に対して、「キリスト教」伝道の真相について誤った概念を与えるものと信ずる。パウロとバルナバがテトスやテモテをエルサレムに伴って行ったのは、彼らに異邦人の歌をうたわせようとするためであり、またその半ば了解しえない奇異な話し方で『いかにして偶像を火に投じて福音にすがりしか』を兄弟たちに告げるためであったとは、「聖書」の私たちに教えないところである。いかにかの大「使徒」が彼の情熱を傾けて異邦人の主張（コーズ）を弁護したか、神の民といえども不敬虔なる異邦人に勝るところなく、共に罪の中に定められて、「神」の栄光を受けるに足らないものであることを語ったかを読んだ。－このすべての事よりして私は結論する。パウロ及びパウロの心を有する人々にとって、異教は笑い興ずるべきではない。あるいは『憐れ』まれるべきものですらなく、同情されるべきもの、したがってすべての尊敬と「キリスト教的」の仁慈とをもって取り扱われるべきものであったのである。インド人の一青年に故国の服装をさせて彼自身のバオリ調子でトプラデイを歌わせて集めた寄付金は、馴らしたオラウータンを見世物にして集めた金より以上に私は評価しない。ああ、かの人々のパリサイ的な誇りに訴え、彼らが異教徒よりすぐれていることを示して『本当のキリスト信徒』に『彼らをあわれ』ませるとこを、外国伝道事業と称してはならない。最善の宣教師は常にその派遣された国民の主張（コーズ）と威厳との保持者である。彼らはその国の愛国者だけそれだけ、いわゆる「キリスト教」国民の前に偶像崇拝、その他の堕落を暴露することを恐れるのである。 　実際、世には「外国伝道（ミッション）」の本義（コーズ）は異教徒の暗黒を「キリスト信徒」の光明と比較して描くことによってのみ支持され得るものとして想像しているかと思われる。彼らは異教徒を黒色の正方形にて、「プロテスタントキリスト信徒」を白色正方形で現した図表を作成する。「外国伝道」の「雑誌」、「評論」、「新聞」は、いずれも異教徒の不幸、堕落、はなはだしい迷信を満載する。しかし彼らの高貴なこと、神聖なこと、また極めて「キリスト」らしい性格についての物語は、ほとんどそれを彼らの紙面に掲げない。外国伝道集会において我が国民性の善い半面を語ることが多く、異教的の半面を語ることが少ない時には、私たちの為した話に対しては一言の称揚の言葉をも与えられず、少なからず無念を感じたことも私たち自身の経験において幾度かあったかしれない。彼らは言った。「もしあなたの国がそのように立派な国民であるならば、もちろん、宣教師を送る必要はない」と。「我が親愛なる友よ」と我々はしばしば答えて言った。「このような立派な国民であればこそ、他のいかなる国民にまさって「キリスト教」を渇望するのである」と。まことに我々異教徒がギボン（手長猿）やチンパンジーにまさること僅少なるに過ぎないならば、「キリスト信徒」諸君はその外国伝道（ミッション）事業を全然の失敗として断念されることをよしとする。「正」と「邪」、「真」と「偽」について何事か知るところがあるがゆえに、我々は「キリストの十字架」のもとに直ちに連れ来られるのである。私は衷心よりして信ずる。「異教徒に対する憐憫」より以上の高い動機を基礎としない「キリスト教伝道」は、派遣者、被派遣者双方に多大の損害を与えることなしに、全然その補助を撤回してしまうほうがよい、と。  　三月一日　神が私たちに賜物を与える時は、実質的な賜物を与える。他人の意見によって支持される一片の思弁ではない。想像の産物である一片の幻影ではない。この世の風にみだされることのない真の実質である。 　三月八日　私の生涯において極めて重要な日である。「キリスト」の贖罪の力が今日のように明瞭に私に啓示されたことは、かつてなかった。「神の子」が十字架に釘づけられた事の中に、今日まで私の心を苦しめたすべての難問の解決が存する。「キリスト」は私のすべての負債を支払い、私を「堕落」以前の最初の人の清浄と潔白とに戻すことができる。今や私は「神」の子である。私の義務は「イエス」を信ずることである。「彼」のために、「神」は私の欲するすべてのものを与えられる。「彼」は「彼」の栄光のために私を用いられる。そして遂には私を「天国」に救われる。 ここで、「米欧留学篇」の２０４ページを開けてください。内村鑑三の広井勇あての同じ時期３月のアマストからの手紙です。（続く）

