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[つながるいのち。] カテゴリの記事

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• 引き金を引くのは映画だったりする。

  WOWOWで、ようやく「フラガール」を観た。エネルギーのこと、まちおこしのこと、ジェンダーフリーのこと、その他いろんなことを思うのだけれど、なんとも懐かしい映画のことを思い出していた。1968年に制作された「スクラップ集団」。廃坑にバキュームカーの中味を捨てていたことが発覚。廃鉱を観光事業に転換。このあたりの映像がフラッシュバックしたんだろうな。ほとんど連想ゲームの世界。この映画は、昨年期間限定で販売を開始していた。「男はつらいよ」以前の渥美清の映画として記憶していただけだから、まさかDVDで購入可となっているとは思わなかった。ゴミはもとより、人間が生活するうえで排出するさまざまな廃棄物をすべて取り扱うことを標榜する集団の栄枯盛衰。糞尿処理、ケースワーカー、ゴミ処理、医師。「スクラップ集団」の4名の元職業はまさに人間社会の裏側を“処理”する職業でもあった……。循環型社会を目指す、環境問題を深く考える、地球温暖化問題に対処する……という今の時代から振り返ると、改めて、テーマの先見性に圧倒されてしまう。（ほかにもあるでしょ、高齢化とか）希望の物語だった「フラガール」を観ながら、真逆の映画を思い出してしまうなんて。これも父の遺産の一つだ。毎週のように家族そろって映画館へ出かけ、主だった新作映画は内外問わずほとんど観ていた時期があった。その終焉近い時期に見た映画の一つ。（父は映画と音楽と美術を心から愛する人だったのだ）全く偶然に、夫が昨日購入した本は昨今の環境に関する日本人の対応を徹底的に批判する内容だった。それをしても、やはり先見性に富んだ映画だと思う。本当はね、「フラガール」を観て、久しぶりに癒されたことを書こうと思っていたのだけれど、「スクラップ集団」のことが気になって調べたら、思わぬ符合に気がついて、こんなところにも必然を感じてしまい、書きたい内容が変わってしまったのだった。昨日最後に観たのは「AI」の悲しいラストシーン。あとではっとしたのだけれど、次の日曜は義母の一周忌を執り行う。見入っていた夫が何を思っていたのかは聞かなかったけれど、彼の気持ちの一端に触れたような気がした。一見、何も起こってはいないように見えて、どこかで新しい何かが始まっている。始まりは、いつも静かなものだ。そして、その引き金を引くのは映画だったりする。

  2007.06.18

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• 思い出の場所を手放す。

  父が開業30周年を目前に倒れ、廃業した元医院を手放すことになった。ゆるゆると続く遺産処理の一環。その売買契約に伴う仮契約の日が母の誕生日に指定されていた。というのが今回の私の帰省の理由。雑誌の仕事で新人不動産営業マンに営業指南をする漫画を担当していたことがある。不動産に詳しい監修者のもとへ出かけ、毎回テーマを決める。テーマに基づき、実際に不動産営業マンに取材、ストーリーを決めていく。不動産売買にまつわるエピソードはとても人間味にあふれていて楽しい仕事の一つだった。が、あくまでも取材なので、実際の売買契約に立ち会うのはこれが初めて。行きも帰りも担当営業マンが車で送ってくれる。車中では母がああだこうだと世間話。思い出の場所を手放すと決心はしていても、いざとなると、いろいろ気になることが出てくる。結論は決まっているのに、あそこはこうだった、こちらはああだった、そういえば、こんなことがあった……。手放すのが惜しい訳じゃない。ただ、手放す前にあれこれ思い出したことを話しておきたいというだけなんだけれど。そんな、物件にまつわる話を売り主である母が話すのを、担当営業マンはにこやかに対応しながら聞いていく。要領の悪い話し振りでも、きちんと聞いてくれる営業マン。不動産営業の極意は、実はこういうところにあるんだよね。数字の裏に、いくつものドラマが隠されている。仮契約の場でも、買い主と営業マンとの会話から、あちらにもいろんなドラマがあったのだろうと想像する。無事に仮契約を終えて、一旦自宅に戻る。そこで初めて、「実はこういう仕事をしていた」と母に話す。「なんだ、どういうことが行われるか　あなたは知ってたんだ」ちょっとだけ驚く母。母だって、これが初めてではない。過去にいろんな場に立ち会ったり、自分が主人公だったりしている。それは実体験。私のような門前の小僧ではない。完全に手放す前に、もう一度見に行こうと思っていたけれど、止めることにした。元医院よりも、行っておきたい場所がある。父が亡くなった病院。なんだか、あの場所で父が呼んでいるような気がするんだ。ずっと気になっていたのに、なかなか足が向かなかった思い出の場所。来月、本契約の折りに帰省したら、ひとりで行ってみよう。

  2007.06.14

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• 実家で迎える母の誕生日。

  別に母の誕生日に合わせた訳ではないけれど、急遽実家へ帰ることになり、空港へ。到着して気がついた。予約便と40分違いでANAの神戸行きがあるじゃないか。いつも伊丹ばかり利用しているから、調べるのを忘れていた。伊丹空港からリムジンで三宮へ向かうのと、ポートアイランドの突端に出来た神戸空港からポートライナーに乗るのと、移動時間は、恐らくどっちもどっち。どうせ、今回は昨日から読み始めた「密約」（澤地久枝・著／岩波現代文庫）をずっと読み続けていたから、景色なんて関係なかったし。母との待ち合わせまでの間、北野の異人館街を歩く。高校時代にはよく歩き回ったお気に入りの場所。当時は、ほとんど訪れる人なんていなかった。それから異人館ブームがあって、随分とにぎわったものだけれど、ウイークデイだったせいか、人影もまばら。イスラム寺院のある辺りなんて、誰も歩いてない。それだけじゃないなあ、なんだかひどく寂れた印象がある。昼間だけじゃなく、夜も歩いてみないと判らないけど。三宮センター街へ行ってみる。人通りは相変わらずだけれど、華やかな印象は、ない。やっぱり大丸元町店を中心とした旧外人居留地辺りのほうが華やか。母と待ち合わせの喫茶店で、「密約」は読了。1970年代から80年代当時のあれこれに思いを馳せる。大学の講義で、この外務省秘密漏洩事件について現役新聞記者だった講師が取り上げたことがあったっけ。学生が灰皿を持ち込んで、講義中煙草を吸っていても誰もとがめないという異色の講義だった。夕食をどこで食べるか思案して、結局芦屋まで戻ることになる。買い物はともかく、食事は芦屋市内で十分。徐々に暮れていく空を眺めながら、走りの鱧を食べる幸せ。料理の余韻を楽しみながら実家に戻ると、伯母から自分史が届いていた。セピア色の家族の写真には、小学生時代の父が写っている。父の家族は、一時期芦屋に住んでいたことがあって、谷崎潤一郎の「細雪」にも出てくる六甲山の山津波（鉄砲水とも呼ばれた）にも遭遇した。大正時代から昭和時代にかけて、技術者としていくつかの会社を渡り歩いた祖父。その祖父とともに移り住んだ街の中では父も伯母も芦屋が一番気に入っていたらしい。だから、京都から阪神間に転居する必要に迫られたとき、父は迷わず芦屋に住もうと決めた。震災から12年経ち、最近は転入して来る家族が増えたのか、小さな子どもの姿をよく見かける。近所の公園では、休日になると小学生がドッジボールを楽しんでいたりする。街として再び活気を取り戻しつつあるのかな。それでいて、神戸はどうだろう。と、北野界隈や三宮の変化を思う。もはや地元の人とは言えない私に、あれこれ言われても嬉しくなんかないよね。明日は母の誕生日。誕生日を一緒に過ごすのは何十年ぶりなんだろう。そして、全く偶然に届いた伯母の自分史。このつながりのほうが驚きだし、今回の帰省も必然だったことになるのかな。

  2007.06.13

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• 人間らしい生活って……。

  ワークライフバランスという言葉をよく耳にする。ワークが先に来ているから、仕事と暮らしのバランスってことか？しかし、日々の暮らしの中に仕事というか働くという部分が含まれているんじゃないんだろうか。5年前、父が脳幹梗塞で倒れたとき、母が呆然として言った言葉がある。「人間らしい生活してたんだろうか？　」突然の入院騒ぎではらはらして、何となく容態が落ち着いたときにふと、家の中を見回して、あちこちほこりだらけだと気づいたらしい。そのときに、思わず出た言葉だった。父は開業医だったから、住職一緒で仕事のサイクルに合わせた生活がずっと続いていた。母はずっと父の片腕として日々、時間に追われるようだった。朝、8時になると階下に降りて、消毒を始める。8時半頃から患者さんが来所。そのままお昼過ぎまで診療が続き、昼食と休憩。夕方は5時から8時まで診療で、夕食はその後。合間をぬって家事や買い物をこなす。夏休みだからと娘を飛行機一人旅で実家へ送り出そうと思っても、母が迎えに行けるのは、木曜日と土曜日の午後か日曜日。こちらも実家の診療時間に合わせてスケジュールを立てるしか術はなかった。そんな毎日を、何十年も送って来た。一生懸命にいろいろこなして来たつもりだったのに、家中、ほこりだらけ！に見えたんだろう。「人間らしい生活をしてたんだろうか？　」とつぶやいた母の手は、しわくちゃで、すっかり老いていた。つぶやきにも、はっとさせられたけれど、母の手を見て、私はものすごく申し訳ないような気持ちになったことを覚えている。父が亡くなって、残務整理も終わり、今は趣味に生きる母。忙しさを楽しんでいるようにも見える。今は人間らしい生活、なのかな？でも、父と過ごした日々だって、自分たちで暮らしやすいように改善して行った末のスケジュールだったはず。父の晩年は、孫と家族旅行も楽しんだしね。自分たちなりにバランスを考えていたと思う。そうか、と今気がついた。父は、自分が倒れる翌年に引退を決めていたんだけれど、忍び寄る老いのスピードのほうがほんの少しだけ、速かったようだ。

