真の天才は、自分の才能など信じない
天才という言葉を、安易に使いたくない。 生まれついて格別に備わった才能は、誰にも少なからずあるはずだからである。その割に天才と感じさせる人間がいないのは、あらかたの人々がおのれの才に気付かぬか、信じぬか、あるいは才の存在に溺れて磨くことを知らぬからであろう。 しすわち、おのれの才にいち早く気付き、かつそれを信じ、才に恥じぬ努力を積み重ねることのできる者だけが、天才という称号を得られるのである。 言うのは安いが、これを現実に行うことができる人間は少ない。天才が稀有であるそもそものゆえんである。 世に天才を自称する天才がいないと言う理由も、つまりそれであろう。際に恥じぬ努力を続ければ、その際が大きければ大きいほど努力も必要とされる。そうして世に出ることのできた者は、もはやだれも自分の才能など信じてはいない。努力の結果、当然かくあるのだと思う。真の天才とはそういうものである。 【サイマー!】浅田次郎著/新潮文庫