  2013年12月16日

• マシュー　と　この小さき者へ

  「柔道グランドスラム」で、高校生など新人の活躍が目立っている。「高校生だと、きっとデータがないからかもね」「そうかもしれない。ベテランになると結構研究されつくしているからね。」今日、テレビで試合を見ていて、ベイカー茉秋（ましゅう）選手にはまずその名前に驚いた。「マシューって　赤毛のアン　の養父代わりに　何かと　アン　をかばう人で」と薀蓄というか、思い付きを述べる。「マシュー　は　聖書では　マタイ　にあたるのかな。パウロがポール、ヨナタンがジョナサン、英語読みだと結構違ってきこえる。」「マタイによる福音書でね　この小さい者にした事は私にした事である　というイエスの言葉があって　新島襄　がアメリカに幕府に無許可で渡ったとき、親代わりになったのがフィラデルフィアの富豪ハーディ夫妻で　新島は英文の手紙のミドル・ネームにハーディを使うほど　ハーディー家の一員　という意識を持っていた。それほどハーディーは新島をアマスト大学、神学校と進学させる学費を負担した。ハーディーは、なぜ新島を我が子のように面倒をみたのかときかれ、マタイによる福音書の　この小さい者にしなかったことは私にしなかったことであるという聖句が脳裏に浮かんだからだと答えたという。つまり悩める者、苦しむ者、そうした小さい者を見捨てることは、キリスト・イエスを見捨てることに他ならないという信仰から　新島襄をその困窮から救い出そうとした。そしてまた新島襄も生涯このハーディーの思いを思いとしたようだ。12月1日の「八重の桜」で、新島襄が大磯でなくなる直前、八重が百足（むかで）屋にかけつける。そして最後に聖書を読んでくれと頼む。そのとき　この　小さき者　の聖句が読まれる。新島襄がアメリカで新渡戸稲造の依頼を受けて、内村鑑三が鬱になっていると聞いて、会いに行く。そして朝食を食べ、一緒に聖書を読み、その後、自分と同じくアマスト大学にいって、シーリー総長のもとで学ぶように助言する。遺された新島襄の手紙の下書きの文章をみるとその誠意が伝わってくる。それもおそらくは　ハーディーがこの小さき者にしてくれたように悩める内村鑑三に自分にできる精一杯のこと、一緒に祈り、励まし、アマストへの道を整備するという務めを自ら果たすべき義務として　自らも小さき者として　悩める小さき者に行おうとしたからではないだろうか」   新島襄の手紙p201　きのう、あなたから2通の手紙を受け取りました。　親愛なる兄弟、内村が福音宣教のために輝かしくも大胆に全身を捧げる決意をなさったことについて神に感謝します。　私はあなたの新しい献身に心から賛同するものであり、大声で「アーメン」を唱えます。あなたの将来のコースについて通常ならぬ不安を感じていました。あなたあてに先便を書いていた時でさえ、あなたからの答えは私の期待を大きく外れたものになるのではないか考えていたのです。このような返事をいただき、大変喜んでいます。これがあなたの最終決断であると信じます。二度と変更してはいけません。アマストに入れば新しい道があなたに開けることを確信しています。金銭は男らしさと献身が本物であれば付いてきます。マナ〔天の糧〕は何とか与えられます。確言しますが、今日この広い世界の中で、三位一体の神を除いて、私ほどあなたの新しい決意を喜んでいる者はありません。こうしてあなたと共に喜ぶ機会をもたらして下さったことに、心の底から感謝します。シーリー校長にすぐにも手紙を書きます。アマストから返事が来るまで、ペンシルベニアに帰ろうとしてはいけません。できるだけ長く北部にとどまるようにしなさい。なぜならばペンシルベニアより高緯度の地におられるほうが、あなたのためによいからです。　最後に、親愛なる兄弟よ、確信をもって主を待ち望みなさい。主はあなたの道を歩きやすく、しかも祝福に満ちたものとしてくださるでしょう。　　　　　　　主にあって、ジョセフ・H・ニイシマ　主があなたにこの最終決断へ向けて一歩一歩導きたもうことに対し、感謝をこめてこの手紙に封をします。

