教育の〝信ずる力〟で人類の善性を開花
教育の〝信ずる力〟で人類の善性を開花池田先生のメッセージ世界の教育・学術の眼目と光る先生方をつなぐ今回のシンポジウムには、各国・賀来地域からご出席いただき、活発な討議と探求が進められると伺っております。尊い研究と啓発を営々と貫き通されている、心から尊敬してやまない先生方に、私は改めた最大の感謝を捧げます。わが創価大学にとりましては、そう散る50周年を飾る誠に意義深い開催となり、創立者としてこの上ない喜びであります。本シンポジウムに掲げられた「人間共生と世界市民教育」に即して、3点にわたり、簡潔に所感を述べさせていただきます。 第一に、「教育の〝信ずる力〟で、人類の善性の開花を!」と申し上げたい。昨年の3月に、WHO(世界保健機関)が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を宣言してから1年と7カ月が経過しました。感染拡大の勢いが低下しつつある国が見られる一方で、深刻な打撃に今も苦しんでいる国も多く、感染症という人類共通の課題を解決するために、いやまして国際協力が必要とされるのは論をまちません。 温暖化の進展は地球の厳戒警報また本年8月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最新の報告書を発表し、人間活動の影響で地球温暖化が進んでいることについて「疑う余地がない」と断定しました。グテーレス国連事務総長は、報告書を「人類に対する厳戒警報」と強調し、今月末から始まるCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の成功を呼びかけております。まさに国際社会は今、国益や自国の身の安全を最優先させる形で「分断」の溝を深めて、甚大な被害を拡大し続けてしまうのか、大きな岐路に立たされていると思えてなりません。そして、この共生への選択に立ちはだかる一凶こそ、「人間が持つ可能性への不信感」とは言えないでしょうか。この不信感は、自分に向かえば無力感や諦めをもたらし、他者に向かえば偏見や分断をもたらします。 翻って「教育」は本源的に、「人間生命への絶対的な信頼」から出発しております。私自身、教育を生涯の事業と定めた一人として、人間の善性と青年の可能性への絶対的な信頼を、近くは創価教育の創始者・牧口常三郎先生から、遠くは〝人類の教師〟たる釈尊から受け継いでいきました。釈尊は大乗仏典の精髄たる「法華経」において、仏の出現の因縁を「衆生をして仏知見(仏の智慧)を開かしめんと欲す」ゆえであると宣言しております。子の意義について、「もし衆生に仏知見無くんば、何ぞ開を論ずるところあらん」と展開したのは、天台智顗でありました。その思想を貫いてるのは、誰人にも尊極の生命が具わっており、逆境や困難も乗り越える智慧と勇気を発揮する力が宿っているとの確信であります。それを信じ抜いて一人一人に働きかけ、自覚せしめ、開き伸ばしていく。と同時に他者の尊厳にも目を開かせ、共に手を携えて、幸福へ平和へ生命を十全に開花させていく。ここに、教育という聖業の挑戦があると言えましょう。牧口先生も深く共鳴していたアメリカの大教育者ディーイ博士が「五四運動」の最中に中国を訪れ、2年2カ月にわたり教壇に立った足跡が思い起こされます。中国教育学会の会長を務められた、尊敬する顧明遠先生が指摘されていたように、デューイ博士は青年たちに満腔の希望を寄せられたのであります。博士は、「人々が全て自己の価値を知っていたならば、社会はきっと変化を持ち進歩をもつ」(永野芳夫訳・大浦猛編『デューイ:倫理・社会・教育・北京大学哲学講義』飯塚書房)と力説されました。今こそ私たちは、教育の原点というべき〝人間が持つ可能性を信ずる力〟をいやまして強く深く発揮し、一人一人の若き生命をさらに伸びやかに開花させていきたいと思うのであります。そこにこそ、現代に蔓延する深刻な無力感から人々を解き放ち、社会の分断の分厚い壁を打ち破る希望が見いだせるからです。 