明日への祈り展
明日への祈り展ラリックと戦火の時代箱根ラリック美術館 学芸員 林田 早代感染症と戦争。20世紀初頭、この2つ災厄により世界中で多くの尊い命が失われ、数多の人々が大切な人を理不尽にも奪われるという、受け入れ難い悲しみを経験した。1914年の勃発した第1次世界大戦では、1億人ともいわれるほど多くの人が亡くなった。フランスを代表する芸術家ルネ・ラリック(1860-1945)もまた、普仏戦争や二つの大戦など、歴史の荒波を幾度となく、潜り抜けてきた一人だ。ジュエリー作家からガラス工芸家へと転身し、量産体制を整えるべく1913年に買い取ったガラス工場は、1年も経たず閉鎖に追い込まれるなど、思うように活動することは叶わなかった。多作の芸術家として知られるラリックが、第一次世界大戦中には数えるほどしか作品を残しておらず、彼の作家業において空白とも呼べるこの期間は、苦悩と葛藤の日々であったと想像できる。そのような状況下でもラリックは、母国フランスの苦境を救うため、前線で命をかけて戦う兵士や、戦争で父親を失った子どもたち、結核を患う兵士たちなどの明日が少しでも明るくなるよう、メダルやタイピン、ブローチなどの作品を制作した。量産された作品は、多くのボランティアの手により販売され、その売り上げが苦難の日々を送る人々へ届けられた。これらはおそらく、彼が制作したどんなものよりも小さくて安価で、煌びやかではない。だが、芸術で人々の心や日常を豊かにしたいという思いのもと制作に励んでいた彼の作品の中で最も、より多くの人々の心を灯し、困難な状況にある人々に寄り添うものだったに違いない。箱根ラリック美術館では現在、「明日への祈り展 ラリックと戦火の時代」を開催している。コロナ禍が続いている今日の状況に、フランスの苦難の歴史と、戦争で傷ついた人々のためにラリックが手掛けた作品を〝祈り〟をテーマに紹介したいと本展を企画した。世界はまた新たな戦争が始まり、21世紀の今、まるでリラックが生きた困難の時代が繰り返されているかのように感じる。しかし、人類が過去に何度も感染症との戦いを乗り越え、不毛かつ非人道的な争いを起こしては終結させてきたように、この状況に終わりがあると信じたい。ラリックが制作した、二人の修道女が肩を抱き合い、祈りを捧げているかのようなブローチ《二人の女性の半身像》のように、世界中の人びとが争うことなく寄り添い、心を通わせ、笑顔で過ごせる穏やかな日々が訪れることを願ってやまない。展覧会では、ラリックが制作したチャリティーイベント用のメダルやブローチのほか、キリストを描いたランプ、天使をデザインした鮮やかなガラス製の鉢など、約40点をご紹介している。ぜひ多くの方にご覧いただき、平和の尊さとラリックの想いを感じていただきたい。(はやしだ・さきよ) 【文化】公明新聞2022.6.8