  2013年12月01日

• 読書会を開く　How I became a Christian 第7章　その４　　ユニテリアンとオーソドックス

  読書会で　How I became a Christian 第7章　の輪読を続ける。 　　  　　院長夫人はユニテリアンであった。故国でキリスト教文学を読んだなかに、ユニテリアン主義について有利な意見は全くなかった。私はそれは異教よりもより悪いもの、外見が「キリスト教」に似ているために、より危険なものと考えた。私は告白するが、最初私は彼女を強い疑いで眺めていたのである。彼女は頭脳だけでハートがなく、「大いなる主」の生涯のなかに、柔和なもの、神のような女らしさがあるのを感じ得ないのであると想像した。このようにして私はこの親愛な女主人の面前でユニテリアン主義に対する私の嫌悪を隠さなかった－何という粗野で野蛮人であったことか！ところが見よ！彼女は彼女のユニテイアンにふさわしい行為によって、ハートの、実にやさしい女らしいハートの、所有者であることを証明したのである。彼女に私の「正統的信仰」は私を友人とするのに何の障害でもなかった。彼女は博士と共に、しばしば私を援助してくれた。また彼以上に彼女の女らしい本能で私の特殊の苦痛を『嗅ぎ出し』、それに応じて私を慰めてくれた。彼女は最後の病気の間、きわめてやさしい言葉でしばしば私を想いだしてくれた。   そして彼女が「父の聖園（みその）」で、ドロテア・ディックスそのほかユニテリアンの聖女たちの間に加わった僅か数日前にも、ピューリタニズムを『矯正しがたく』支持していた一人の人間は忘れられなかった。彼女は最後の異邦人伝道事業として最も実質的な形式をもったクリスマスの贈り物を海のかなたより送ってきて、ユニテリアン主義でないことを彼女が知っているところの私の事業を助けたのである。私は信ずる。このようなユニテリアン主義と調和できない「正統的信仰」は「オーソドックス」すなわち「まっすぐな教義」と称されるに値しないものだということを。真の寛大さは、思うに、自分の信仰には大胆な確信を有するとともに、すべての正直な信仰には認容と忍耐を有することである。私はある「真理」は知ることができるということを信ずること。しかし、すべての「真理」を知ることができるということを信じないこと、これがすなわち真の「キリスト教的」寛大の基礎であり、あらゆる善意、あらゆる人間に対する平和な関係の源泉である。もちろん私はこの健全な見解に一日で回心したのではない。しかし、私が尊敬すべき院長夫人が私にこの理想をいだかしめるのに大きな力があったことは。私の疑うことのできないところである。 　ｌここでユニテリアンとオーソドックスがしきりに出てきます。　オーソドックスは正統派で　三位一体、神とキリストと聖霊が一体である、すなわちキリストは神であるという考えです。　これに対して　ユニテリアンは、神は唯一である。したがって、キリストは人である。イエスは、私たちが見習うべき模範的な行いの人であるということになります。これはハーバート大学に取り入れられ、これに反発してオーソドックスな信仰の人々が作ったのが、クラークや新島襄や内村鑑三が学んだアマスト大学です。  　病院における今一つの感激的な対象物はその院母であった。私は彼女より強い人間を知らない。しかも彼女は女性であった！彼女はその行き届いたこの男児、あの女児に投げ与えながら、広大な建物の隅から隅までことごとく心に留めていた。禍いなるかな、ジョニーの靴下をヂョージーにはかせ、サラの帽子をスーシーにかぶせた不注意な看護人は。婦人が男子と同様に管理できるということは、この尊敬すべき婦人によって何の疑念もなく私に証明された。彼女は確かにキリスト教的アメリカの産物である。異教国にはその婦道にどのような温雅と美徳があっても、これに匹敵するものをもたらすことはできない。   　　もう一人の愛すべき人間と私は病院時代に深い親友となった。彼は私の四角ばった「キリスト教」より多くの角を取り除いてくれた人としてここに記さずにはおかれない。彼はデラウェア州の人であった。南部諸州の徹底的同情者であり、熟練した青年医師であり、宗教告白では聖公会信者であり、ダンスは軽快巧妙で、優れた俳優になることができ、詩を書くことができ、スチュアート王朝の諸王の讃美者であり、善良、親切、そして友人中にて最も同情に富める友人であった。