『警官の血 上・下』 佐々木 譲
帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。希望に満ちた安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。戦災孤児、愚連隊、浮浪者、ヒロポン中毒。不可解な「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」。ある夜、谷中の天王寺駐在所長だった清二は、跨線橋から転落死する。父の志を胸に、息子民雄も警察官の道を選ぶ。だが、命じられたのは北大過激派への潜入捜査だった。ブント、赤軍派、佐藤首相訪米阻止闘争、そして大菩薩峠事件―。騒然たる世相と警察官人生の陰影を描く、大河小説の力作。 (上巻あらすじ「BOOK」データベースより)過激派潜入の任務を果たした民雄は、念願の制服警官となる。勤務は、父と同じ谷中の天王寺駐在所。折にふれ、胸に浮かんでくる父の死の謎。迷宮入りになった二つの事件。遺されたのは、十冊の手帳と、錆びの浮いたホイッスル。真相を掴みかけた民雄に、銃口が向けられる…。殉職、二階級特進。そして、三代目警視庁警察官、和也もまた特命を受ける。疑惑の剛腕刑事加賀谷との緊迫した捜査、追込み、取引、裏切り、摘発。半世紀を経て、和也が辿りついた祖父と父の、死の真実とは―。 (下巻あらすじ「BOOK」データベースより)昭和23年、憲法の改正により機構が変わった警察は警察官の大量採用を執り行った。妻と生まれてくる子供を養うため、安定した職に就きたいという理由から、安城清二は警察官を志願した―。この作品は、清二、清二の息子の民雄、民雄の息子の和也の安城家の親・子・孫の3代に渡る、警視庁の警察官の物語です。清二は戦後の混乱期、民雄は安保闘争時代、和也は現代とそれぞれが主人公となる3部構成になっています。実際に起きた事件についての記載もあり、各時代の背景が綿密に描かれているため、かなりの臨場感がありました。戦時中の「特高警察」、安保闘争時代や現代の警察官については小説・ドラマ・映画などでいくつか目にしたことがありますが終戦直後の警察官についてはまったく知らなかったので個人的には、清二の物語が一番興味深かったです。この時代の警察では、各警察官の自宅で拳銃を保管させていたそうで、これにはかなり驚きました。家族と共に暮らす家に拳銃を持ち込まなければならず常に暴発事故や盗難などの不安にさらされていた警察官達のストレスは並大抵のものではなかったようです。この時代の警察官の多くは復員兵で、中には戦乱の激しい戦地で人格が歪められるほどの深い傷を心に負った人達もいて戦争によって人格を壊され歪んだ心を持ってしまった人が心の傷を癒すことのないまま「歪んだ警察官」になってしまう。そしてそれが、結果的に悲劇を生む。これには本当にやりきれないものがありました。迷宮入りの事件の真相。清二の死の謎。民雄の死の真相。「3世代に渡る謎の解明」というミステリ的な一面もありますが全体的にはミステリ色はかなり薄いように思います。佐々木さんの警察小説で度々取り上げられる警察内部の裏金問題とそのしわ寄せで捜査費用を削られてしまったため、違法な手段で費用を捻出せざるを得なくなってしまう警察官も登場します。公安部の潜入捜査や警務部による内偵捜査をはじめ警察内部の不祥事の隠蔽工作など、警察組織の内部事情や時代ごとの世相などに翻弄されながらも警察官としての誇りと自分なりの正義を貫こうとする3人の警察官のそれぞれの生き様が描かれています。時代背景も性格も異なる3世代の男達の間に脈々と受け継がれていく「警官の血」―。まさに「警察小説」と呼ぶにふさわしいと思えるような重厚で読み応えのある作品でした。