ありえないことの中に大きな意味がある
ベー・チェチョルさんのリサイタルに行ってきた。時間の都合で半分しか聞けなかったが、心に染みる歌声を聞くことができた。彼は、世界的に評価されて、まさにこれからというときに、甲状腺がんになってしまう。手術を受けた。声帯はを動かす神経も切断してしまったので、ほとんど声が出なくなってしまう。もう、歌手としての復活はあきらめざるを得ない状態だった。しかし、このときに日本の人たちが彼を支えた。京都大学の声帯手術の権威に出会い、手術を受けた。声帯というのは、二本の筋肉が向き合っていて、それが開いたり閉じたりすることで音を出すのだそうだ。上下にも動いて、高低などのコントロールがなされている。左右、上下、それぞれ別々の神経が働いているのだが、甲状腺も手術のときに、両方とも切断した。さらに、横隔膜を動かす神経も切らざるを得なかったので、肺の機能にも支障が出た。声帯を復活する手術では、右の声帯を固定して、左だけを動くようにした。横隔膜は手がつけられない。そんな状態で、ベーさんは厳しいトレーニングに耐えて、声を取り戻したのだ。自分のがんばりばかりではなく、奥さんをはじめ、まわりの人たちの協力もあった。彼は復活した。全盛期の声は出なくなったが、苦しんだ分だけ、彼の歌には深い味わいが生まれた。苦しみやかなしみや悩みは、それをどうとらえるかで、魂を育てていく大事な肥やしになるのだ。若いアジア人の男性が甲状腺がんになる確率は、限りなくゼロに近いそうだ。胃がんでも大腸がんでもなく甲状腺がんにあの時期になったのは、意味があるはずだと、彼は思えるようになったと言う。ありえないことが起こるには大きな意味がある。受け止めて、その上で、どうすればいいか考えれば、必ず道は開けてきて、意味がわかるようになるのだ。人は、かなしみの上に立って生きている。それを自覚することができた瞬間に、喜びの人生が始まるのかもしれない。