彼にあった、余の胸中にニュー・イングランドの同情者知人によって「反逆の南部諸州」に対して起こされた偏見は、一朝にして消失した。私のピューリタン的信仰とクロムウェル崇拝とは、彼は私の信頼と愛とを受けるﾆの何の障害にもならなかった。  　 彼はかつて私を彼のデラウェアの家に連れて行った。そして彼は私のいわゆる理想的婦人に比べるべき真の婦人を私に見せようとした。彼は言った。このような婦人はアメリカには実際に存在するが、ペンシルヴァニアやマサチューセッツにはいないと。彼は貸し馬車を雇って、私を私を連れまわした。まず知事の家に、次に副知事の家に、等々。そして私たちが敬意を表した美人の前より出るたびに、彼は私に尋ねた。「あれはどうか？」と。私の理想にはまだ及ばないと告げると、彼は他を試み、また他を試み、全力を尽して私から讃辞を引き出そうとした。あたかも昔の騎士が自分の崇拝する女性に対する讃辞を競争者から得ようとしたように。しかし私は依然として自分自身に忠実だった。そしてついに彼を失望させてしまった。「君はデラウェアにおいて何を欲するのか？」と彼は当惑して私に言った。時は桃の季節であった。そして私は故国にあった時、デラウェアの桃の天下一品であることを「地理学」で学んでいた。そこで私は州内最上の桃いくつかを要求した。彼は喜んで早速それを注文してくれ、私は私が欲するものを得て、完全な満足を味わった。  －私のヤンキー同情者たちが私に知らせずに置いたアメリカの半面を私に示してくれたのはこの人であった。寛大で同情あり、真実で疑念を抱かない、-アメリカの「キリスト教」の全部が、ドルとセントによって、ジョナサン・エドワーズとセオドア・パーカーと共に、歩まない理由はここにある。そこには騎士道的「キリスト教」とも称すべきものがあるのである。これが私の国民的精神に最も訴えるものである。私は少しこの南部の友人の精神をくんで、彼が私に与えた「祈祷書」から多数の句を暗記し、聖公会の儀式に出席することを楽しみとし始めた。「神」の「霊」に導かれて、広さは自己の信仰の中に生長しつつある確信と決して矛盾しない。私はオリヴァー・クロムウェルに対する私の無限の崇敬と、「ピューリタン的」な「キリスト教」の中に含まれる貴重な真理に対する私の愛着を寸毫も弱めることなく、私のデラウェアの友人を通して「キリスト教国」の半面に親しんだことを常に感謝するものである。   　　病院滞在中、私に影響を与えたその他の友人や快い感化について記すことは、制限された紙面がこれを許さない。アイルランドの地からさえ（しかもその紳士階級の中からではない）霊感が来って、私の心と霊の地平線を拡げた。一人の強い人を、特に私は記憶している。彼はグラッドストーンに礼拝に近い崇敬を懐いていた。彼にヴィクトリア女王のごとき偉大なる君主をいただくは、私の羨望にたえないことであると言った時に、彼は強い不同意を表明するのに足を踏み鳴らし、そして言った。『俺はあの、の-〔ﾏﾏ：呪う?〕べき婦人の臣下となるよりは、アビニシア王様の家来となりたくある』と。しかも「深緑の島（エメラルド・アイル）」の誤れる代表者であるこれらの子女（むすこむすめ）の胸中に、何という善良の心、敬虔の念のあったことよ。   次の日記の部分からが、「ボーイズ・ビー・アンビシャス米欧留学篇」に収めた内村鑑三の日記が出てくるところです。　以上のような私の周囲についての叙述とともに、更に若干の私の日記を掲げることを許していただきたい。83ページを開いてください。ここから、「米欧留学篇」でHow I 　を読んでいきます。  　一月一日（1885年）　寒い。昨夜、「信仰によりて義とされること」について大いに感じた！終夜勤務をした。はじめて私は患者看護の仕事にたずさわった。神は、私のために途（みち）を開きたまいしことを感謝した。　　白痴院における看護人としての第一日。ジョン・ハワード、エリザベス・フライ、その他無数の男女の聖徒によって聖（きよ）められた多年宿望の仕事が、今や私に開かれたのである。実に、私自身が聖徒になったのを感じた。しかし『律法の行為』によって自らを義とせんとするこの私の試みの最初からして、すでに一つの声が私の胸の中に深く響いた。「人の義とされるは信仰によりて律法の行いによらず」と。

