◆ 100キロウォークってどう?
♪ 定年後の愉悦ののちの倦怠を聞かされている三月(みつき)の過ぎぬ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 自由の身となって、ちょうど三か月が経った。 人生のある先輩は、定年後は解放感から楽しくてしょうがなかったが三か月を過ぎる頃になると暇をもてあそんで、その後は退屈でたまらなくないと聞かされていた。 そんなもんかなぁと、笑って聞き流していた。その時がやって来たわけだが別段退屈で困ることもない。まだこれから先の事ゆえ何とも断言はできないが、毎日が所作なく虚無に過ぎていくという事が無のはありがたい。退屈な日が無いわけでもないが、たまにそんな日があっていいんじゃないかと思っている。 今は、暇があるので今まであまり読んだ事の無い短歌の手引書や解説書の類も読むようになった。図書館で借りてくるので時間の制約があるので、それも集中的に読める要因になっている。歩く口実にして図書館までできれば3キロの道のりを歩いて行くようにしている。歩くことが苦になったらお終いだ、と思っているのでまったく苦にはならない。 先日、「100キロウォーク」なるものが有ることを知った。マラソンの世界では色々あるが、ウォーキングの世界にもそういう自虐的なものがあるらしい。 第16回行橋~別府100キロウォーク「こころの遠足/歩禅」というもので、今年は10月11日(土)に開催される。2日にわたって歩き通すというもので、基本的には20数時間で歩き切るらしい。 4,500人の枠に6,400人が応募。抽選で当選した4,500人が6,200円の参加費を払って全国から集結し、26時間の制限時間内の完歩を目指すという。 それに向けて毎日30~40キロをトレーニングのために歩いているというのだから凄い。昔の飛脚も顔負けだ。まあ、幕末に竜馬などの志士たちが、江戸までを頻繁に行き来していたことを思えば、なんてことないのかも知れないが。 モノは思いようでその意味も価値観も変わって来る。 「100キロウォーク」を知って、20キロや30キロ程度でひーひー言ってる自分がちょっとひ弱に思えて来た。せめてフル・マラソンの42.195kmぐらいは歩いてみたいと思う。ランニングと違ってウォーキングは時間が掛かる。それが一番のネックだが、ランニングにはない魅力があることも確かなので、楽しみとして歩くことを目標に何かしたいと思う。 奥の細道を歩く人もいる。四国霊場を歩く人もいるし、東海道自然歩道を制覇する人もいる。人がやったことを真似するのはつまらない。 歩いていると、若い時にやったヒッチハイクのことを思い出す。歩くという事は自分と対峙することに他ならない。嫌でも自分自身を相手にせざるを得ないのだ。この100キロウォークの副題が「こころの遠足/歩禅」という意味がよく分かる。まさに心の遠足だ。 前に進むために足を動かしてはいるが、心そのものがそこに大きくクローズアップされていく。確かに、歩きながら「禅」をしている様なものだ。 たかがウォーク、されどウォーク。何にしても、やったものにしか分からない。 初めて体験して、色んな発見をする。そんなことの連続の中で生きている。知らないことだらけの世の中で、どんなことであっても経験出来ることは貴重な体験なのだ。 だから生きていることが面白いのだと思う。 後から100キロウォークを検索してみたら、全国に有るわ有るわ。もう終了してるのも多いが、興味のある方はこちらのブログをご覧あれ。2014年 100km(キロ)ウォーク日程・情報まとめ◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題してスタートすることにしました。◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。★ 「ジグソーパズル」 自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)☆短歌集「ミソヒトモジ症候群」円居短歌会第四歌集2012年12月発行●「手軽で簡単絞り染め」