コラム紹介
「醜い豊かさ」 小檜山 博 作家 ある雑誌の仕事で50歳から65歳までの60人に「あなたにとっての豊かさとは何か」というアンケートをやったことがある。集計した答えを見て驚いた。 ほとんどの人が、自分がある程度の社会的な地位になれたこと、子供を大学まで出し家のローンも払い終わり、老後の蓄えもまあまあ出来た、と言うものだったからだ。一体この人たちの頭はどうなっているのだろう。 58年前の終戦直後、やはりある雑誌が100人ほどの人々に僕と同じ「あなたにとっての豊かさとは何か」というアンケートをしたことがある。おおかたの日本人が食べ物もカネも着るものもない状態でのこの質問は皮肉に見えるが、こう言うときこそ本音が出るとも思えた。 そのアンケートの結果がすごい。ほとんどの人が「他人のために何が出来るかである」と答えたのだ。おそらくは飢えの中で人からジャガイモ1個や握り飯を一ついただいて、それを家族みんなで分け合って食べた喜びが心にしみ込み、そのお礼に何も出来ないつらさが、豊かさを「他人のために何が出来るか」という心としてあらわれてきたものに違いない。それに比べて58年後、豊かさを物で答える我々日本人の醜さはただごとでない。 講談社 「本」読書人の雑誌 6月号より