  2013年11月10日

• 国際化時代を生きる中高生のための　新渡戸稲造「帰雁の蘆」　一四　訪問の心得

    一四　訪問の心得　　　　質問持参　用談のため訪問するので思いつくが、度々（たびたび）の失敗後、人を訪（おとな）う時は、特殊の用談があれば、劈頭（へきとう）〔最初〕にこれを済ますことにした。尤（もっと）も都合に依（より）ては控えることもなきにしもあらずだが、「成ると成らぬは目元で知れる」もんだ。別段の用なく訪問する時は、大概行く先の主人の職業、人格や、嗜好（しこう）等を一通り探（たず）ねて、予（あらかじ）め相応な質問を手帳に控えて行き、而（しか）して先方の暇（ひま）を窺（うかが）い、片端（かたはし）から尋問するが好（よ）い。無論こんなやり方は外交的ではなかろう。また通常の交際の法にも適（かなう）まいが、学生としては差し支えないと思う。僕は屡々（しばしば）外遊しても視察、見学が目的であるから、矢張（やは）りこの筆法でやったが、折々（おりおり）「歩行する疑問点」なぞと冷やかされたくらいで、大抵（たいてい）相手の人も話種（はなしたね）の無いのを苦しむよりは遥かに喜んで-殊（こと）に問題がお手のものなら猶更（なおさら）-質問に応じてくれる。何でも一度より通らぬ天（あま）の下だ。一度放てば二度帰らぬ光陰の矢だ。時間の活用法は学びたし。現在問答する人と再び袖すり合うもおぼつかない。落花は枝に返らず。花見するなら咲いている間、用を弁ずるにも物を学ぶにも、機のある間。 ＊「国際連盟がまだジュネーブに移らない以前で、先生はロンドンにある事務所で一人の英人の女秘書を使って仕事をしておられた。冬の寒い日に私は田中〔耕太郎〕君と一緒に先生をその事務所にお訪ねしたことがある。私たちは二人とも室の中に入るとほとんど同時に着ていたコートを脱いで、先生の示されるイスに腰をかけた。その時先生が最初に言われた言葉は、『君たちにイングリッシュ・マナーを教えてあげようかね』と言うのであった。そうして優しい微笑をたたられながら、イギリスではこういう場合には、向こうからコートをお脱ぎなさいというまでは、こちらから脱いではいけないのだ。脱げばこちらからゆっくりそこに止まるということを示すわけで、かえって失礼になるのだからと言われた。その時、実をいうと、私は心の中で少し不平であった。私たちがコートを脱いだのは、何も人のもとに長く滞留する積りだからではないので、室の中で長上に対する場合にコートを着ているのは、日本の礼ではないと思ったからである。つまり、私たちは日本の礼をロンドンで行い、先生はロンドンではイギリスの礼をすべきことを教えられたのである。郷に入っては郷に従えということを、先生はロンドンでも忠実に実行しておられた。この点だけでも、先生は私たちとは異なって国際人たるの実を備えておられた。英国においては、英国人の風俗、習慣を尊敬して、それと著しく異なることを行って相手を不必要に刺激するようなことはしまい。それは日本のためにならないと先生は考えておられたのではなかろうか。」（『追憶の中から』大沢章「全集別巻」p.266）

  2013年11月09日

• How I became a Christian Ch.9 14　各人ﾉ生涯ﾆﾊ神ﾉ定ﾒｼﾊﾟﾗﾀﾞｲﾑﾞｱﾘ　In every man s life there is a sort of paradigm divinely appointed beforehand.　

