宿命を使命に変える仏法の生き方
酪農家 小笠原 幸子私は、岩手県の二戸市で主人と2人で乳牛を飼育する酪農家です。東京の荒川区で生まれ育った私は、12年前に次女を連れて再婚しました。都会とは全く異なる環境と慣れない酪農の仕事で苦労の連続でした。臭い、汚い、きつい仕事が嫌で、逃げ出したくなることもありました。しかし、“使命あって来たのだ。今いる場所で勝つ”と腹を決めると、一念が定まり、酪農に対する姿勢も、仕方なくやる状態から、進んで仕事をする状態になりました。法華経法師品に「願兼於業」(願いが業を兼ねる)の法理が説かれています。ここでは、修行の功徳によって偉大な福運を積んだ菩薩が、安住の境涯に生まれるという業の報いを捨てて、人々を救うために自ら願って悪世に生まれ妙法を弘通することが述べられています。すなわち、菩薩の誓願の力によって、自分自身のさまざまな宿命を、わが使命と捉え返していくことができるのです。私が、嫁いだ地を自身の使命の場として決めたのは、こうした仏法の教えが生き方の支えにあるからです。クモの巣だらけで、空き缶が散乱していた牛舎も、その後、見違えるようにきれいになり、結婚当初、23頭だった乳牛が36頭に増え、牛舎を増築しました。子牛が生まれた時はミルクを飲ませ、1カ月過ぎるころ、雄の子牛や肉用の子牛を市場に売り出します。当初は、その日、涙を流しながら見送っては、感傷に浸るばかりでした。しかし今では、“少しでも、買い手や消費者の方に喜んでもらえるように”と、前向きに祈れるようにもなりました。酪農の全国大会で東北を代表し発表こうして酪農で得た体験や感動を、4年前、「東北酪農青年婦人会議酪農発表大会」で、わが組合を代表し発表することになりました。この発表大会は、毎年開催されており、二つある部門で登壇し、思いがけず優勝することができたのです。そして、神戸での全国大会に東北を代表して出場することになりました。家族はもちろんのこと、地域の人たちが“全国大会、頑張ってください”と寄せ書きを贈ってくれました。優勝はできなかったものの、皆さんが応援してくださったことがうれしく、嫁いできた時には想像もつかなかった変化に、信心根本に頑張ってきて良かったと心から思いました。今、わが家は食の安全・安心を何より心がけて、牛乳生産の一つ一つの作業に丁寧に取り組んでいます。全農(全国農業協同組合連合会)岩手県本部が行う、毎月2回のとても厳しい乳質検査があります。わが牧場は、3年連続で高い評価を頂き、そのうち2回は「乳質改善大賞農家」として表彰されました。“乳質改善大賞”は、県内全ての酪農家が対象で、私の所属する組合でも165軒中、5軒ほどしか頂いていない賞です。二戸市では、わが家だけです。この検査は、搾乳した内容の成分が、乳脂肪分、乳タンパク質、無脂乳固形分、体細胞、細菌などに分類され、それぞれの割合や数が一定の基準を満たすことで、いい品質であると認められるものです。特に細菌数と体細胞数は、基準を上回れば廃棄処分になります。さらに、数値が基準値と照らし合わされ、基準をクリアすればプラス何円となりますが、クリアできないと、マイナス何円あるいは廃棄処分となります。それだけ良質乳を生産することが酪農経営で大切のなるのです。乳牛を飼育する環境にも配慮わが家は、まだ一度も廃棄したことはありません。“乳質改善大賞”は、1回でも基準値から外れると頂くことのできない賞であり、この賞を頂いた時には、びっくりするやら、うれしいやら、自分たちの仕事が認められたのだと感激しました。普段から、主人の仕事ぶりを尊敬してきましたが、この時ほど主人を誇りに思ったことはありません。今は、毎年、この賞を頂くことが私たちの目標となりました。そのためにも、牛のストレスが増えないように、牛舎の環境に気を使っています。牛が寝起きする時は、牛の足が滑らないようにマットを敷き、また、おがくずを散らして、落ち着いて休めるようにしています。また、牛舎内を一定の温度に保つことができるように、壁に大きな換気扇を、いくつも取り付け、換気にも気を配っています。近年は、天候の変化が激しく、それが牛の病気の発生にも関わる可能性があるので、毎日の牛の管理には気を使います。面倒を見る私たちが心身共に元気でなければ、牛の世話を細かいところまですることはできません。唱題で生命力を旺盛にしておかなければと、いつも自身に言い聞かせています。理想の国土を築く主体者に日蓮大聖人は、「浄土と云ひ穢土と云うも土に二(ふたつ)の隔(へだて)なし只我等が心の善悪によると見えたり」(御書384頁)と仰せです。浄土とは、仏の住む清らかな国土のことであり、穢土とは煩悩や苦しみに満ちた“汚れた国土”のことです。一見、異なるように思える二つの国土が、本来は別々のものではないと、この御文は教えています。自身のいる場所を理想の環境にできるかどうかは、自身の一念と行動にかかっていると確信します。仏法は、自身が今いる場所を自ら変革して、自他共の幸福を築いていくことを教えているのです。私は東京から北東北へ「Iタール」(都会出身者が地方に移住すること)しました。その後、二戸市に嫁いできてからの12年間、創価学会の同志の皆さんに励まされ、また地域の人たちや同じ酪農を営む仲間との交流を通しながら、多くの方に支えられてやってきました。池田SGI会長は、かつて「21世紀は東北の時代」と言われました。私は、この言葉が大好きです。これからも消費者の方々に喜んでいただけるよう、努力と工夫を重ねて良質乳の生産に励んでいく決意です。おがさわら・さちこ 岩手県二戸市で、夫の昭さんと「小笠原牧場」を経営。東京・荒川区で生まれ育ち、結婚を機に東北へ。1957年(昭和32年)入会。支部副婦人部長。農漁光部員。【紙上セミナー「生活に生きる仏教」】聖教新聞2016.4.26