  2007.05.31

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• 夫の誕生日のごちそうは……。

  夫の誕生日。どういう訳だか付き合いはじめの頃から、誕生日には東京を留守にしてばかりで現在に至る夫。今年は久しぶりに自宅で迎える。だから、あらかじめごちそうを約束しておいた。と言っても、私が作るのではなく、高級鮮魚店でお造りをというメニュー。外回りのコースが高級鮮魚店で終わるようにセッティング。ありがたいことに、偶然、今日のメインの仕事が同じ方向での取材だった。おすすめからお気に入りをひとつ、さらに水槽の中で元気に泳いでいるかわはぎをチョイス。お店の人が網ですくうとき、思わず「ごめんね～」とかわはぎに声をかけてしまう。「生きてるのをさばくのが一番美味しいんだよ」お店の人が苦笑い。もちろん承知してはおりますが、一応人情としてね。命を差し出していただいたからには、頭のてっぺんからしっぽに至るまで、無駄なく食べ切る覚悟。お造り以外の部分は袋に入れてもらい、美味しい食べ方も聞いておく。子どもの頃の魚屋さんへのおつかいは「これください」とお願いしてお刺身を、その場で造ってもらうのが当たり前だった。いつの間にか、盛り合わせになったものを買い求めるのが常になってしまったなあ。夜、夫の帰宅を待って食卓に並んだお刺身をほおばる。美味しい！特に、肝が秀逸。ほかの部分はお味噌汁にして平らげた。とっておきの秋田の地酒を取り出して、夫はさっさと酔っぱらっていた。「刺身にはこれ」、だってさ。このあと、場違いなハート形の濃厚チョコレートムースが「○○おたんじょうびおめでとう」とチョコレートで描かれた板チョコを乗せて登場。板チョコはお皿に載せられ、食べられることもなくテーブルの上に置かれていた。「明日食べるから」夫のこの言葉で、柄にもなくとても喜んでいることが伝わってくる。いくつになっても誕生日を祝ってもらえるのは嬉しいんだ。同じ日、学生時代の友人に、歳のひとまわりも若い友人と、あの人に、この人……、直接知っているだけで計5名が同じように家族から祝われていたんだろうな。誕生日の喜びはともかく。久しぶりにちゃんとした魚の買い方が出来たことに私としては驚きとともに大満足。何時も同じようにとは行かないけれど、やっぱり、その場でさばいてもらうとか、刺身として造ってもらうのが一番美味しいよ。何より、あてがいぶちのものから選ぶって状況を、こんなところから変えていきたいと思ってさ。

  2007.05.15

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• 地震を呼ぶ女。

  その行く先々、もしくは居住地で震度5以上の地震に見舞われる妹。「地震を呼ぶ女医」ととっさに命名したが、つい先ほど本人が「ほんと、そうなの。　全部震度5以上なんだもの、　嫌になっちゃう」と認めたので、本格的に命名することにした。阪神大震災の時には滋賀県在住で、住んでるところは震度5。岩手・宮城を襲った地震の際には花巻在住で、震度6弱を記録した水沢にあるスポーツクラブでトレーニング中だった。一昨年に宮城・福島地方が襲われたときには、福島在住で、このときは旅行中。しかし、今回は学会で富山にて遭遇、震度5。地震の前は、追突だった。スキー場で追突され、むち打ち症となったが、以降、2回、車を運転中に追突されている。あんまりよく当たるので、父が「あいつはよく当たる。　宝くじでも買ったら、　1等くらい当たるんとちゃうか？　」と思わず指摘、タクシー乗車中だったため、運転手さんにバカ受けだった。お払いでも受けたらどうか？と勧めたくなるけれど、ご本人には却下されるに決まってる。実は、大の宗教的儀礼嫌い。お札もお守りも絶対に受け取らない。ともあれ、地震に遭遇する割に、本人に災難が直接降り掛かることはないので、強運の持ち主と言えるかも。

  2007.03.25

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• 導かれて墓参り。

  お彼岸の中日。お昼にワンコの散歩に出かけたら、ご近所の名刹にお墓参りの車が殺到してちょっとした渋滞騒ぎ。人の墓参り風景を眺めている暇があったら、あんたたちもさっさと行きなさい！と、誰かに背中を押された気がした。で、もちろん帰宅後にはさっさと車で夫の実家のお墓へ向かう。お寺の傍のコインパーキングは満車。困ったなあと思っていたら、信号待ちの間に一台分、空いた。「絶対に、今のはお義母さまのご意志」「そうそう、来て欲しいって言ってる」娘と私が騒ぐと、夫も頷く。「僕もそう思った！」めでたく駐車完了。すでにお花が供えられていた。こちらはお線香をあげるだけ。少しだけ墓標が汚れていたので、娘と一緒にたわしでこすり落とす。ここのところ続いているお盆の墓参りで、それなりにやるべきことを承知している娘。自分の部屋の掃除もよろしく。遅い昼食を食べて、夕食の買い出し。どうしてもビビンバが食べたい私たち。本格的な韓国料理食材のお店には、絵に描いたようなナムルは置いてなかった。「ナムルって、混ぜるって言う意味なんだって。　だから、ほら、和え物になっちゃってるでしょ？　」娘が言う。あなた随分物知りねえ。お惣菜屋で求めていたものを発見。肉のそぼろは手作りと決めて、お次は、家の近所のホームセンターへ。大事な場所の寸法を測り忘れていたことが発覚し、買わずに帰る。それにしても、お寺の傍での駐車場の一件。偶然にしては見事なタイミングだったなあ。孝行息子には、あの世からも応援があるのか。

  2007.03.21

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• 簡単に少子高齢化を実感する方法。

  少子高齢社会を実感するための方法。自分ちの家族構成を姻戚関係にまで広げて少し遡ってみてみる。夫や私の祖父母まで遡っただけで、子だくさん。ただし、成人する前に亡くなった兄弟もいる。出生率も死亡率も高い。父の伯父のなかには戦地で亡くなった人がいる。両親たちの若かった時代。やや少子化傾向か。第二次世界大戦時に何歳であったかが、その人の生死の分かれ目であったりする。戦争は人為的行為。激化すれば、出生率も激減（あくまで参考資料）。そして私たちの時代。母は4人姉妹の末っ子、父は3人姉弟の末っ子。それぞれのきょうだいたちの成した子どもの数は2,1,3,3,3,計12名。そして私たち2名で、計14名。おお、人口停滞へ進んでいるかも。（7名がそれぞれ結婚して14名、　そこで生まれた子どもの数も14名。　将来的に人口は増えないという予測が立つ）夫の両親はそれぞれ2人兄弟と4人姉妹。うち1名は幼いころに亡くなった。それぞれに生まれた子どもの数は、3,2,3,2,2,計12名。ここでも人口停滞傾向か？さて、私たちの代ではどうだろう。夫の兄姉で計4名、私たちの間に1名。この先増えることはないだろうから、人口減少化？夫や私の従兄弟を眺めてみても、結婚年齢の高齢化や未婚化、ひとりっこが目立つ。家族構成の高齢化は進んでいる。当たり前だ。子どもたちが成長して、これから結婚、出産というイベントを迎える年頃。新たにお子さまが生まれて来なければ平均年齢を押し下げてはくれない。今のところ社会人が2名、学生（うち１人は社会人からの出戻り）2名、そして中学生1名。結婚や出産がいつになるかは未定。どこのご家庭でも同じような変遷をたどっているとは言えない。子宝に恵まれ続けるご家庭もある。とは言え、私の周辺では、少子高齢化が進んでいる。友人に関して言えば、もっと進行しているかも。未婚や、子どもを成さずしての離婚、DINKSが結構いるからね。

  2007.02.26

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• 風化する一方で誰かが継承している戦争の記憶。

  「硫黄島からの手紙」がゴールデングローブ賞の外国語映画部門で賞をとった。夫と観に行った直後だったので、ちょっとびっくり。母と私は、気になる新作映画についても、あれこれ情報交換している。かなり趣味が似ているので、「硫黄島からの手紙」は二人の観たい映画の筆頭に挙げられていた。「やっと観に行って来たのよ」母から電話があった。「何だか今一つだったわ」私たちも観に行って、二人とも、また観たいって思ったんだけれど。「あら、そうなの？」話をしてみて、どうやら日本陸軍の話だったところにぴんと来ない原因がありそう。祖父は海軍だったから。父は1月生まれで、終戦の年に召集された。召集先は陸軍で、海軍贔屓の母とはそこのところで折り合いが悪かった。当の昔に戦争は終わっているのに、陸軍だ、海軍だと言っても仕方がないと思うのだけれど。父が映画ファンだった関係で、京都に住んでいた頃は、毎週のように家族揃って映画を観に行っていた。まだ幼かった私と妹は、おとなの映画をじっと観ていられずに、映画館の中を走り回っていた。中でもある映画館については図面が引けるくらいに熟知していたくらい、いろんなところを覗きまわって歩いた。振り返れば、子どもの素行に関しておおらかな時代だったのだ。毎年、夏になると必ず戦争映画が封切られていた頃。太平洋戦争を描いた映画を観て家に帰ると、軍歌集を取り出して、軍歌を歌うのが常だった。昭和30年代なんて、まだまだ戦争の名残りが生活のそこここに残っていた時代でもあったんだ。夏の恒例だった戦争映画を最後に家族で観たのは1969年。「ああ海軍」と「ああ陸軍」の2本が封切られた。もちろん両方観て、観終わった後で、両親が揉めた。「どうせ陸軍はスマートじゃないよ」父が吐き捨てるように言っていた。鋭い方は、ここでお気付きになると思うけれど、母が海軍贔屓で、父が海軍に悪態をつくのは、すべて祖父が海軍の職業軍人だったというところにある。まあ、なんておとなげない。戦争映画を観続けて来たことと、おとなたちの日常会話に戦時のことがごく自然に出て来たことから、「みんなが語っている戦争が行なわれていたときには、　いったい何が起きていたのだろう」と疑問を感じ、小学生になった私は関連図書にのめり込んでいく。あの頃、次々に読破していった本は、今ではどの図書館にも置かれていない。（国会図書館の書庫にはあるはずだけれど）父は大正の最後の年に生まれ、母は国民学校に入学、卒業まで在籍していた唯一の年代。二人が育った社会的背景も、受けた教育もかなり異なる。旧制高等学校から帝国大学に入学した最後の人となった父と、新制中学一期生の母。ほら、なんだか180度違うでしょ？「お前は、昨日までこうだと言われていた価値観が、　一晩で180度転換してしまった経験があるのか？　」子どもの頃に、小生意気なことを言っては、こんな風に父に怒鳴られていた。その絶望と社会への憤り。父には申し訳ないけれど、経験したくない。二度と、国民に経験させてはいけないと思う。ときが流れていけば、記憶は風化していく。風化していくけれど、どこかで私のように風化した記憶を継承させられてしまった存在はいる。