    一二月五日　  各人の生涯には神が予め定められたパラダイム（変化表）のようなものがある。彼の成功は、このパラダイムに自己を一致させ、それに及ばないことなく、それを超えないことにある。そこにのみ完全な平和はある。彼の心身はその中に歩む時に最も有効に用いることができる。野心の欠乏はしばしば彼をそれに達成しえないことがあって、彼の事業を全能力を傾倒して成就することなくこの世より去る。他方に、野心が余って彼をしてそれをとびこえることがある。その結果、五体をそこない、死を早める。人の選択力（自由意志）は自己をこのパラダイムに合致させることにある。一度自己をその流れに投じるや、彼の費やす努力はもはや彼を前進させることではなく、ただ流れの中に彼を止めておくことだけである。この流れの中にあるどのような祝福もこれを取るがよい。享受するがよい。しかし、そこから歩み出ることを追い求めてはならない。この流れを妨げるどのような障害をもおかして進め、神がその道を定めた以上、その障害は揺ぎない山岳であることができないためである。それにもかかわらず、自分自身に頼ってはいけない。神は汝の流れを定めた。彼はまた汝のために船長を定められた。『汝彼に聴けよ！』  Dec. 5. In every man s life there is a sort of paradigm divinely appointed beforehand. His success consists in conforming himself to this paradigm, neither coming short of it, nor exceeding it. In it alone is perfect peace. His body and mind can be used to the best possible advantage when he walks in it. Lack of ambition often keeps him short of it, and he goes away from this world without accomplishing his work to the utmost of his capacity. On the other hand, too much ambition causes him to overleap it; hence shattered system and premature death. Man s selective power (free-will) lies in conforming himself to this paradigm. Once he puts himself in the current, then his efforts are no more spent in propelling him forward, but only in keeping him in the current. Take up, enjoy any blessings that lie in this current, but never go out of it to hunt after them. Dare through any obstacle which obstructs this current, for it can not be an immovable mountain, since God appointed the way. For all this, trust not thy self. God hath appointed thy current ; He also hath appointed a Captain for thee. "Hear ye Himl"

  2013年11月06日

• How I became a Christian Ch.9 12　ｱｱ我ｶﾞ霊魂ﾖ主義ｦ離ﾚ真理ｦ求ﾒﾖ上ｦﾐﾖ　O my soul, away from isms. Seek the Truth.and look above thee.

    一一月七日　この世はどのようなものか。この世は普遍的な敵意と意見対立の舞台である。不信仰対キリスト教、ローマンカトリシズム対プロテスタンティズム、ユニテリアン主義対正統信仰-人類の一部分は他の部分に対立し、一部分中の一区分は同一部分中の他の区分に対立してそのテントを張り、－各自は他の誤りと失敗によって自己を利せんと試みつつある。ただに個人が信頼し得ないだけでなく、人類全体がマムシのすえ、人間嫌悪者、カインの末裔である。メソジスト主義であれ、組合主義であれ、他のいかなる高尚に響く主義であっても、ああわが霊魂よ、主義を離れよ。「真理」を求めよ。汝自身一個の人間のように振舞え。人々に関わるなかれ、そして汝の上を仰ぎ見よ。Nov. 7. What is this world? It is a scene of universal enmity and dissension. Infidelity versus Christianity, Roman Catholicism versus Protestantism, Unitarianism versus Orthodoxy, mankind pitches its tent, one part against another part, one section of one part against another section of the same part, each trying to benefit itself by the mistakes and failures of others. Not only are individuals not to be trusted, but mankind as a whole fare generations of vipers, manhaters, descendants of Cain. O my soul, away from isms, be they Methodism or Congregationalism, or any other high-sounding isms. Seek the Truth, quit thyself like a man, cease from men, and look above thee.

  2013年11月04日

• How I became a Christian Ch.9 11　私ﾊ神ﾉ恩恵ﾆﾖﾙ道徳ｦ渇望ｼﾂﾂｱﾙ　I am hungering after the morality that cometh from God s grace.　

    十月三日　私は「ねばならない」より、より高いタイプの道徳を求めつつある。私は神の恩恵に由来する道徳を渇望しつつある。しかしこのような道徳は人類の大多数によって拒否されるのみならず、神学校の教授学生によっても信じられることが非常に少ないようにみえる。この神聖な壁の中で、私はなんら新しいもの、また戸外で聞くところと異なるものを聞かなかった。孔子とブッダは、このような神学者が異教徒に教えようとする所の最大部分を私に教えることができる。 Nov. 3. I am seeking for a higher type of morality than "must." I am hungering after the morality that cometh from God s grace. But such a morality is denied not only by the majority of mankind, but very little seems to be believed in by the students and professors of theological seminaries. I do not hear anything new and different within these sacred walls from those which I hear outside. Confucius and Buddha can teach me the largest part of what these theologues are presuming to teach to the heathen.

  2013年11月03日

• How I became a Christian Ch.9 10　千歳ﾉ岩ｶﾗ生命ｦ引出ｽﾆ最大ﾉ熱ﾄ力ｦ要ｽ　It requires the utmost zeal and earnestness to draw life from the Rock of Ages.　

