凡夫の姿の中に仏がある
法華経を最高の経典として称えた日蓮は、仏という存在を固定的にはとらえず、菩薩道を行じ続けていく凡夫の姿の中に仏があると説いています。 この話は、脳科学的な見方からも納得できる話です。 「成仏=仏になる」というゴールがあって、そこにたどりついたらもう菩薩道をしなくてもよいというなら、それ以後は脳にとってなんの刺激もない、退屈な状態に苦しみ続けなければならなくなってしまいます。幸福感は感じられず、脳もどんどん衰えていってしまうでしょう。一般に、「仏」という安らかで厳かなイメージがあるかもしれませんが、もしも仏がそのような静的な存在だとすれば、脳科学的見地からは幸福にはほど遠いことになってしまいます。 真の仏とはそうではなく、衆生を救うために次から次へと困難に立ち向かい、利他の行動を生涯最後の日までつづける存在なのです。脳の仕組みから見ても、それこそが最高な生き方、脳が喜ぶ生き方だと思います。 【脳科学からみた「祈り」】中野信子著/潮出版社