  2007.01.19

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• 1.17を忘れない。

  夕方からの行政との会議に出席するため、指定された公営施設へ。会議室に入ると、男性係長が作業着姿に安全靴を履き、片手にヘルメットをぶら下げ、まるで現場監督さながらの出で立ちで立っていた。確か、今朝、別の場所であったときにはちゃんとスーツ姿でネクタイを締めていた。いったい彼に何が起きたんだ？「役所内での防災訓練に参加したんです」ああ、阪神・淡路大震災が起きた日だからだ。関東なのに偉いね。訓練は9月1日だけじゃないんだ。出身が被災地なので、私にとってはひと事ではない。実家では、引っ越し後も相変わらずミネラルウオータとウーロン茶を箱買いしているし、どこに住むかの話になると、地盤のことや津波の怖れなど、防災面からのチェックから始まる。これらは、みんなあの日以降の大きな変化だ。初めの大きな縦揺れを、母は覚えていないと言う。目が覚めたら、突然激しい揺れに襲われ、生きた心地がしなかった。父はいきなり大声で叫び出すし、どうなることかと思ったと振り返る。あのとき、父は激しい揺れで、自宅の階段が壊れてしまったに違いないと大変狼狽していたのだという。不自由なからだで、どうやって脱出すればよいのかと瞬時に不安のどん底に突き落とされたがゆえの絶叫だったらしい。誰よりも家族のことを守りたいと願っている人だったのに、自分のからだの自由も利かない状態で、心底不安になったのだろう。父が絶叫したことは、父が亡くなってから母が打ち明けた。3年前の中越地震のときには、自身の経験から、「阪神のときよりも、規模も被害も大きいかもしれない」と、指摘、実際、地震の規模は中越地震のときのほうが大きかった。私は震度5までしか経験していない。たった一度の経験で、見た目で地震の規模が推し量れるようになるなんて、震度7は、どれほどすごい揺れなんだろう。同じ日が命日の、友人の母上や妹の友人をはじめとする6434名の方々のご冥福を、こころからお祈り申し上げます。

  2007.01.17

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• 身近な誰もが望まないけど、どこかで誰かが望んでいる。

  インターネットで空席状況を確認しながら、有楽町へ夫と共に映画を観に行く。念願の「硫黄島からの手紙」。夫婦50割が使えるようになってから、なんだか一緒に行かないと損をしたような気分になる。だって、二人で2000円だよ。「歳を取ってよかったと思えることがあってよかったね」って、いつも映画館を後にしながら言い合う。観終わって、思わずもう一度観たいと思ってしまった。二宮君って、いい役者さんだなあ。とっても自然な科白のやりとりが新鮮だった。「クリント・イーストウッドはリハーサルを行なわない」とパンフレットに書かれていた。雑談しながら、そっと「Ready?」なんて声をかけ、そのまま本番が始まるんだって。なるほどなあ。それと同じ意味合いで、「何テイクか撮影するけれど、　いちばん初めのカットがベスト」という彼の指摘には、思い切り頷く。仕事で人物写真を撮ることがよくあるんだけれど、やはり1枚目がいちばん素直でいい笑顔。素人さんだからって思ってたけれど、それだけじゃないのかもしれない。内容については、今さらここで説明するまでもない。硫黄島での死闘を日本軍側から描いている。飛行場を作るのに最適な地形で、しかもこの島を米軍に占領されれば、米軍の本土空爆が本格化する。だから、駐留する部隊としては１日でも長く抵抗し、米軍の占領下に入るのを阻む使命を持っている。渡辺謙扮する師団長・栗林中将は、アメリカ留学経験を持ち、カナダにも駐在経験のある知米家で、アメリカ人の友人も多い。最後まで日米開戦に反対していたのは、アメリカの国力を日本の誰よりも知っていたからだ。ということは、逆から見れば、アメリカの戦略、戦い方を熟知していたと言える。個人的には、戦う相手のことを徹底的に研究し、知り尽くさなければ、勝つ手立ても見つからないと考える。勝利して、相手を占領下においたとき、やはり相手の国の言葉や文化を理解していなければ、統治にも成功しないだろう。けれども、当時の日本はどうだったのかな。鬼畜米英なんて言って、国民を煽ってたよね。それも戦時下に国力を集中させるために必要なことではあったのだろうけれど、当時の記録や母の話などから、あの頃行なわれていたことを思うと、それだけで負けが見えていたような気がする。もちろん、今だから偉そうに言えることなんだろうけれど。栗林中将は、アメリカに深い親しみを抱いていただろうに、直接戦わなければならなかった。彼は戦闘を指揮する立場にあったし、戦いを有利に進めるための戦略・知略も持っていた。自分の大切な家族を守るためにも、職務を遂行するためにもそれはやらねばならないことだったんだ。映画が終わりに近づくに連れて、軍医だった祖父が、戦争についてほとんど語ろうとしなかった理由がなんとなく理解出来たような気がした。実は、出かける直前まで、ケーブルテレビでキューバ危機回避の顛末を取り上げた「13デイズ」を観ていた。あのときは、まさに一触即発だった。って、当時私はほんの子どもだったから、詳細を把握していた訳じゃない。でも、米ソ開戦が回避されたのは事実だ。栗林中将が生きていたら、どのように受け止めただろうか。同じように、軍医だったとはいえ、職業軍人だった祖父はどのような感慨を持って、事態の推移を眺めていただろう。「もちろん、一般の国民は戦争を望みません。　ソ連でもイギリスでもアメリカでも、　そしてドイツでもそれは同じです。　でも、指導者にとって、戦争を起こすことは　それほど難しくありません。　国民に向かって、我々は今、　攻撃されかけているのだと危機を煽り、　平和主義者に対しては、愛国心が欠けている　と非難すればよいのです。　このやりかたは、どんな国でも有効です」ナチス最高幹部へルマン・ゲーリングの言葉だ。（「世界を信じるためのメソッド　　ぼくらの時代のメディア・リテラシー」　　森達也・著／理論社・刊より）

  2007.01.14

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• バトンをつなぐ瞬間。

  夫の実家へ。昨年夏に義母が突然亡くなり、現在は義父と義兄夫婦の3人暮し。義兄夫婦は共に元旦から仕事で、この連休が、ようやくの正月休みとか。聞けば、現在アメリカ留学中の甥が飼っていた老猫が、とうとう年末に亡くなったという。元気だった頃は、いつも義父の後ろをついて回っていた。ここ数年はすっかり衰えて、家の中で寝そべる姿が目立つように。義兄が、猫の遺骨の入った壷を見せてくれる。小さい。藍色のきれいな袋に入れられていた。「わっ、驚いた！　おふくろの骨壷って、こんなに小さかったっけって　一瞬思っちゃったよ」驚く夫。そんなことあるはずないじゃん、あなたのお母さまは、すでにお墓の中だよ。お連れ合いをとても大切にしていらした義父は認知症がかなり進んでいる。もともと穏やかな方で、認知症が進んでからも、さらに穏やか。ただし、記憶力の低下が甚だしく、その日何をしたのか問うても、答えられない。話していると、突然「あなたはどなたでしたっけ？　」と尋ねられることもあったが、最早そういうリアクションすら期待出来ない。私たちの話を聞くともなしに、静かに座っていらっしゃるだけだ。それでも猫が亡くなった悲しみが深いようで、時折「猫はどんなふうに寝ていたっけね」とお尋ねになる。長年連れ添った妻に続いて、猫も……。すっかり、お寂しくなられましたね。その傍らで、一周忌の予定を相談する。みんな忙しいので、今のうちに押さえておかないと決まらない。というか、既に埋まりつつあるスケジュールの空きの中で決めるしかない。今日の訪問だって、何度も連絡を取り合ってようやく決まったくらいだ。「同じ地域に住んでいても、なかなか会えないんだ。　君たちが年に2回しか会えなくても仕方がないんじゃないか？　」あの不機嫌な妹のことね。いいの。たまに仕事で東京に来るときに連絡があるし。実家も母ひとりになっちゃったし、だんだん寂しくなっていくよね。不機嫌というよりは寂寥感が漂う話。この先は、自分たちのことよりも、甥やわが家の娘など、子どもたちの先行きが気がかりな世代でもあるね。まずは「サクラサク」からだな。相田みつをさんの「いのちのバトン」の受け渡しが、行なわれている真っ最中という実感があるよ。