    十月十二日　復習室における課業にむしろ嫌悪を感ずる。我らは「新約聖書」註解学に煉獄について、そして「護教学」において等しく非実質的な問題について、議論した。無精神の「神学」はすべての学習の中で最も無価値なものである。重大問題を論じている時に、笑いふざけている学生を見て、ほとんどショッキングだった。彼らが真理の根底に達することができないことに驚かない。「千歳の岩」から生命を引き出すのに、最大の熱心と努力を必要とする。Oct. 12. Rather disgusted with works in the recitation rooms. We discussed upon hell and purgatory in New Testament exegesis, and on equally unsubstantial subjects in Apolegetics. Spiritless Theology is the driest and most worthless of all studies. To see students laughing and jesting while discussing serious subjects is almost shocking. No wonder they cannot get at the bottom of the Truth. It requires the utmost zeal and earnestness to draw life from the Rock of Ages.

  2013年11月02日

• How I became a Christian Ch.9 10 私ﾊ神ﾉ恩恵ﾆ由来ｽﾙ道徳ｦ渇望ｽﾙI am hungering after the morality that cometh from God s grace.　

  十月三日　私は「ねばならない」より、より高いタイプの道徳を求めつつある。私は神の恩恵に由来する道徳を渇望しつつある。しかしこのような道徳は人類の大多数によって拒否されるのみならず、神学校の教授学生によっても信じられることが非常に少ないようにみえる。この神聖な壁の中で、私はなんら新しいもの、また戸外で聞くところと異なるものを聞かなかった。孔子とブッダは、このような神学者が異教徒に教えようとする所の最大部分を私に教えることができる。Nov. 3. I am seeking for a higher type of morality than "must." I am hungering after the morality that cometh from God s grace. But such a morality is denied not only by the majority of mankind, but very little seems to be believed in by the students and professors of theological seminaries. I do not hear anything new and different within these sacred walls from those which I hear outside. Confucius and Buddha can teach me the largest part of what these theologues are presuming to teach to the heathen.

  2013年11月01日

• How I became a Christian Ch.9　9　ｱｱ我霊魂ﾖ汝自身ｦ神学ﾉ大ﾆ拡大ｾﾖ O my Soul, expand thyself to fit its largeness.　

    九月一九日　「神学」は小人に理解されるには余りに大きいテーマである。小人がこのような巨大なテーマに対して自己の余りに小さいことを発見するや、自己の小に適する彼ら自身の諸神学を建設し、そして彼ら以上の理解ある人々に向かって呪詛を投げるのである。ああ、わが霊魂よ、「神学」を汝の小に適用させるべく縮小することなかれ。汝自身をその大に適用させるべく拡大せよ。Sept. 19. Theology is too big a theme to be comprehended by small men. When small minds find themselves too small for such a gigantic theme, they construct their own theologies fitting their own smallness, and throw anathemas at those who comprehend it better than they. O my Soul, do not contract Theology to fit thy smallness, but expand thyself to fit its largeness.

  2013年10月31日

• How I became a Christian Ch.9 8神学ｶﾞ実在的実際的ﾃﾞﾅｸﾊﾞ学ﾌﾞ価値ﾅｼ If Theology is a science ,nothing real and practical, it is not worth studying.

    九月一八日　日曜日　もし「神学」がその中に実在的、実際的なものがない学問であるならば、それは学ぶ価値がない。しかしながら真の「神学」は実在的な、しかり、いかなる他の学問よりも更に実在的な、あるものである。「医学」は人の肉体的苦痛を軽減する。「法学」は人間相互の民事的関係を論議する。しかし「神学」は肉体的疾患と民事的不秩序の原因それ自体を検討する。真の「神学者」は当然理想家であるが、夢想家ではない。彼の思想の実現は幾世紀の未来に属する。彼の事業は完成に無限の歳月を要する大建築物に一ないし二個のレンガを貢献するようなものである。彼がそれに従事するのは、ただ正直で忠実な事業の決して失敗することがないことを信ずるためである。 Sept. 18. Sunday. If Theology is a science in which there is nothing real and practical, it is not worth studying. True Theology, however, is something real, yea, more real than any other science. Medicine alleviates physical sufferings of man; Jurisprudence treats of the civil relations of man to man; but Theology looks into the very cause of physical diseases and civil disorders. The true Theologian is naturally an idealist, but he is not a dreamer. The realization of his idea lies many centuries in future. His work is like contributing a brick or two into a massive building which takes an infinite number of years to be completed. He puts his hand upon it, only believing that honest and faithful works will never be lost.

