【調味料の極意】
【調味料の極意】 ★金閣寺・銀閣寺住職、有馬賴底師の言葉から― ◎人間、最後は塩と水さえあればなんとか命はつなげる、といわれます。 塩分は摂りすぎると、体にいろいろと弊害が出てきますが、適量であれば 生きていく上で必要不可欠のものなのです。 調味料として考えたとき、塩は、しょっぱさを加えるためのものではなく、 素材の味を引き出し、引き立てるのが役目。 醤油も味噌も塩分系の調味料なので、同じ働きと考えていいでしょう。 対して、味醂や砂糖の味は「足す」もので、こちらは摂らずにいても、 体には何も問題ありません。 ですから、僧堂で使う調味料は、味噌、醤油、塩、そして酢。 味醂や砂糖は使いません。あとは胡麻油と菜種油。 これだけで日々の味を調えます。 よく、味の決め手は調味料、などと言う方もいますが、そうではない いんですよ。 あくまでも素材。素材自身がもっている味。 それこそが「ほんものの味」と言えるものです。 塩はそのお手伝いをするのが本来で、塩味という自分自身の味を感じさせ る使い方は失敗なのです。 そこにちょこっと味のバリエーションをつけたいときに、味噌や醤油を 使う、というわけです。 同じ具材を使ってつくる汁でも、醤油仕立てか味噌仕立てかの違いで、 見た目も味も違った汁になります。 調味料との相性を考えて、野菜の切り方や材料のあつかい方も変わって きます。 たとえば、鎌倉の建長寺が発祥で「けんちん汁」とよばれる建長汁は 醤油仕立てで、それをアレンジして味噌仕立てにしたのが国清汁(こく しょうじる)です。 寺や家庭ごとにいろいろなやり方があるようですが、私のところでは、 建長汁では大根は短冊切りにして、賽の目に切った焼き豆腐を用います。 国清汁では、大根は厚みのある銀杏切りで、豆腐は手でくずして入れます。 味とか相性というものは、目に見えないものだけに、つかみどころが ありません。何度もつくっていくうちに、だんだんと素材と調味料の 相性というものがわかってきます。 (参考文献:有馬賴底著 「雑巾がけから始まる、禅が教える本物の生活力」集英社)________________________________________ *今は、日本でも世界の料理を食することができるので、調味料の種類も かなり多くなっている。 そういう中にあって、外国の人が日本料理に注目するのは、シンプルな 味、深みのある味、自然の具材とのバランスが、受け入れられるように なったからだ。 もちろん、西洋にもおいしい料理はたくさんあるが、日本食が好まれる 一番の理由は、ヘルシーであることが最大の要因ではないかと思う。 おいしい、その上にヘルシーであることに、諸外国の人は大きな関心を もったのだろう。 これからは、日本食のよさ(シンプルで深みのある味、栄養バランスの とれた食材)、をもっと見直して健康な体つくりに役立てたいものだ。