  2007.01.07

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• 快適な休暇を過ごすための儀式。

  実家ってさ、恐らく最後の砦みたいな存在。同じく家族という存在も、ね。そこでは、気兼ねなく振る舞えるし、話せる。何をしても受け入れてもらえる。ひとりで奮闘し続けている妹にとって、実家も私たち家族も、そんな存在なんだよ、きっと。長く住み慣れた家という存在のすごさについては、阪神大震災で思い知らされた。単身、両親の元へ帰り、ようやく開通した電車に乗って、母と二人、芦屋の家に辿り着いたとき、私たちの家は、何事もなかったかのように迎え入れてくれた。あのときの安堵感は、例えようもなかったよ。これがもし崩れていたら、途方もない喪失感を味わっていたはず。だから、家族はもとより、家を失ってしまった方々を襲った哀しみや痛み、立ち直れそうにないほどの疎外感のようなものをどうしても想像してしまう。さらに、妹が感じている実家に対する“最後の砦”的なイメージ、とらえ方についても。娘の慰労を兼ねて、関西での最後の夜はカラオケに出かけた。友人に会いに出かけた妹も、途中から参加、十八番の「枯葉」をフランス語で歌った。早口のフランス語はもちろん現場仕込み。フレンチ・バージョンがなかったにもかかわらず、嬉々として歌っていた。帰りはみんな気分爽快、すっかりリフレッシュしてた。そうか。今度から、みんなで集う休みのはじめには、まずカラオケに出かけよう。そうすりゃ、余計な愚痴や暴言を吐く前に、日頃の憂さも晴れるってもんだ。歳を取るうちに、だんだん頭の切り替えが難しくなって行くんだ。背負っているものが重くなっていくからか、それとも頭がどんどん固くなっていくからか。だったら、そこに仕掛けを工夫すればいい。大切な“最後の砦”だからこそ、守りたい心地よさ、過ごし良さというものもある。そこで過ごす、自分以外の家族という存在もいるからさ。家族あっての砦でもあるのだから。砦に入る儀式も、快適な休暇を過ごすためには必要らしい。カラオケのおかげで、不機嫌は少し遠くに去って行った。まだ、完全ではないけれど。子どもの頃、そういえば、家族4人でよく歌を歌っていたね。クリスマスの夕餉、誰かの誕生日ディナー。あれも、家族を心地よくさせる儀式だったのかな。

  2007.01.02

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• 不機嫌な元旦。

  父はとても寡黙な人として、周囲の人たちに受け入れられていた。まあ、それは外向きの顔。家庭内では寡黙とまでは言わないけれど、強いて言えば、若い頃は口より先に手が出るタイプだったかもしれない。外向きには寡黙で通すから、その跳ね返りは相当なもので、夕食後に、よく癇癪を起こすことがあった。外で我慢していたものが、一気に吹き出す。あるときは、その怒声に驚いて、わが家に飛び込んで来たので飼っていた鳥が、鳥かごに頭を打ち付けて死んでしまったことがある。50歳で脳梗塞に倒れるまでは、時折起こす癇癪が、うさを晴らしになっていたかもしれない。今、書き出すまで、そのことを忘れていたよ。だって、病気後の父は、ほんとおだやかだったもの。もちろん短気ですぐに苛立つところは変わらない。命取りになった大発作だって、その性格が引き金になったきらいがある。さて、元旦の朝。皆が起きだして食卓につく。夫が持参した東北の辛口の酒をお屠蘇代わりに乾杯。料亭のおせちを突つきながら、なごやかな雰囲気。車を運転する予定のある夫はおちょこに一杯のみ。日が暮れないと飲まないことに決めている私と、ワインをグラスに1、2杯が限度の母は飲まない。とすれば、ひとりでご機嫌になるのは妹。こいつには、あまり飲ませないほうがいいんだけれど、自称：健康体の医者だから、誰も引き止められない。お年玉をもらい、ご機嫌の娘が、まず去る。夫も犬の散歩と称して席を立つ。それまでは楽しげに近況報告を語っていた妹の話の内容が変わって行く。同僚を含めた医療界の人々の、表には出て来ない裏事情。全く関係のないこちらには、聞いていて気分の悪くなる内容だ。何とか話題を変えようと試みるのだが、寡黙な父の元に、よくも生まれて来たというくらいにしゃべり出したら止まらない、元祖口先娘の妹だから、上手くかわされてしまう。わが家を、不機嫌が覆う。母と二人で、食卓を片付けはじめる。おちょこととっくりだけ残されて、ようやく妹が席を立つ。やれやれ。昨年は大きなシンポジウムのオーガナイザーを務め、それはそれは多忙だった妹。いろいろと腹に据えかねることも重なったことだろう。その跳ね返りが、医療界全体への悪態をつく形で表われたのだと思うことにする。困るのは、悪態を聞かされるだけじゃ終わらないことだ。このあとは、医者だらけの親戚から届いた年賀状を読みながら、その近況を聞いて発せられる居丈高な発言に、娘の勉強のやり方への批判、わが家のワンコの素行への非難などが続く。体調が悪くてよかった。良好ならば、売り言葉に買い言葉で正月早々姉妹ゲンカで、もっと険悪な事態を私が引き起こしていたかも知れない。奥の寝室で横になりながら、時折聞こえて来る妹による昨年のわが家の“診断結果”（マイナス要因列挙）に溜息をつく。たまには、よいところも見つけてくれないかなあ。じいじ、元気だった頃のあなたそっくりに、あなたの職業的後継者が振る舞っておりますわ。というか、相当バージョンアップしてます。この件に関しては、完全に父を抜いたと言えますねえ。誰か、あの暴言を止めてくれ。

  2007.01.01

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• 不機嫌がやって来る。

  のんびりと午後を過ごしていたら、妹から電話がかかってきた。どうやらこちらへ向かう新幹線に乗れたようだ。のぞみの最終で午後11時45分新大阪到着。家に着くのは日付けが変わってから。やっぱり、年内には帰れないのか。毎年、妹がいつ到着するのかが、家族の密かな関心事。本人も読めないスケジュールだけに、声には出さないけれども、誰もが気にかけている。昨年の年末年始を妹のところで過ごしてみて、誰もが納得。だって、年賀状の数が膨大で、おまけに論文や診察などの業務があって、それを誰の手も借りずにひとりで抱え込んでいるんだもの。そんなところへ招くもんだから、家族のみんなを不機嫌な気分に巻き込んだ。昨年は東京の狭いわが家に到着するや否や、「ああ、やっとお正月気分になれた」と、家族みんながほっとしたくらい。今年も（時間的には新年か）、あの不機嫌さを抱えたまま、現われるんだろうな。体調不良もあって、私は早々に寝床に潜り込む。家族のみなさま、どうかよいお年を！

  2006.12.31

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• ドライブの締めくくりはごちそうの買い出し。

  振り返ってみれば、現在の場所で生活するのは30年ぶり。もっとも、盆暮れはここで過ごしていたから、ほとんど違和感はない。ただし、一旦父仕事場兼住居に立ち寄って、滞在用の荷物と共にこちらへ移動という別荘生活は、なかなか手間のかかるものだった。私たちが東京へ帰る日には、滞在中に溜まったゴミ袋も車に詰めて、仕事場兼住居に持ち帰る。今回から、そういった手間は無用になった。震災などがあったので、それなりに街並は変わったけれど、このあたりは、それほど大きな変化はない。ただし、街中に住んでいると、住居を手入れするための道具が手に入りにくくなった。母の要望で、埋め立て地にあるDIYセンターへ出かける。出入りの工務店さんも御用達のお店でもあるらしく、店内に並んだ庭用のシンクの候補を携帯電話のカメラで撮影し、「このなかのどれにいたしましょう？　」などと打ち合わせ用の書類に添えられていたりするらしい。「一度行ってみたかったのよね」様々なものが並んでいる広い店内で、満足そうな母。壁紙やカーテンレールなどを見ると、あれこれ創作意欲も湧くらしい。午後は、娘の気分転換も兼ねて、神戸方面へ。まずは神戸空港を目指す。11月の引っ越しの手伝いが実現していれば、帰りはここから飛行機に乗って帰る予定だった。「植物園がある」との母の言葉に、そんなものが出来たのかと思っていたら、巨大な温室が横たわっていたので、寄ってみる。「神戸花鳥園」。静岡県にもいくつか同様の施設があるらしい。巨大な温室の中で、熱帯の植物と鳥を育てている。ちょうどふくろうの餌付けショーが始まるところだった。大きなふくろうが、飼育係の人の声に合わせて、ゆうゆうと飛び回る。傍らには、ハリー・ポッターの相棒、白ふくろうもいた。別の場所では、色とりどりの鳥が、網の中で放し飼いにされていて、餌をやったり、手に乗せたり出来る。お互いを感染から守るよう随所に手洗い場がある。ノロウイルスも怖いけれど、オウムなどからの感染も怖い。鳥から見れば、逆なんだろうな。娘は早速ふくろうの写真をメールで友人に送っていた。思いがけず観光気分に浸った後は、元町へ大晦日のごちそうの買い出し。大晦日と言えば、わが家では“てっちり”。父が生きていた頃から、変わらない。天然のトラフグが丸ごと売られていて、その大きさにびっくり。クエも、とても珍しい魚だけれど、フグの大きさのほうに、どうしても関心が向く。もちろん、わが家で買うのは養殖物の安いフグなんだけれどね。富山県氷見のブリも置いてある。関西のデパートって、どうしてこうも贅沢な食材が豊富なんだろう。「おなかが空いてるから、　なんでも美味しそうに見えるね」なんて言い合いながら、お惣菜売り場のすみずみまでしっかりと見届けて帰る。父が私たちに教えてくれた食いしん坊家族なところは、これからもきっと変わらない。