生態系から大宇宙までトインビー博士と展望した未来生命賛歌が響く共生の文明を 第二に、申し上げたいのは、「青年の〝負けじ魂〟で、価値創造の大連帯を!」という点であります。わたしの恩師であり、稀有の人間教育者であった戸田城聖先生は、70年前、青年であった私たちに、「新しき時代を創るのは、青年の熱と力である」との指針を贈ってくださいました。恩師は青年を励まして、あえて人生と社会の厳しい試練に立ち向かわせる中で薫陶されるのが、常でした。それは、青年の「熱と力」、則ち何ものにも屈しない〝負けじ魂〟を信ずるゆえであったにちがいありません。恩師自ら、若き日から苦学に苦学を重ねるとともに、戦時中は、師匠と仰ぐ牧口先生にお供して、日本の軍部政府の弾圧による2年間の東国にも耐え抜き、戦後、新たな人間革命の民衆運動を起こした究極の負けじ魂の闘士でありました。頼もしいことに、今、若き世界市民たちが各国・各地で、コロナ禍という緊急事態にも、力を合わせ、英知を出し合って、創意工夫し立ち向かってくれています。わが創価大学でも、とりわけ留学生の友が賢くたくましく逆境をはね返しています。多くの国々の多彩な学友と励まし合い、支え合って、仲間や地域や社会に貢献しながら、一回りも二回りも見事な大成長を遂げてくれているのであります。中国をはじめ世界の様々な文化に心を開いていた、かの文豪ゲーテは、「創造は多様性なくしては考えられない」(山崎章甫訳・『詩と真実』岩波文庫)と語っておりました。思いもよらぬ艱難からの挑戦に対し、まさしく多様性を活かしあって応戦する若き世界市民の連帯から、必ずや偉大な価値が想像されことでありましょう。恩師から学んだ中国の英知の言葉に「異体同心」そして「変毒為薬」とあります。感染症や気候変動をはじめとする人類共通の難題は、あらゆる差異を超えて、心を同じ期して取り組む契機となります。教育の結合の力を軸として、それぞれの個性を尊重し合い、触発し合って、毒をも薬へと転ずる価値創造の大連帯により、21世紀の新たな地平が開かれゆくことを、私は信じて祈りたいのであります。 第三に申し上げたいことは、「生命の〝調和の智慧〟で、地球生態系と共生の文明を!」という点であります。20世紀を代表する大歴史家のトインビー博士と私が対談をして半世紀になろうとしています。全人類の平和・強盛を展望するとともに、大自然・大宇宙との調和・共生まで志向したことが懐かしく思い出されます。 偉大な人は万物と一体と見なすトインビー博士は、人間は宇宙の位置市民であるとするギリシャ哲学のストア派の主張や中国の王陽明の「偉大なる人は、天地万物をみな一体とみなす」との世界観に共通を述べられておりました。こうした先哲洞察も、また地球生態系への最先端の科学的知見なども、生命それ自体に調和・共生を織りなしていく妙なる力が本然的に具わっていることを照らし出しております。真実の喜びとは何か。私は、貴い現場で若人のいのちを慈しみ育んでいる世界の多くの教育者の方々と、それは「自他ともに喜ぶこと」であり、「共々に智慧と慈悲を発揮することである」と語り合ってきました。人類、地球生態系、そして更には大宇宙へと広がる壮大なる連関の中で、生命歓喜の賛歌を謳いあげてゆく共生の文明を、世界市民教育の光明で照らし示していきたいと、私は願うのであります。 結びに言及したいのは、デューイ博士が、先に触れた北京大学での講義において青年たちの前に述べていた、気宇壮大な呼びかけです。博士はそこで、「二千年後の人類は果たしてどんなものなのか」(前掲書)との問題提起をしました。その上で博士は、それは、もちろん知り得ない世界であるとしても、ただ暗中模索するのではなくして、我々の希望する目的へ、確固たる「教育哲学」で指揮しリードしていこうと呼びかけたのであります。尊き先人たちの魂の呼びかけに真摯に誠実に応えつつ、はるかなる人類の未来を創り開かれゆく崇高なる「教育哲学」のシンポジウムに、今再び、心からの尊敬と感謝をささげ、私のメッセージといたします(大拍手)。 【52大学・機関の研究者が参加「池田思想の哲学シンポジウム」から㊤】聖教新聞2021.11.1