● たかが眼鏡されどメガネ
♪ 真っ先に目に飛び込んでくるめがね一年A組おさげの幸ちゃん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ N氏は目が悪い。両眼の網膜剥離の経歴をもつ珍しい人だ。 今使っているメガネには酔って転んだ時につけたキズがある。使用するには問題ないが、気にはなっている。近眼で醜男の上に頭も禿げているという醜三拍子のこの男、何を思ったか、心機一転、眼鏡を変えることにしたらしい。5年前の2月にこしらえた眼鏡だが、昨年の5月に眼科で視力検査をして視力はほとんど変わっていなかった。 店舗が近いということもあって、N氏はいつも「愛眼」を利用していた。この際、安いと宣伝しまくっている「赤札堂」に興味があったので、行ってみることにしたようだ。 ネットで「赤札堂」を調べてみると、東海市にあるらしい。人気ブランドメガネに、超薄型レンズ(屈折率 1.74 / 1.67 / 1.60)が付いて9,800円均一価格。遠近両用の場合は屈折率1.55/1.50 のどちらかしかなく、超薄型レンズ付遠近両用メガネを 1.67で作ると、12,800円になるとあった。 税込みでブランドフレームで超薄型レンズが9,800円均一は確かに安い。いましている「愛眼」であつらえたメガネは25,800円だった。レンズもピンキリで一概には言えないが、必要十分条件を満たしていれば安いに越したことはない。 東海市にあるなんて知らなかった。行ってみると信号交差点の角地に、やけに大きな店構え。駐車場も広いが、信号を右折して直ぐが駐車場なので、赤で並んだ車が邪魔で入れない。 店に入って、担当の店長らしき人に言うと、「7年前に出来たんですよ。土地が安かったからここにしたらしいです。」 たまに通る幹線道路の角地。よく目立つ場所なのに気づかなかったなんて・・。 それはそれとて、店に入ってその広さに驚いた。ずーっと奥まであって、「100mぐらいある感じすねぇ。」N氏が距離感を自慢する様に言う、と、「あれは鏡です。」と言われてしまった。どうりで奥行きがあるはずだ。「それならやっぱり、50mぐらいは有るということだね。」と自分を納得させる彼。これも自己顕示欲の現れなのか、彼にはそんな自覚は露ほどにもない。「ええ、そうですねそのくらいは有るでしょうね。」とにべもない。 「愛眼」では使用したレンズの入っていた袋(品種や度数などのデータが書いてある)をくれる。参考になるかと思ってそれを持参し、データだ好きな彼はそれを当然のように見せる。「ほう、こんなものをくれるんですか!」「うちではこういうものは出していませんよぉ」と、店長が不服そうに口を尖らせた。「データは知っておきたいですからねぇ。」と言うと、「紙に書いてお渡しすることは出来ますので、そうしましょうか」と、不承不承の口ぶりで。左目の網膜剥離の予後が悪く視力が出にくい状態で、一向に良くならない。 「多分、今の眼鏡のものだと思うんですが、一応確認してくれますか?」「もちろん、確認させてもらいます。」 調べてみて、今の眼鏡のものと確認。遠近両用で、レンズの屈折率が1.67というランクの高いレンズが使われているようだった。これだと3,000円アップになるという。ネットで確認しているので驚きはしないが、ネットで確認していることなどは言わない。度数が4度のレンズの厚さの相対比較 検眼してみると乱視の度数に変わりはなく、近視の度が少し進んでいた。左右とも2段階アップとなって、そのレンズの良く見える事。知らず知らずのうちに度が進んでいたようだ。 傷が付いているレンズで、毎朝パソコンを数時間やっているのは、やはり眼にはよくなかったということだろう。 それで次はフレーム選びとなる。9,800円均一の商品には黄色の値札が付けてある。その山が二つ離して並べてある。 選んで、掛けている眼鏡を外し、裸眼で鏡を覗くことになる。当然、良く見えやしない。近づいて見るにも前かがみになるし、まっすぐ立って正面から少し距離を取って見てみたいが出来ない。 人件費削減のためか、スタッフが少ない。カウンター内で作業中の女性が二人ともう人の女性、それと店長がいるだけだ。誰も傍についてくれないので相談もできない。呼んでも来てくれそうな気配もないし、いい加減にあしらわれるのも嫌だ。話好きのN氏にも何ともお手上げ状態だ。 こんな時はやはり同伴者がいないと困るなぁとつくづく思うN氏は、奥さんとは冷戦の後の小康状態で、連れてこれるような状況にはなかった。 国産品では「SABAE」ブランドもあって、そういえば毎年メガネのデザインコンペをやっていたことを思い出す。ツルの部分に趣向を凝らしたものがたくさんあった。 この際、前のとはコロッと変えてイメチェンしたい。しかし、キュッパー均一の中には多様性は少なく、ピッと来るのがなかなかない。とっかえひっかえやって独りで選んでいるうちに、孤独感と焦燥感に敗けてゆく。 普通の店ならこの辺で、「いかがですかー?」と、様子を見に来るところだ。しかし、まったくそんな気配もなく、飼育を放棄された動物園のブチハイエナのようにウロウロとしているばかり。 何十分経ったか知らない。選んだフレームをカウンターへ持ってくと、何事もなかったように店長が近づいてきた。「品数が多くて目移りしちゃって・・」「・・・そうですか・・」皆そうだと言わんばかり。 前払いを支払い、約束通りレンズのデータを書いてもらう。何のことはないの取扱説明書の表に「レンズ名、近視・乱視の度数、乱視の角度、老加入度」を書き込む欄があって、そこに描き込んでいる。勿体ぶって書いているのを見ると、どうも普段はこの「取り説」に書き込んだりはしていないらしい。お客も関心がないのか。量販店の有り様がこんな所にも現れている。 前のと比べると、 右─*近視-3.00→-3.50 *乱視-3.0→-3.0 軸─80°→80° *老加入度2.25→2.75 左─*近視-3.75→-4.25 *乱視-2.25→-2.25 軸─85°→85° *老加入度2.25→2.75 近視と老眼が少し進んで乱視は変らず、という結果だったことが良く分かる。 で、引換券にもレンズ名が「ニコンRFN167-12」となっていて、屈折率1.67のレンズを指定してある。頭の悪いN氏にはどういう事か理解できない。屈折率1.67のレンズの場合は3,000円アップと理解していたので、得した気分になっているN氏だが、またボケが入ったか? 因みに、12という数字は遠近のレンズの距離だ。 赤札堂の超薄型レンズは、歪みの少なくて見やすい非球面構造を採用。撥水コートや紫外線カットも標準装備、というのもまあ定番でしょう。 一週間後の受け取りとなる。フレームは今までグリーン掛かったものだったが、今度のは青味掛かったものをチョイスした。大分イメチェンになる、なるはず、なってほしい。髭を剃っても気付かない人も多い事を知っている彼は、疑り深くなっている。 しかし、人は人を見る時に、真っ先に眼を見る習性がある。相手にとって最初に飛び込んでくるメガネの印象は決して弱いものではない。顔も禿頭も何ともならないN氏だが、せめてメガネぐらいカッコよくありたいと思っている。 果たして、どうだろうか。