  2006.12.30

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• 冬の民族大移動。

  恒例の帰省。とは言え、年末年始を関西の実家で迎えるのは2年ぶり。ゆったりと実家で過ごすのも2年ぶりのこと。父が入院中のある年末は空港から車で病院へ直行し、父を見舞った後にお気に入りのレストランで食事をしたことがある。あのときは、確か、大晦日に帰ったのだったっけ。まだワンコはいなかった。今年は、いつもより少しだけゆとりのある日程。空港でワンコを引き取り、そのまま車で実家へ。ワンコ連れではレストランには入れないからね。実家へ帰るたびに、そのカジュアルなレストランでチキンの香草焼きとたらばがにのパスタを食べるのが私たちの楽しみの一つ。滞在中、何時行こうかと話し合うのも、楽しい。荷物を広げてばたばたしていたら、いつの間にか、母と夫と娘の3人で、「今日のディナーを」と決定していた。家が2軒に分かれていた頃は、食材の買い出しも夫と私の役目だったが、すでに1軒に落ち着いているので、買い出しの必要はない。父が亡くなり、病院通いも必要がなくなった。亡くなって初めて迎えたお正月は阪神地方には珍しく大雪で、「山の上の病院へは、もう来なくていいからね」と父に言われているかのようだった。父がお世話になった病院は山の上で、雪が降ったら、それこそ通行止めになりそうな斜面を登って行かねばならない場所にあったのだ。この年末も、実は雪の心配があって、旅立つ前日にレンタカー店へ確認の連絡を入れた。ノーマルタイヤで滑り止めなし。丸腰で雪に見舞われる怖れがあったが、そこのところは、今回免れた。何十年かぶりに“六甲おろし”の冷たさを感じたけれど。トランクに参考書や問題集を詰め込んで、娘はここでも勉強三昧。こうして冬の休暇が始まった。

  2006.12.29

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• 死んでもいいから、一緒に暮らしたい。

  父の訃報を聞いて帰宅、母に電話をして不在を詫びてから、改めて、父のことを思い描いてみた。何かの折りに触れては、いつもひとりで行なってきたこと。私と父との距離を狭めてくれるおまじない。「じいじ」と心の中で呟き、病室に横たわる父のことを思う。それまでなら、このおまじないのたびに、どこからともなく、温かいものが伝わってきた。離れていても、父を感じることが出来た。みえない糸でつながれた、私と父との絆のようなもの。それが遮断され、もう何も伝わってこない。改めて、父が既にこの世のものではないことを感じる。どんな姿になっても、生きていてくれさえすれば、それでいい。そう思いながら2年半、暮らしてきたのだ。本来ならば、近くにいて、もっともっと寄り添っていたかった。逆に、もし、私が父の立場になったら何を望むのかについてもじっくりと考えていた。Living Willという考え方。「余命わずかとなったとき、　あなたは残りの人生を、どのように過ごしたいですか？」ということについて、カナダでは、とても細かな質問項目を用意している。父が倒れた直後に、カナダ政府関連のサイトから直接ダウンロードした。初めは、細かな質問項目に何も答えることが出来なかった。それが、父を見守り、いつかは在宅介護をというはかない望みを託そうとホームヘルパー2級取得講座を受講するうちに、答えられるようになっていった。「死が早まってもいいから、　家族と一緒に暮らしたい」それがLiving Willに関する私の結論だ。家族である私と、本人としての私とでは、願いは矛盾している。父も同じだったかもしれない。ごめんね、じいじ。

  2006.11.29

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• 遺品整理と引っ越しと。

  2軒分の荷物を1軒に……。引っ越し後も荷物の整理に終われる日々を送る母。今日は、父が生前買い集めた絵を、屋根裏の収納庫に納めたと言う。あとはビデオテープにCDの山、さらには洋服のさらなる整理、さらにさらに棚づくり……と、まだまだ続く。先週末は妹が助っ人に登場したのだが、11回の引っ越し経験を持ち、すぐに何でも処分してしまう妹と30年来物を溜め込んで捨てられない母とは、物の整理に対するスタンスが正反対。タンスの位置や中に納めるものの変更等を次々と指示され、「私のおうちなのに」と母はかなりご不満だった様子。妹は妹で、「なんで玄関入ったとたんに、靴箱が並んでいるの？　天井まであるりっぱな靴箱を作った癖に。　入り切らないなんて、信じられない！」と、物の多さに呆れ返っている。いやあ、靴のためにひと部屋作ったくらいの人だから……。もともときつい口調の妹に叱咤されるのは、私だって避けられるものなら避けたい。妹は週明けまでいるつもりだったらしいが、結局日曜のうちに母に追い返された。「やっと帰って行ったわ」電話の声が弾んでいた。ふうっ、お疲れさま。今日は今日で、絵の整理をしながら、「どうして、こう訳の解らない絵ばっかり買ったのよ」と父に向かって文句を言い続けていたと言う。「どんなに嫌みを言っても、　飾ってある写真はにこにこ笑ってるもの、　何言ったって平気よ」はあ、最早返答のしようがないですからね。父の遺品整理を兼ねての引っ越しだけに、ご本人はご本人で、草葉の陰で、すまんなあと苦笑いしているかもしれない。生きてきた時間の長さの分だけ、物も思い出も増えていくからなあ。多趣味な父と買い物大好きな母という組み合わせだったから、なおさらだわ。明日の命日ぐらいは、心静かに偲ぶ時間がもてるといいね。

  2006.11.23

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• 再び巡り来る、テスト最終日と命日。

  明日からいよいよ期末テスト。この結果が高校受験の内申点を導き出す。「私にとっては入試と同じだから、頑張る」推薦で私立校を狙う娘の友人のひとりが、こう言って、テストに臨む覚悟を表明したという。2日間のテストの日程は、間に勤労感謝の日をはさんでいる。娘が中1のとき、2学期の期末テストの日程表を見て、「何だ、この日程は？」と驚き呆れた。週末明けにテストが始まるのはともかくとして、翌日は勤労感謝の日。つまり週末は勉強して初日を迎え、翌日もしっかり勉強して2日目に備えよ……。よほど勉強させたいんだなあ、この学校は。で、実際に期末テストが近づいてくると、別な心配事が持ち上がり、気が気じゃなくなってくる。そう、父の余命があとわずか。目に入れてもいたくない孫娘の大事なテストだから、教育熱心なじいじとしては、受けられないようなことにはならないよね？いささか不謹慎なようだけれど、そんなことまで考えた。危篤と聞いて駆け付けたものの、余命については明らかにされることなく、帰宅。「次は、期末テストが終わってからね」と本人の前では声に出して言ったりはしなかったけれど、あとでこっそり母に打ち明けた。東京に戻ってからの私のスケジュールはひたすらデータとの格闘。あるアンケートの集計結果をグラフにして誌面を作ること。PCに向かっていると、あっという間に一日が過ぎる。テスト直前の週末も、娘も私もお互いのやるべきことに忙殺された。ともかく何かをしていないと、気持ちがどんどん落ち込む。週明け、作り終えた誌面を印刷会社の人に渡し、ほっと一息。でも、子どものほうはまだ終わってない。娘には悪いが、23日は外出させてもらう。新しいアイシャドーと、赤いスカートが欲しい。落ち込む気持ちを、なんとか引き上げたい一心で都心へ向かう。とうとうテスト最終日。朝から夜まで外出の予定がびっしり。娘には昼食を用意して、夕飯は夫に託して出かける。昨日買ったばかりの赤いスカート。メイクは、これもおニューのアイシャドー。「あら、ちゃんとお化粧しているし、　随分華やいだ感じね」と、めざとい知人に言われて、ちょっとはにかむ。夜は月に一度の連続講座。講座後は、主催者として、講師や受講者の皆様と食事。遠路はるばる起こしいただいた講師を駅のホームまでお見送りし、受講者の１人と最寄り駅で下車。酔い覚ましにコーヒーを飲みに喫茶店へ。ここで初めて気がつく。携帯電話が震えている。講座開始時には、テーブルの上でスタンバイさせていたのだが、終了時までは何の異変もなかった。その後は移動に、歓談、お見送りと気づく暇もなかった……。「着信あり」が30件近く。ほとんどが自宅か娘の携帯電話からだ。あわててコールバックする。「1時間ほど前にじいじが亡くなりました」娘の声は落ち着いていた。居合わせた人に告げ、喫茶店を出る。顔を見合わせ、思わず抱き合って泣いた。もう飛行機も新幹線も動いてない。出来ることは、家に帰って母に連絡し、明日の準備をすることだけだ。「タクシーに乗って帰れば？」という有り難い提案を断って、そのままひとりで歩き出す。後に知ったのは、妹も、その日の夜は久しぶりに同僚と食事に出かけ、やはり深夜の御帰還で、父の愛娘二人は、“父の最期の時”に親しい人と談笑していたということだ。最期の最期まで、心憎いばかりの気遣いの人だったんだ！確かにそういう気遣いをする人だった。娘の学校の期末テストの日程は、この3年間全く変わらない。テストの最終日まであと3日。

