日蓮のインテリジェンス
日蓮のインテリジェンス佐藤●十三世紀の鎌倉時代に活躍した日蓮は、傑出した宗教人でした。自分の土地と国の安全を、宗教人は明確に意識します。日蓮はほかの宗教人にはない国際的な広い視野があったため、蒙古の襲来(一二七四年と八一年)を正確に予測し、時の国主に元寇を報告しました。グローバルな予測に基づいて、安全保障上の警告を発したのです。 安部●日蓮は北方から情報が正確に入っていたようです。 佐藤●明らかにそう思います。日蓮は単なる宗教家にとどまらず、インテリジェンス・オフィサー(情報収集・分析の専門家)としての傑出した能力を備えていたのです。だからこそキリスト教徒の内村鑑三は西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹の四人に日蓮を加え、著書『代表的日本人』と綴ったのでしょう。 安部●日蓮が書き記した言葉は非常に素晴らしいですよね。迷いがない。的確である。よくこれだけ的確な言葉を次々と述べていけるものだと感心します。人の苦悩に優しいというのかな。民衆と接するときに、ともかく非常に優しい。日蓮自身、漁師村で生まれた一人の民衆です。 佐藤●日蓮は小湊(現在の千葉県鴨川市小湊)で生まれました。 安部●彼の気質の中には、親鸞のような京都人のキャラクターとは全然違ったものが感じられます。 佐藤●歴史についてこうして語り合うと、時空を超えて縦横無尽に何でも語れるところが面白いのです。歴史について考察を深めるときに、結局のところ話はどこに収斂(しゅうれん)するのか。「人」であり「人間性」です。 安部●そう思います。 佐藤●歴史小説という文学形態は、亡くなった歴史上の人物のリアリティを知るための格好の教材です。二〇二〇年を迎えた今、歴史観を磨くことがなぜ必要なのでしょう。人に強くなれるからです。歴史をよくわかる人は、人の気持ちの襞(ひだ)まで分け入るように洞察できます。人の気持ちを洞察できるようになれば、歴史への関心はいっそう高まります。 安部●本当におっしゃる通りです。歴史から真摯に学び、確固たる歴史観や人間観をもっていなければ、権力者のウソにすぐ騙(だま)されてしまいます。あるいはデマやフェイクニュース、排他的な民族差別を繰り広げるヘイトスピーチに、簡単にだまされてしまうのです。 【対談ブレない歴史の磨き方】安部龍太郎 佐藤優/潮2,020年2月号