  2013年10月30日

• How I became a Christian Ch.9 6　心ﾊ神学ﾉ中心ﾅﾘﾄ教会史ﾉ父ﾊ言ｯﾀ　"Heart is the centre of Theology," said the father of the Church History.

     日に増して加わる霊的経験の実在感が、私をしてかつて「神学」を空虚なもの、非有用的なものとしてみなしていた考えをことごとく駆逐させるにあずかって力があった。実に私はなぜに「神学」を嫌悪するかをしった。もし米やジャガイモが実在的であるように、霊が実在的であるならば、なぜに「神学」をおとしめて「農学」をほめるのか。もし穀物を生産して私自身と私の飢えた同胞を「神」の「大地」の果実をもって養うことが高貴であるならば、「彼」の「霊」をわれらの飢えた霊魂に与えるべき「彼」の「律法」を学び、それによってより高貴に、より男らしくさせることがなぜに卑しむべきであるか。単に殻と藁とのみを生産して、それを真の米なり麦なりとして公衆に与える農学は、われわれはこれを軽蔑し罵倒する。それは実に「農耕」（Agriculture）では、「岩耕」（Pock-Culture）であり、「砂耕」（Sand-Curture）であり、現実には何人をも養わないものである。そのように、私の罵りつつある「神学」は「非」「神学」である。それは霊の代わりに風を、説明の代わりに修辞学を、音楽の代わりに音響を与える「悪魔学」であったのである。「神学」は実質的であって、食べることができ、飲むことができるものである。－その与える水より飲む者は渇くことなく、その与える肉を食らう者は飢えることなきほど、それほど実質的で、それほど栄養的である。なんじ、「神学」を恥じるか。しかり、なんじは永久に「非」「神学」を恥じるべし。「悪魔学」を恥じるべし。それが「神学校」で教えられるも、他の場所にて教えられるも、なんじ、これを誇るべし。貧者、飢餓者を救わんがために己が朽ちる富を惜しみなくささげしジョージ・ビーボディ、スティーブン・ジラードの名を名誉とする世界は、われらの宗教的思想を組織し、善をなすことと神に仕えることとを、ほとんど科学的に可能ならしめたネアンデル・ユリウス・ミューラー、その他このような人々の名を、いつまでも尊敬するであろう。『心（ハート）は神学の中心なり』と「教会史」の父は言った。そしてハートを有せずしてただ胃腑のみを有する人々は、「神学」の内側に立ち入るべきではないのである。 The daily increasing sense of reality of spiritual experiences helped me to dispel all the notions of hollowness and non-utility which I had once attached to Theology. Indeed I saw the reason of my hatred of Theology. If spirit is real, as rice and potatoes are real, why despise Theology and praise Agriculture? If it is noble to grow corn, and feed myself and my hungering fellowmen with the fruits of God s Earth, why ignoble to learn of His Laws to appropriate His Spirit to our hungering souls, and be made nobler and manlier thereby? Agriculture that raises only husks and straw, and gives them out to the public as real wheat and rice, we despise and hoot at. That indeed is no Agriculture, but it is Rock-Culture and Sand-Culture, which really feed nobody. So Theology I have been reviling at is No-Theology. It was Demonology, that gives out wind in place of spirit, rhetoric in place of sermon, and sound in place of music. Theology is substantial, eat able and drinkable, so substantial, so nutritious that whosoever drinketh of the water it giveth shall not thirst, and whosoever eateth of the flesh it giveth shall not hunger. Ashamed of Theology? Yes, be thou forever ashamed of No-Theology, of Demonology, be it taught in Theological Seminaries or other institutions; but of Theology proper, wherever taught, be thou proud. The world that holds in honor the names of George Peabody and Stephen Girard, who freely gave out their perishable possessions for the relief of the poor and hungry, will continue to revere the names of Neander and Julius Muller and others of their kind, who systematized our religious thought, and made good-doing and God-serving almost a scientific possibility. "Heart is the cen tre of Theology," said the father of the Church History, and he that has no heart, but stomach only, should stand outside of it.

  2013年10月28日

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