  2006.11.21

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• あなたに会えてよかった。

  大切な家族や友人に、「生まれてこなきゃよかった」なんて言われたら、どうする？私は、そんな言葉は聞きたくない。遺伝子のつながりだけじゃない。遺伝子がつながっていく背景には、遺伝子こそつながっていないものの、たくさんの人の出会いが介在する。そのひとつが欠けただけで、もう、私はこの世に存在しないし、何より、大好きなあなたに出会えない。例えば、自分から遡る形の家系図のようなものを書いてみる。私と妹→両親→その兄弟とそのまた両親→……。どんどん増える遺伝子のつながり。このつながりの、どれか一つでも欠ければ、現在の私は存在しない。父にも母にも、妹にも、夫や娘にも会えなかった……。私と夫を罫でつなげれば、そこから娘へ。夫の方にも、夫の兄弟や両親、その兄弟とその両親……と。さらに遺伝子のつながりは広がって行く。この家系図の名前は、「○○ちゃんの遺伝子」。一番下に来る人の名前が入る。昨日、出会った絵本「すばらしきかな、人生！」（原題：It's a Wonderful Life forKids!／　Jimmy Howkins・著／Douglus B. Jones・絵／　片岡しのぶ・訳／あすなろ書房・発行）を読みながら、「○○ちゃんの遺伝子」のことを思い出していた。これは、60年前のアメリカ映画「素晴らしき哉、人生！」に子役として出演したJimmy Howkinsが、オリジナルストーリーを再現すべく、主人公を少年に変えて書いたもの。映画は、「クリスマスキャロル」や「34丁目の奇跡」などと共に、クリスマスシーズンになると、アメリカではクリスマスの定番として親しまれているという。夜になっても帰らない末っ子のトミーを心配する家族。誰もが「トミーが無事に帰りますようにと」と祈っている。その祈りは天に届き、見習い天使のアーサーが遣わされる。トミーはある失敗が元で、「もう、家に帰れない」と失意のどん底。アーサーは、先輩天使のクレランスとともに、まずはトミーの生い立ちを追う。幼い頃から機転がきき、心優しいトミー。多くの人を支え、みんなに愛されている。なぜ、トミーが家出を考えるほどに追い詰められているのか。トミーを追い詰めた事件も、元はと言えば、人助けやお手伝いに一生懸命だったがゆえのことだった。橋の上に佇むトミーにアーサーが声をかける。アーサーと話すうち、「ああ、ぼく、生まれてこなきゃよかった！」と叫ぶトミー。「きみの願いどおりにしてあげよう。　いいかい、きみは生まれてこなかったんだよ」と言いながらアーサーは、トミーが生まれてこなかった世界を見せに連れて行く。続きは、本屋さんでどうぞ。実はこれ、親しくさせていただいている絵本屋のオーナーさんから、「今の時期こそ、子どもたちに読んでもらいたい絵本」として、紹介されたものなんだ。ほら、絵本と巡り会うのだって、こうやって誰かとの出会いが介在してる。ともかく、私は、あなたに会えてよかった！と、出会いに感謝しているよ。

  2006.11.15

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• 命が尽きるとき。

  2、3日前から、急に父が近しく感じられるようになった。命日まであと10日。もしかしたら、そのせいかもしれない。ちょうど2年前の今日、父と最期のお別れをした。亡くなる前に、もう一度会いたいと願っていたが、本人が望んでいなかったのか、生きて会うことはなかった。亡くなる2年半ほど前に倒れ、入院生活が続いていた。入院2年目を迎える少し前から誤嚥性肺炎を繰り返し、緊急病棟に留まっていた。そろそろ療養病棟へ戻れそうだという状態に回復しては再び吐いて容態が悪化することの繰り返し。倒れて以来、毎月のように会いに行っていたが、その頃には、会うたびに、徐々に衰弱して行くのが分かった。亡くなる10日程前に、母から連絡が入った。「もう、これ以上もたないと主治医が言っている。　会わせたい人がいたら、今のうちにって」ちょうど週末直前。娘には予定をキャンセルさせ、あわてて飛行機のチケットを予約。帰りは満席で、新幹線のチケットしかとれなかった。ICUの一番奥のベッドで、モニターだらけの父が寝ていた。娘が声をかけると、いつものように全身で喜びを表わす。話すことも動くことも出来ないからだ。けれども、家族の私たちには、微かな表情の変化から、父の気持ちを読み取ることが出来た。何より、全身から伝わってくるものがある。これで会えるのは最期かもしれない。娘は父の全身をさすり続けていた。心臓の動きを示すモニターからは、素人の私が見ても驚愕するほど心臓の機能が、まさに息絶え絶えであることが読み取れた。「いつまで、もつんでしょうか？」私の問いに、主治医からの答えはなかった。後日、妹が同じ質問を行なっても、同じだった。最初に脳梗塞で倒れたのが、30年前。入院治療とリハビリで現場復帰を果たし、以来25年間、母と二人三脚で仕事を続けた。父が最も恐れていたのは、次の大発作。いつ訪れるかはわからないが、次に大発作が来たときには出来ることなら生還出来ないことを祈ると妹には話していたようだ。何故なら、恐らくは動くことも話すこともままならない状態となり、家族に多大な迷惑をかけることになるから。果たして、脳幹梗塞を含む多発性脳梗塞で倒れた後、父自身が最も恐れていた事態が訪れた。倒れた日に、妹がICUに到着、父に声をかけるや否や父は全身で哀しみを表現した。「パパが一番恐れていたことが起きてしまったね」妹は、慰めようがないという表情で答えた。誰よりも、本人が最も辛い。「殺してくれ」と哀願することも、自らの力で命を断つことも出来ない。輸液の力によって、栄養が常に送り続けられ、生かされるだけ。「言葉が話せなくなってくれて、よかった。　もし、話せたら、何を言われるか。　聞かされずに済んで、本当によかった」これは、母が絞り出すように語った言葉だ。父が倒れてから2年半の間に、私たちに伝え続けてくれたものは、とてつもなく大きい。

  2006.11.14

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• 黄金糖。

  母の引っ越しの手伝いのため、1年10カ月ぶりに実家へ。父が入院していた頃は毎月のように飛行機で通っていたのに、なぜかここのところはご無沙汰。夏の休みは、お墓参りになっちゃったからね。東海道新幹線に乗るのは2年ぶり。飛行機にすればよかったと、後悔した。車窓から遠くを眺めて眼を休めようとしたのに、目の前をいろんなものが飛び交う。ああ、だめだ、ものすごく疲れる。ふらふらしながらも、なんとか実家に辿り着く。母には内緒だった眼の病気のことを伝えると、「中心性網膜炎って言ったっけ？　パパもなったことあるのよ」げげっ、そうですか。同じ症状に悩んだ方に初めて遭遇しましたわ。もっとも、どんなだったか、ご本人には確かめられないけれど。で、どのくらいで治ったの？「さあ、3カ月ぐらいかなあ」そうですか、私は半年くらいかかりそうなんだけど。気を取り直して、片づけものに着手。なんといっても30年近く溜まりに溜まった衣類の山。それに一族の性とも言える本の山。本のほうは、箱に詰めるだけなのだが、衣類は処分するべきものの選別が課題。母の衣類の選別は母にしか出来ないけれど、父のものは、こちらの領分。というのも、父亡きあとわが家の男性は、私の夫１人になってしまったからだ。着古した下着やシャツなどはゴミ袋へ直行するとして、コートやジャケット、スーツ、背広、セーターなど、捨てるには惜しいものがたくさんある。「あんまり押し付けちゃうと、　おたくの買い物の楽しみがなくなっちゃうわね」と母。まあ、ね。あれで、結構こだわってるところがあるからなあ。ひとまず選別して、最終判断は夫に任せるということで。ジャケットのポケットに何か入っているらしく、ガサガサと音がする。手を入れてみると……。キャンディーの包み紙用フィルムが2枚出て来た。「わ、これ、黄金糖だ」「ほんと」ポケットのしつけ糸がついたままのジャケット。これは真新しいのかしら？と思いながら広げると、やはりポケットの辺りに何やら入っている手触りが。仕付け糸をほどいて手を入れてみると、これもまた、キャンディーの包み紙用フィルムが2枚。「ここにも入ってる」「大好きだったからねえ、黄金糖」「愛されていたんだねえ、黄金糖」母とふたりで大笑い。療養のために禁煙を決心した父は、口寂しさを紛らわすために、いつも黄金糖をなめるようになった。タバコには眼もくれなくなった後も、お口の友として欠かせないものになり、キャンディーボックスが用意され、いつもそこでは黄金糖が父のお呼びを待っていた。ハワイの免税店で購入、帰国時に着用したまま行方不明になっていたハーフコートも無事に発見された。ハワイ旅行にも黄金糖はお供をしたのだが、さすがに包み紙は入っていなかった。「ここんちには、ブラックホールはないみたいね」と、わが家の顛末を披露すると、「でも、4年も行方不明だったのよ」と母。形見の山ではあるけれど、これをすべて残しておくことは出来ない。ポケットから発見された包み紙も、ね。でも、私たちの心の中に、父との日々は、父への思いはいつも生きている。ああ、ついでに、現在のめまいのようなこの症状も。

  2006.10.07

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• 車椅子の落ち着き先。

  父が亡くなって、そろそろ2年。仕事場兼住居と盆暮れの家族集合用“別荘”に分かれていた実家のうち1軒を処分することになった。2軒は車で30分の距離。閑静な住宅街にあり、面積も広い“別荘”を残すこととなり、このほど水回りのリフォームを終えた。もっともこれは、うちの娘の強硬な要望に基づく決定だ。2軒分の荷物を1軒分に納めるのだから引っ越しにあたって処分するものが大量にあり、母は日々、その仕分けに追われている。父が倒れてから、いきなり一人暮しとなった母のために毎日のように電話をかけるようになった。電話代もバカにならないので、早速IP電話を導入。気楽にかけられる分、たまに長電話になってしまうのが玉に傷だ。で、目下の話題は来月に予定されている引っ越し。特に、どれを処分するかの相談が多い。今日のテーマは車椅子とリハビリ用の折り畳み式バーだった。長時間使用することもあるからと奮発して購入、ハワイ旅行でも活躍した父愛用の車椅子なのだが、保管しておく場所がないというのが悩み。「いっそのこと、どこかへ寄付しようか」と母。ちょうど母が参加している朗読の会のつながりで、社会福祉協議会のバザーに大量出品を予定している。折り畳み式バーは、全く新品で届いたときのまま、梱包も解いていないという。「せっかく届いたと思ったら、倒れちゃったのよね」密かに立案された自宅でリハビリ増強計画の頓挫が発覚。新品なら、バザーに出品もできるし、売れなくても、それこそ社会福祉協議会に相談すればいい。こちらは直に一件落着する。じゃあ、車椅子は？せっかくの形見だし、いずれはお世話になるかもしれないよ。「そうなのよねえ。　お世話になるかもしれないのよね」内心では手放したくないという母の気持ちが伝わって来る。畳んでどこかに置いておけないのかな？保管法なら、誰かに聞けばわかるかもしれないよ。頭の中であれこれシミュレーションしたらしい。「わかった、なんとかする。　車椅子は持って行く」仕事場兼住居とは言っても、父が倒れて復帰の見込みがないと分かった時点で、仕事に関わる機材などはすべて処分することになった。膨大な書類を毎日シュレッダーにかけ、大きなゴミ袋がいくつもならぶところから作業が始まり、終業に関わる管轄機関への書類提出、専門業者さんによる機材類の引き取りまで、あと処理には数カ月が費やされた。父が亡くなったとき、遺体はこのがらんとした空っぽの元仕事場に帰ってきた。振り返ってみれば、あのときから引っ越しは始まっていたんだよね。

