リベラルが本来の保守主義
常識に従い、徐々に変えていく穏健的な漸進主義 本来の「保守」とは ————日本政治では「保守」と「リベラル」の違いが分かりにくいと指摘されているが。 中島岳志教授●「リベラル」対「保守」という見方は政治思想的におかしい。保守は基本的に自由主義を擁護し、共産主義のようなトップダウンの設計主知に対して個人の自由や特性を尊重せよと主張してきた。「リベラル」対「保守」といわれるが、左翼はリベラルではなく、基本的に保守がリベラルだ。17世紀の三十年戦争を通じて、全く違う考えを持っていてもその考え方を認めて合意形成していこうという考え方が欧州で生まれた。つまりリベラルとは本来、寛容という意味だ。しかし、そういう観念が今の保守に欠けてきて、敵味方に分かれてしまい、たたき合うようになってしまった。 ————保守政治の本来の姿とは。 中島●政治学上の保守主義は何かというと、近代のフランス革命を中心とする欧州の啓蒙主義的な革命に対して、「ちょっとやり過ぎ」というところから生まれたもので、英国の政治思想家であるエドマンド・バークがフランス革命に反対したのが始まりだ。バークが何に反対して何を考えたかは保守主義を考える上で重要となる。彼はまず理性万能主義を疑った。理性に合致したことを徹底的に行っていけば良い社会をつくれるという進歩主義や設計主義は、人間観としておかしいと指摘した。その上で、不十分な人間が社会でやっていくためにはどうすればいいか。バークがよりどころとしたのが、長年築かれた良識・常識・伝統のような習慣だ。この中には庶民が長い時間をかけた暗黙知がある。人間の不完全性を認識しつつ、常識に従いながら世の中は変わっていくものである。それも一気にではなく、時代に応じて徐々に対話しながら変えていくという穏健的な漸進主義が保守の本来持つ重要な役割だ。 過去の歴史と未来を見据えたバランス感覚が重要 「中道」の役割 ————公明党が掲げる「中道主義」をどう見るか。 中島●中道は基本的に足して二で割るという話ではなく、英国の作家・チェスタトンが「荒れ馬に乗りこなす技術」という言い方をしているが、世の中のさまざまな意見をどううまく調整してバランスを取っていくかが問われている。例えば、サーカスの綱渡りでバランスをとるためには、近くを見ないで遠くを見ることがポイントとされる。政治でいえば、近視眼的なく、国の長い歴史や将来に対する見通しを見つめながら、一歩一歩進んでいくことだ。もう一点はバランスバーを持つこと。このバーは保守主義者の伝統や習慣など長年引き継いできた暗黙知のようなものを指す。これを持ちながら、遠くを見据えて歩いていくことが中道や中庸の精神だ。Aの人もBの人も言っているからと全ての意見を取り入れるのではなく、歴史に後押しされながら将来を地通して歩いていくバランス感覚。その背景には、人間の理性に対する行き過ぎた過信をいさめるという仏教的な考え方がある。「私は何でもできる」という人間観に対する懐疑的な態度、謙虚な態度が重要だ。公明党は本来そういうところに立っているのではないか。 ————日本政治における公明党の役割とは。 中島●政治は大きく言うと二つの軸で仕事をしている。一つの軸は「再分配」の問題だ。再分配を縦軸とすると、政府がサービスを抑える代わりに税金を取らない「小さな政府」を志向する「リスクの個人化」、これに対してリスクを社会で共有し合うセーフティーネット強化型の「リスクの社会化」がある。もう一つの横軸はリベラル(ハト派)対パターナル(タカ派)という価値観だ。基本的に個人の内面的な問題について権力が土足で踏み込むべきではないというリベラルに対し、パターナルは「日本国民だったらこうしろ」という態度だ。再配分と価値観をめぐって、政治は四つの象限(座標にあるおのおのの部分)で動いている。この軸で見ていくと、公明党はリスク(危険)の社会化で価値観はリベラルといえる。その方向性は公明党の核であり、実はこの軸こそ保守本流だ。多くの生活者は生活に関心があり、行き過ぎたリスクを取らされ過ぎるからもう少し社会で連帯してやっていこうという緩やかな考え方を持っているが、現実の政治は、そうしたところにあまり手が差し伸べられていないように思う。 ビジョン示しつつ具体策の「微調整」続ける現実主義で 日本政治の方向性 ————理想と現実のギャップに、政治はどう対処すべきか。 中島●リアリズム(現実主義)を打ち立てるためには理念が必要となる。基本的にどういう方向に世界を持っていくべきなのかという大きなビジョンを持ち、そのビジョンから具体的な政策を一つ一つ進めていく手順を踏んでいくべきだ。ドイツの哲学者・カントの考えに「統整的理念」と「構成的理念」がある。統整的理念は人間の存在を超えたような絶対的理念だ。「絶対平和」は無理だが、この理念があるからこそ、少しでも実現に向かおうとする構成的理念が成立するとカントは考えた。例えばオバマ米大統領が広島を訪問したが、彼が言う「核をなくそう」という統整的理念はおそらく難しい。しかしこの理念があるからこそ、広島に行ったり具体的に核兵器を減らしていく行動が取れる。この理念の二重性が政治に取って重要だ。リアリズムは構成的理念であり、これを大切にするには統整的理念が必要だ。これを取り違えると全体主義や共産主義になる。だから二つを見据えながら一つ一つ解決することが政治のあり方で、本来のリアリズムとは「永遠の微調整」を続けていくものだ。戦争のない世界、豊かな社会のため、一つ一つの政策を見極めながら対応していくしかない。 ————公明党は対話を軸とした平和外交にも取り組んでいる。 中島●外交については、現実主義で対応すべきだ。公明党が一貫してきたように、中国とは対立せずアジアで協調していく方向性が日本の軸になれば良いとは思うが、現実的には、なかなか難しい面がある。とはいえ、公明党は本来考えている中道的な方向性が重要だ。自民党べったりではなく、もっと強く出ていってもいいのではないか。 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 中島岳志教授に聞く なかじま・たけし1975年、大阪府生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科博士課程修了。博士(地域研究)。北海道大学大学院准教授などを経て、2016年より現職。専門は南アジア地域研究、近代政治思想史。著書に「中村屋のポーズ」「保守のヒント」など。 【国民は「保守・中道政治」に何を望むか】公明新聞2016.8.24