  2006.10.04

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• 介護ドラマを見て泣く。

  24年の療養生活と2年半の入院生活の後に父を亡くしたので、介護の話題となると、とてもひと事とは思えない。結局最後まで見てしまったNHKの介護ドラマ。お風呂から上がった娘も食い入るように見ていた。娘が1歳の頃に父が軽い脳梗塞のために再入院して左手が完全に開かなくなるまで、娘は父の左手を一生懸命に開こうとしていた。「リハビリ手伝ってくれてるの、ありがとう」いつも母が笑って見ていたっけ。入院中にお見舞いに行き、もう開くことが出来なくなった左手を娘は一生懸命に開こうとしていた。見ていて、なんだか寂しかったな。父が最初に脳梗塞で倒れたのは、私が大学１年生の夏。長い夏休みは、ほとんどが泊まり込みの看病で明け暮れた。ドラマを見ながら、当時のことを思い出していた。容態が安定してリハビリが始まったものの、すぐに行き詰まってしまった。歩行練習にはそれなりに希望が持てたものの、とても手先の動きが戻ることは望めないと分かってしまったのだ。左半身マヒ。なんとか元どおりに動けるようになれれば、と、家族はもとより、父自身も随分頑張った。西洋医学だけではなく東洋医学も取り入れようと、漢方薬を飲み、鍼治療も積極的に受けた。血圧などは安定していったけれど、その先は、なかなか進展しない。自由に歩き回る父の姿を、何度も夢見たけれどかなわなかった。父のからだが不自由になってしまったということを受け入れることは、とても困難だった。誰よりも、辛かったのは父自身だったはず。介助用品のコーナーがようやくデパートの一角に出来始めた頃。母と一緒に、食事の介助用品などを買いに走った。家の片隅には、リハビリのための道具コーナーを作り、朝晩、リハビリに励む父の姿があった。発症から4カ月後には診療を再開し、「患者さんが、ちゃんと来てくれたよ」と電話の向こうで嬉しそうに報告してくれた。なんとか身の回りのことは自分で出来るようになり、杖をついて病院まで通えるようになった。そして24年間、通院によるリハビリを続けながら暮らした。ドラマが終わったあと、「あ～あ、泣いた泣いた」と鼻を啜りながら娘が出ていった。ドラマを見ながら、いろいろ思い出したり、新たに感じたりすることあったよね。

  2006.09.18

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• “泣き言”が言える場所。

  Sさんから衝撃的な相談を持ちかけられた翌日、ご本人から連絡をいただいた。「おかげさまで思い切り泣いて参りました」電話の声が、なんだかすがすがしい。ときに感情の発露を抑え難い出来事が発生するのが人生の常なのに、人前で泣いたり、泣き言を言うことは憚られるというか、それを許さない“空気”が流れる世の中だからなあ。まして家族や親しい人との死別については、話題にすら、しづらい。思い切り“泣き言”を言い合える場所が欲しいよね。出来れば、なるべく同じような境遇の人々と一緒に。だって、余計なことを説明しなくても解り合えることが多いもの。そうだ、Sさんが私に電話をして来たのも、ずっと以前にそんな話をしていたからだった。そばにいれば、抱き締めることくらいは出来るだろうけれど、それが叶わなかったから、せめて少しは気が楽になるような場所を紹介出来てよかった。私にも出来ることがあってよかった。連絡をくださって、どうもありがとう。お互いに礼を言い合って電話を切ったんだ。

  2006.09.02

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• お悔やみは言わないで。

  彼女は、いつも唐突だ。突然電話をかけてきて、電撃的な報告をする。今日もそうだった。「留守電聞いた？」と帰宅後に娘に聞かれ、チェックをした後にコールバックしようとアドレス帳を開く。その最中に、再び娘からの報告。「そうそう、Sさんからも電話あったよ。　教えていただきたいことがあるって」ふうん、何だろう？「後ほどお電話かけます」とのことだったので、他の用事を済ませる。ひと段落して、文字どおり眼が回った感じになったので横になっていたら電話がなった。Sさんからだ。「両親に心中されてしまった子どもが集まって、　それぞれの思いを語り合う会をご存知ありませんか？」とびきり唐突な内容じゃないか！いくつか当てはあったけれど、お望みのものに合致するかどうかは、にわかに確認出来ない。その旨を伝え、確認次第こちらから連絡することにした。そう言えば7月の終わり頃、彼女から手紙がきていたっけ。チラシが入っていたけど、と封筒を確認すると、一筆箋を発見。うわぁ、気がつかなかった。これ読んでたら、絶対に会いに行ったのに。雑然とした私の本棚には珍しく、お目当ての本はすぐに見つかった。早速連絡先に電話をかけ、確認する。Sさんの求めている場所は、ちゃんと用意されていた。今度こそ、コールバック。「今確認したら、ありますって。　それがちょうど明日なんだけれど」「明日？　なんとか行けると思う。　ありがとう」連絡先を伝える。「何も知らなくてごめんね」と言いながら、これ以上余計なことを言ってはいけないと思った。お悔やみは言われたくないという彼女の気持ちがなんとなく伝わってきた。聞きたくないのに、既に何回も聞いただろうし。もしかしたら、娘は用件を知っているのかな？「一方的に話しだされちゃって、　思わず無言になったら、　お母さまはお留守ですか？って気づいてもらえた」って言ってたから。必要最低限のことだけ伝えてくれてありがとう。いい判断だったと思うわ。そのとき、娘にも、こう答えたんだ。いつだって、彼女は唐突なんだ。一生懸命過ぎて、ね。でも、好きなんだ、そういう一途なところが。

  2006.09.01

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• 法要の日に。

  7月に亡くなった夫の母の納骨＝49日の法要。天気予報では傘マークが出ていたけれど、なんとか降らずに済んだ。そればかりではなく、涼しいのが有り難い。告別式では雨が降っていたっけなあ。菩提寺の本堂で祭壇を眺めていたら、ふと、あることを思い出した。夫の大伯母の1周忌で、夫の両親と義兄、伯父と一緒にとある温泉に泊まったときのこと。義母と娘と三人で大浴場へ向かった。すでに、膝を悪くしていた義母は、どうしても浴槽に入ろうとはしなかった。背中を流しましょうと申し出ても、受け入れてはくださらなかった……。あれが、一緒に入浴した最初で最後。もっとも娘は夫の実家に泊まったとき、何度か一緒に入浴したらしい。「ほとんどは、おじいちゃんとだったけれどね」思い出が一つでも多くてよかったね。渡米中の甥がシアトル在住の親戚に連絡してくれたらしく、御悔やみのカードが届いていた。「An Impression of the Deepest Empathy ○○（義母の名前）……」こんな文面が印刷された、御悔やみ専用の小奇麗なカードに、余白部分を埋め尽くさんばかりに、手書きで、義母との思い出が書かれている（もちろん英文）。10年ほど前に来日した筆者との思い出が蘇る。日本の大学に留学していた彼女は、日本語は理解出来るが、話すのはあまり得意ではなかった。こちらが日本語で話して、彼女が日本語まじりの英語。でも、ちゃんと会話が成り立っていたっけ。故人を通じて、新たな交流が生まれる。法要の間中、夫はひどく疲れた表情をしていた。葬儀の数日後に実家に帰ったとき、急に泣けて、思いきり泣いたのだそうだ。今日だって、涙を流してもいいんだよ。でも、「今日は、大丈夫」だって。別れの夏。義母が亡くなった10日後に、大切な友人も旅立っていった今年の夏。そろそろ秋の気配が近づいてきた。

  2006.08.26

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• 死にゆく姿を伝える。

  今では往診なんて、ほとんど望めなくなってしまったけれど、かつてはそれが当たり前だった。具合が悪くなったら、医者へ駆け込むのではなく、電話をして、医者に来てもらうのだ。都会暮しの私の家でも、あるときまでは、具合が悪くなると医師に往診を頼んでいた。祖父の毎日は、午前と夕方の診療の他に、午後は往診に当てられていた。町と言っても、田舎の町はとても広い。車で数十分くらいかかるところへの往診なんてざらだ。妹と私が滞在中、祖父はよく往診に私たちを伴って行った。山の方へ行けば、風景は一変する。時には重要文化財扱いの古い民家などもあった。往診先では誇らしげに私たちのことを紹介するので、なんだかお披露目みたいにも感じた。私たちが大きくなったら、二人のうちどちらかが、この町で暮らすことをどこかで望んでいたのかもしれない。診療所を訪れるのは、ほとんどが元気な人たちで、往診で訪ねるのは高齢の方が多かった。家族に囲まれて、静かに横たわっている。人はいつか衰え、死んでいくのだということを身を持って私に教えてくれたのは祖父だった。大きな手術を終えて、無事に仕事に戻ったある日、いつものように朝の散歩へ出かけた。散歩コースは何種類かあって、大きく分けると畑を抜けて国道へ向かう山側コースと海辺をとことこ歩くコースの2つ。その日は、海辺コースを選んでいた。ちょっと離れたところの港まで行きたかったのに、「ごめんよ、おじいちゃま、　これ以上遠くまで行けない」と、とてもしんどそうに祖父が言ったのだ。一緒にどこまでも歩いてくれていた祖父。もっともっと幼かった頃は、もう歩けないと妹と二人でだだをこねると上手い冗談などを言って、いつの間にか歩かせてしまう名人だったのに。ちぇっ。何だかがっかりしていた。とぼとぼと家路を行く祖父の背中がとても弱々しげに見えたとき、当時小学6年生だった私は事態を理解したのだった。そしてその翌々年の春、祖父は亡くなった。最後に会ったのは、亡くなる半月ほど前。すっかり痩せ衰えて、起き上がる力も残っていないようだった。それから8年後に祖母が亡くなる。亡くなる1年前、看病のために訪れたとき、ひとりで祖父のお墓にお参りした。「まだ、迎えに来ないでね。　さびしくても、もうちょっとだけ我慢してね」一生懸命にお願いをした。亡くなった人と、ゆっくりと話ができるような気がするから、私は親しかった人のお墓へ参るのが好きだ。夫も同じだと言う。この世からいなくなってしまったから、お墓というシンボリックなもので代用させている。夫も私も、そんな感じだ。娘はどうかな？「死とは、生体の機能停止だよね」至ってクールな娘は、そう表現する。だからといって、生前の交流を“機能停止”するような野暮なやつではない。亡くなってしまった人との思い出を大切にはするけれど、それ以上のものは求めないというだけなのだ。骨つぼからこっそり父のお骨の破片を取り出して小さな瓶に入れて持ち帰ってきた娘。父の写真の前に置いて、こっそりと眺めている。父も祖父同様に、私たち家族に、死にゆく姿を見せて、逝ってしまった。

  2006.08.16

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• 伝わる、伝えるいのち。

  海に面した墓地には、何千というお墓が並んでいる。「家はぼろでもお墓は立派」という土地柄。よく見ると趣向をこらしたお墓が結構ある。お墓観察も、子どもの頃よくやった遊びだ。他県ナンバーの車が急増するのもこの時期。どの家も、お盆には親戚中が集まる。お墓参りで旧交を温める感じ。墓地はちょっとした夏の社交場さ。お墓の灯ろうにロウソクを灯し、半紙を貼るのがここのやり方。日が落ちると、とてもきれいなんだ。この風景は、娘が生まれた時から一度は見せてやりたいと思っていた。祖父の弟の家は分家されていて、お墓も別にある。ちょっと高台になったところ。ここからの眺めは、特に素敵だ。昨年春に、父の納骨のために初めて娘を連れてきた。幼い頃はお墓を怖がる子どもだったので、ちょっと心配だったが、さすがに大好きなじいじが眠るお墓は怖くないらしい。8月のお盆の頃には、よく祖父が“御先祖さま”の話をしてくれた。今はひとつにまとめられているお墓も、あの頃はひとりひとつで、どこにどういう人が眠っているか、毎年のように聞かされていた。じじ・ばばが孫に話すという構図は、昔からあった。そうやって、いろんなことが伝えられていく。別に御先祖さまのことだけじゃない。冬は雪見障子、夏は風通しのよい引き戸という季節にあった部屋のしつらいや、寝具、食器の選び方、浴衣の選び方に装い方など、生活のこまごまとしたことだって、一緒に過ごす間に身についていく。春休みの祖母と一緒によもぎを摘んで草餅づくり。こんな経験だって、後に多摩川で野草を摘んで、草餅づくりという家族の楽しみにつながっていく。朝の散歩と、朝食前の掃除も、祖父母から伝わる朝の習慣。ちゃんと実行出来るのは、ここに来たときだけだけれどね。お墓への道すがら、夫が母に終戦の頃のことを尋ねていた。祖父の勤務に従って、あちこち引っ越しばかりしていた戦時中。終戦は九州での疎開先で迎え、そのあと舞鶴へ移ったこと。職業軍人だった人たちが公職追放に遭い、祖父も公立病院での職を追われ、隣町に新しくできる病院の立ち上げを任されたこと。この海辺の町に落ち着いたのは、終戦後3年経ってからのこと。移り住むなり、母は高校受験勉強に追われた。亡くなった人の墓前に参るお盆の時期に、大きな戦争が終わった。いのちのことを考える。過ぎた日のことや、亡くなった人たちのことを考える。自分につながる命の存在。その命についての話を聞く。ワタリウム美術館の子ども向けイベントで作った「あなたの遺伝子」という家系図を思い出す。あなたの両親と、そのまた両親。そんな具合に、現在からどんどん過去へとさかのぼる。それぞれの名前を書いていくと、自分の命が多くの人々へとつながっていることがわかる。このなかの誰かが次代に命をつなげる前に命をおとしても、自分自身は存在し得なかった。恥ずかしいことに、実家は神道だったので、仏教のことは何も知らない。だから宗教的なことについての知識はほとんどない。たまに夫の親戚の法事などでお経に触れ、ほんの少しお経の本に書かれている言葉を噛み締めるだけ。だから、普段の私が感じるのは、命が伝わってきたこと、命を伝えること、生き物としての営み。歴史について学ぶことが好きっていうのも、こんなところから来ているのかもね。生物学も好きなんだけど、それも同じかな。妹と娘がデオキシリボ核酸について語っている。生物学好きが、プロに学ぶデオキシリボ核酸。こういう人たちだって、わが家の歴史について語り合う夫と母同様、いのちについて語っている訳で。この日は、娘と妹が、星空を眺めていた。夏休みも、いよいよ終わりだなあ。

  2006.08.15

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• ここに祖父の仕事場があった。

  海辺の家は母の実家で、ものごごろつく前から年に2回は滞在していた。小学生の頃は休みのたびに滞在し、夏は海、冬は雪、春は野草摘みを堪能。もう何十回と通っているのに、一度もトライしたことがなかったのが星を見ること。曾祖父の時代から建っていた病院が無くなったことで、広々とした空き地から、星空を眺めることができるようになった。夫と娘と3人並んで夜空を見上げる。都会の空では絶対に見られない天の川が見えた。……と、流れ星！なんて明るいんだ。いつもそこにあったはずの建物が無くなるのはさびしい。特に祖父との思い出がたくさん詰まった建物だった。「なんだか気が抜けちゃうわよね」母が寂しげに言った。最後の手術が行なわれたのが私が小学生の頃か。盲腸の手術だった。すでに入院は扱っていなかったので、手術を終えた患者さんは、手術室隣の和室に敷かれた布団で休んでいた。「覗いちゃいけませんよ」祖母にそう言われて、診察室へ通じる廊下方面へ行くのをためらっていたっけ。母屋と病院とは廊下でつながっていて、診察室へ向かう途中に和室と手術室、その間に病室へと通じる廊下があった。診察時間の前後には必ず診察室へ遊びに行き、薬局で看護師さんたちが粉薬を包むのを手伝ったりした。待合室においてある週刊誌を読むのも楽しみのひとつだった。ただし、待合室脇のトイレは絶対に使ってはいけないと強く言われていた。まだ学校で定期的に寄生虫検査が行なわれ、駆虫剤配布も行なわれていた頃の話。現在でも、この地域は下水道が完備されておらず、水洗トイレが普及するのは2、3年先という。娘が苦手な“ポットントイレ”。これさえ解消すれば、海辺の家への旅行も、もっと歓迎されるんだろうけれどね。使われなくなった病室の2階の窓からも海が見えた。妹とよく遊びに行ったっけ。ここでの入院生活は、どんな感じだったんだろう。日当たりのよい病室だったから、夏は暑かっただろうなあ。湧き水がある辺りには、病室へ向かう玄関があった。空き地になっても、建物のレイアウトが目に浮かぶ。なんでも扱う町のお医者さんだったから、ここで命が生まれ、病気を癒し、最後の看取りまで、町の人々のさまざまな出来事をじっと見守ってきたんだろうなあ。夏はふんどしの上に白衣を着ただけで診察を行なっていた祖父の姿を思い出す。海軍さんだったからね。生涯ふんどし愛好家だったよ。誕生日にお手製のものをプレゼントしたこともあった。ここで、こんな風に、わが子と一緒に星空を見上げる日が来るなんて、あの頃は想像だにしなかったよ。

  2006.08.14

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• 8月のこの日に。

  考えてみれば微妙な年齢。夫は大台に乗ったけれど、私はあと2年。往年の横綱が眼病で入院した病院（ついでに主治医も同じよ）の検査技師が「ものすごいですねっ！」と驚いたくらいの強度近視で強度乱視。のうえに、老化現象も加わって……。「三丁目の夕日」はそのまんま、私の幼少時代のことだし。かつて勤めていた会社の社長（いわゆる戦中派）に、「きみんち、薪で焚くお風呂じゃなかったの？」と叫ばれ、「でも、友達の家は、そうでした」と答えた。私の父は呉で生まれ、20歳で召集、広島の部隊に所属していた。たまたま島根県に派遣されていた間に広島に原爆が投下された。祖父は、海軍の軍医だった。激戦地へ派遣されながらも、“悪運が強かった”ので生き延び、たまたま本土に戻っていたときに長崎に原爆が投下され、救援部隊の長として長崎に派遣された。“作戦”終了後に自宅に戻ったものの、何週間も高熱を発し寝込む事態に陥った。夫の父は飛行機に憧れ、特攻隊隊員として房総半島に配属。任務を全うする前に終戦を迎えた。彼らが、生きていたから、今の私が、夫がこの世に生まれ出ずることが出来、現在の私たちの人格に多大なる影響を及ぼしている。もし、彼らが戦争で亡くなっていたら、私たちはこの世に生まれ出ずることはなかっただろうし、出会うこともなかっただろう。ということは、私たちの娘も生まれ出ずることはなかったということだ。夫と私がまだまだ幼かった頃、「せんそう」という言葉はごく当たり前のように日常に出てくる単語だったし、おとなたちの誰もが、傷を引きずりながら生きていた。人よりも、ちょっとだけ遅く子を授かったことでよかったなあと思えることはいくつもあるのだけれど、何より、よかったなあと感じることは、じいじやばあばが、戦争体験者だったということだ。

  2006.08.06

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